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君の為に僕はいる【慎吾視点】
美味しい料理に気の置けない仲間達。
そんなもん、酒が進めへんわけがない。
みっちゃんと匠さんの長い昔話が終わってからのレストランは、すっかり居酒屋の宴会場へと変わってた。
あっちからもこっちからも、次々にお代わりの声がかかり、しまいには自分達で勝手に厨房に酒とツマミを取りに行くなんて状態。
アルコールがほとんど飲まれへん山口さんと、好きやのにかなり弱い俺はさておき、他のザル集団の飲み方たるや...見てるだけでこっちが酔っぱらいそうやった。
そない強ないって聞いてた匠さんも、たぶん世間的なレベルで言うたら強い方になるやろうし、雪乃さんもニコニコ穏やかに笑いながら延々とおんなじペースで日本酒を口に運び続けてて...あれはアリちゃんと飲み比べできるくらいのウワバミやな、うん。
黒木くんも自信があるって言うてただけの事はある。
手酌で泡盛のロックをガンガン空けながら、なんかやたらと山口さんにゴロニャンしてた。
風呂場での俺らのイチャイチャに当てられたんかな...二人ともノンケのはずやのに、なつかれてる山口さんもまんざらやなさそう。
単に人肌恋しくなっただけやとは思うけど、二人がイヤーンな関係になったとしたらどっちがネコなんやろうとか勝手に想像してみて、思わず吹き出しそうになった。
その頃の勇輝くんはと言えば、テーブルに置かれてるツマミに合わせて変えてんのか、目の前には赤白ロゼと3種類のワインボトルを並べて次々それを空にしていってた。
よっぽどツマミの味が気にいったんか、他の人間を寄せ付けないオーラをビンビンに放って、一人で利き酒ごっこみたいな事になってんのがおかしい。
航生くんとみっちゃんは飲み物を早々にウイスキーに変え、いつもと同じようにニコニコとヘラヘラと、そして弄って弄られてを繰り返してた。
楽しそうに笑いムキになって怒り、何やら照れて顔を真っ赤に染め......
そんな航生くんの様子に、少しホッとしてる俺。
ピッチがいつもより随分早いとか、人前やのに珍しく自分から俺にチューを求めてくるとか...普段との違いになんか気ぃつけへん程、二人の顔色を必死に窺ってた。
もっとも、航生くんにいきなり腰を引き寄せられて膝に跨がるように言われ、甘くて蕩けそうな目で見つめられてたら...結局途中からはキスに夢中になってもうててんけど。
膝に頭を乗っけてる黒木くんがどうやらほんまに寝だしたみたいって山口さんが伝えんかったら、みんなの酒も俺らのチューも終われへんかったかもしれん。
明日も撮影を控えてる事考えたら、今日はもうお開きにしよう...そう提案したんはやっぱりみっちゃん。
何となく時計を見たら、もうとっくに日付の変わってる時間やった。
冷たい水を飲ませてもらってどうにか立ち上がれるようになった黒木くんは山口さんに任せ、俺らは離れの貴賓室へと戻っていく。
それぞれの部屋の前。
いつもの優しい顔で微笑みながら勇輝くんの肩を抱くみっちゃんに、航生くんはいつもと変わらん顔で『おやすみなさい』って頭を下げた。
俺もいつものように勇輝くんに『バイバイ』って手を振る。
二人が部屋に入っていくのを見送って、俺らも部屋に戻った。
ガチャンて重厚な扉が閉まった途端...半歩先にいたはずの背中がいきなりピタリと止まる。
勢い余ってその背中にボスッて体当たりしてしもうた。
「あ、ごめん......」
謝ろうと吐いた言葉が終わるか終われへんかってとこで、突然振り返った航生くんの腕に抱き締められる。
その俺なんかよりもずっと大きいてずっと綺麗な体は、可哀想なくらいに震えてた。
言葉もなんもなく、ただ黙って体を震わせる。
俺は背中に手を回すと、トントンてゆっくりそっとあやすようにそこを叩いた。
「航生くんは...悪ないんやで」
俺の言葉に驚いたんか、弾かれたみたいに離れようとする頭を、俺の方から胸に押し付けて抱き締めた。
「大丈夫...航生くんは、なんも悪ない」
「でも...でも俺...あんなに俺を大事にしてくれる人に...俺を助けてくれた人に...八つ当たりした......」
ああ...やっぱり気にしてた。
そうちゃうかなぁって思うててん。
普通に振る舞ってるから...あまりにも普通過ぎるくらい普通に振る舞おうとしてるから、さっき食ってかかった事を気にしてるんちゃうかなぁと思ってた。
けどたぶんそれは...みっちゃんも同じ。
いつもやったら、周りが腹抱えて笑い出すくらい航生くんが卑屈に謝るか、みっちゃんがもっとしつこうに弄くり倒すかしてるはず。
それを二人ともできへんかったんは、二人の間に変な遠慮が生まれてもうたって事や。
まあみっちゃんの方は...勇輝くんがとっくに気づいてるやろう。
一人で勝手に飲んでるフリはしてたけど、二人の会話聞きながら眉間に皺を寄せていた。
ワインを味わいながら、部屋でどう話を切り出すか考えてたはずや。
あっちは勇輝くんがおるから大丈夫。
俺ただ、航生くんに前を向かせてやるだけでいい。
「航生くんがあんな風に口にしたのを、みっちゃんは責めてへんやろ?」
「でも...でも、俺の事は充彦さんが悪いわけじゃないのに......」
「そんなん、みっちゃんかてわかってるに決まってるやん。でもな、航生くんがあんな言葉を口にする気持ちかてわかってたんや。せえから航生くんの怒りも悲しみも全部受け止めて、昔の自分はやっぱり酷い男やったって後悔したんやろ?」
「充彦さんに...後悔させたかったわけじゃないのに...俺、なんであんな事言っちゃったんだろう...おまけに、その事をちゃんと謝ってもない......」
「ええねん。今日はみっちゃんが自分の過去を振り返って受け止めて、改めて前に進んでいく日やったんと同時に...航生くんが自分の苦しかった思いを吐き出して、ほんでその過去と決別する為の日やったと思うたらええねんて。みっちゃんかて謝られるんは望んでへん、絶対」
「慎吾...さん......」
抱き締める腕に力を込めれば、航生くんは素直に俺の方へと体を預けてきた。
その体はまだ小さく震えてる。
「航生くんが一人ぼっちになったんは、航生くんが悪いわけでもみっちゃんが悪いわけでもない。辛かったと思う、寂しかったと思う。せえけどな...さっきも言うたやろ。その時間は、俺と出会う為には必要やったんやって考えて?」
「必要だった...本当に必要だったのかな......」
「そうやで。人間てさ、一生の幸せの量って決まってんねんて。ずっと辛い思いして、それでも一人で歯を食い縛って頑張ってきた航生くんは、その一生分の幸せが丸々残っててん。せえから勇輝くんに、みっちゃんに、ほんで...俺に会えたんやろ? これからたっぷり利息分も合わせて俺と幸せにならなあかんねん。二人で幸せになんねん。その為の苦しみやったって...やっぱり思われへん?」
「利息貯まるくらいかな...それくらいの幸せ、残ってるでしょうか?」
「使いきられへんくらい残ってると思うで? せえけどな、もし今からの一生分に足りへんようやったら......」
航生くんに顔を上げさせ頬を両手で包むと、壊れ物に触れるみたいに恭しく唇をそっと合わせた。
「俺の幸せあげる。俺は航生くんの為にここにおるんやから...航生くんの側に立ってる為におるんやから。せえから絶対幸せになるよ。俺とおったら幸せになる...幸せにしてみせるから」
「やだな...俺だけ幸せになるのが幸せなわけないじゃないですか。俺が慎吾さんに会うために一人でいたんなら、慎吾さんも俺に会う為に一人で頑張ってきたって事で...やっぱり二人揃って幸せにならなくちゃ。俺といてくれたら、絶対慎吾さんも幸せになりますよ...慎吾さんに負けないくらい、俺が幸せにしますから」
あ、ええ感じ。
表情も雰囲気も、いっつもの航生くんや。
「お風呂、入りましょうか。さすがにずっと浴衣で汗かいちゃいました」
「飲んでんのに大丈夫?」
「大丈夫ですよ...なんなら試してみますか?」
航生くんが軽々と俺の体を横抱きにする。
俺はしっかり首に腕を回した。
「未来の幸せは勿論ですけど、今は目先の幸せに目が眩んじゃってもいいですか?」
「夕方もしてるし、明日も撮影あんねんから...ほどほどにね」
「努力しますけど...なんか今日は無理かな。遠慮とかできなさそうです」
少々腰が痛いくらいは...まあええか。
明日みっちゃんと航生くんが、いつもの顔で『おはよう』って言える方が大事やもん。
「めーっちゃ幸せにしたげる」
「それはこっちのセリフです」
「んじゃ二人で幸せになろな?」
目一杯甘えるように胸元にデコを擦り付ける。
風呂に行くと宣言したはずの航生くんが向かったのは、予想通りのベッドルームだった。
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