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少しだけ昔の話をしよう【勇輝視点】
3日間押さえてあった東京での写真は、ルルちゃんがノリノリだった事や俺達が要求通りのポーズを問題なく作れた事もあり、無事に予定通り2日で終了となった。
あまりに順調過ぎて担当さんに『本当にこれだけの撮影で大丈夫?』って尋ねてみたら、『もう、お腹いっぱい』って笑われたのがちょっと気になるけれど。
とりあえず空いた1日で写真のチェックをし、京都での撮影を終わらせてから、必要であればラスト1日で撮り直しするそうだ。
という事で完全に空いてしまった今日は中村さんとのインタビュー収録が行われる事になった。
イメージシーンの撮影も兼ねるというので、もう1日契約している例のレストランを使っても構わないって話だったけど、中村さんは断ったらしい。
それでなくても使い慣れていないビデオカメラを扱う上に、顔出しは無いにしても、更に慣れないインタビュアー役をやらされるのだ。
せめて場所だけでも慣れた場所で、落ち着いた気持ちで仕事をしたいとの事らしい。
そこで俺達は、以前撮影の為に個人的に借りていると話してくれた古いスタジオへと呼び出された。
「ごめんね、わざわざ。あっちのが綺麗なのはわかってんだけど」
本当に申し訳ないと思っているらしい中村さんは、一先ず俺達を椅子に座らせて目の前にコーヒーを置く。
「全然気にならないから、中村さんも気にしないでよ」
「俺ら普段、もっと汚くて雑然としたとこで撮影してんだから。ここでも上等すぎるくらい」
「うん、ありがとね」
「それで? こうやって話してるとこからカメラ回す?」
俺はそのコーヒーに口を付けた。
「え...メッチャ旨い...インスタントだと思ってた...」
「そうなの!? どれどれ...」
俺の言葉に、充彦もカップを口に運ぶ。
そんな俺達を見る中村さんは、少し不安そうな、それでも何かを期待するような目をしていた。
「ああ、これ旨いわ。苦味は強すぎないのにちゃんとコクあって、酸味は控え目なのに若くてフルーティーな香りがちゃんとする。これ、中村さんのオリジナルブレンドでしょ? ブルマンベースにして、ブラジルとグァテマラと...うん、この後に残る香りはエチオピアモカかな?」
「ちょ、ちょっとぉ、みっちゃん何者? 正解だよ、完璧。ほんとはキリマンジャロも足してみようかと思ったんだけど...」
「止めて正解だったね。ブルマンとキリマンジャロだと風味がケンカしちゃうかも。せっかくのブルマンのまろやかさが台無しになっちゃう。キリマンジャロなら、コロンビア辺りと合わせると深みが出ると思う」
「充彦、すごいでしょ。ついでに、この調子で紅茶も語れるよ」
「うわあ、今のテイスティングしてる時の顔とか撮っといたら良かったぁ。何よ、まだまだ俺の知らない違う顔持ってんだね」
ひどくテンションが上がり、嬉しそうに話をする中村さんに充彦は優しい笑みを向けた。
「俺、こっちの顔が本業になるから」
「......え?」
「前、言ったじゃん、年内で引退するって。まあ、岸本さんとこの仕事だけは、切られないうちは続けさせてもらえたらいいなぁと思うんだけどね。俺引退したら、昔通ってた学校に入り直してパティシエになるの。コーヒーも紅茶も、お菓子との相性考えながら飲んでたら...蘊蓄語れる程度の知識が付いただけ」
少し舞い上がって楽しそうに立ち上がっていた中村さんは、ストンと元の位置へと戻る。
ちょっとだけ俯いて、それから大きく息を吐き出した。
「あれ、本気なんだ...それってさ、撤回はできないのかな? 今回写真集の撮影に付き合わせてもらってね、改めて被写体としてのみっちゃんのすごさを実感しちゃったからさ...すげえもったいないんだけど...」
「そう言ってもらえるってありがたいね。まあ、『早く辞めればいいのに』って思われるより、惜しまれてるうちに去っていく方がカッコいいでしょ? 何よりね、俺を必死で支えてくれてた人の大きな勝負の為だから...恩返しするなら今しかないんだな、これが」
「...今回の写真集で、たぶん二人とも一気に仕事増えると思うよ?」
「年内はフル活動するよ。写真集の売上で俺らの収入も変わるし。でも、年内だけね」
「決心、固いんだ...勇輝くんはいいの? パートナーが違う世界に行っちゃって寂しくない?」
「あれ、どうなんだろうなぁ...元々俺ら現場ではそんなに仕事重ならないし、現場行けば行ったでちゃんと仲間がいるし、寂しくはならないんじゃないかな...って、あれ? もうインタビュー始まってる?」
俺の一言にハッと目を開き、中村さんはガックリ肩を落とした。
「しまった...これ、後からインタビューで聞こうと思ってる話だったのに...」
焦るな...だとか、落ち着け...だとか何やらブツブツとしばらく呟いていたかと思うと、いきなりガバッと顔を上げてくる。
「聞きたいと思ってた事このまま雑談の中で聞いちゃいそうだから、もうインタビュー収録始めていい?」
「うん、いいよ。どういう感じで進める?」
「個人インタビューにしたいんだ。まずは勇輝くんと話したいから、暇だと思うけど...みっちゃん、待っててもらってもいい? あ、そっちに仮眠用のベッドあるから、汚れとか気にならないなら使ってくれて構わないし」
「オッケー、そうする。とりあえずはホームページに来てるメールに目通してるから、ごゆっくりどうぞ」
「二人とも、俺ちょっと無神経な質問しちゃうかもしれないし、答えられない事聞いちゃうかもしれない。その時は遠慮なくカメラ止めるように言って」
「はいは~い。まあ、それなりにヤバい部分も言えない物も持ってるし、話せないとこはノーコメント通させてもらうから大丈夫。気にしないで」
パソコンを開いた充彦をその場に残し、中村さんと俺はインタビューの為に隣の部屋に向かった。
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