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少しだけ昔の話をしよう【2】
通されたのは、およそ4畳半くらいだろうか。
普段写真のチェックや修正に使っているらしいパソコンくらいしか無い部屋だった。
その真ん中に、小さな丸いテーブルと小さな椅子が置いてある。
「こんなとこでごめんね」
「ここって、作業部屋?」
「そう。パソコンとプリンターだけの部屋。こんな部屋で申し訳ないなぁとも思ったんだけどさ、俺、こんくらいちっこいスペースのが落ち着くし、勇輝くんとも腹割って話せるかなって。今までみっちゃんとは結構色んな話もしたんだけど、まだあんまり勇輝くんとは話ができてないじゃない?」
「ああ...言われてみたらそうだね。すっかり気分が馴染んでたからなんとも思ってなかったけど、確かに二人きりで話すのって初めてかも」
「でしょ? あ、新しいコーヒー淹れたから、これ飲みながら話そうよ」
小さなテーブルを挟んで、中村さんと向かい合う。
離れすぎてなく、かといって距離を詰めすぎるわけでもない。
そのテーブル一つ分は、今の俺達には丁度いい距離感に思えた。
さっきとは違う香りを漂わせるコーヒーが目の前に置かれる。
「これもオリジナル?」
「ううん。これはね、俺がちょっとテンパってる時なんかに緊張解したくて飲むフレーバーコーヒー。ハワイコナにヘーゼルナッツの香りが付けてあるんだ。なんならキャラメルとかチョコもあるけど、そっちのがいい?」
「いや、これでいいよ。甘くて香ばしくて、いい香り」
なるほど。
あのレストランではなく、このスタジオを収録場所に選んだ理由がわかってきた。
自分の緊張を和らげるという意味も勿論あるんだろうけど、こうして自分のテリトリーを敢えて開放して相手の方からそこに踏み込んでもらい、代わりに自分も相手の懐に入っていきやすい雰囲気を作ろうと考えてるんだ。
中村さんは芸術家のわりに、案外きちんと筋道を立てて計算するタイプの人らしい。
「カメラはどうするの? 固定?」
「いや、俺が持ちながらインタビューしま~す。ほら、『今、イイ顔してんな』とかって時にすぐアップにできるでしょ」
「なるほどね~。なんかハメ撮りみたい」
「ちょっ、やめてよぉ、そういう事言うの。変な風に緊張するから」
明るく笑いながら、傍らに置いていたビデオカメラをゆっくりと構えた。
「は~い、んじゃいきますね。もう本当に今更なんですが、簡単に自己紹介をお願いします」
「おっ、インタビューっぽいね。自己紹介、自己紹介。こんにちは、勇輝です。本名も同じく勇輝ですが、名字はナ・イ・ショ。年齢は現在26歳です。まあ秋には27になるけどね。あとは...身長は178センチ...」
「あれ? 意外と大きいんだね」
「なんせさ、普段隣にバカが付くほどデカイのがいるもんで、俺どうしても小さく見られるの。体重は65キロくらいかな。ちょっと今は筋肉落としてるんで、もう少し細いかも」
「あ、大事な事忘れてるよ」
「え? 大事な事?」
「はい、勇輝くん、ご職業は?」
「おおっ、それ大事じゃん。職業はAV男優です」
「ね? ここ大事でしょ。俺、勇輝くんの事見てていつも思ってたもん、男優って仕事にすごいプライド持ってるんだろうなぁって」
「プライドはね、持つようにしてる。人前で全裸晒してセックスして...確かに顔をしかめる人はいるんだけどさ、色んな事計算して相手を思いやって自分を結構厳しく律して...半端な覚悟ではできないし。まあ、他の人にもお勧めするかって言われたら絶対しないけどね」
「そんなAV男優になったきっかけとかって、聞いても大丈夫?」
「きっかけはね、まあ...スカウトみたいなもん。昔からの知り合いに、この業界ではわりと有名な監督がいたんだ。それで『やる事無いなら、うちのビデオに出演してみないか?』って誘われたの」
「えっとぉ...その監督さんとどういう知り合いだったのかってのは...聞いてもオッケーな感じ?」
「あ、ごめん。これはちょっと俺の事だけじゃなくて相手がいる事だからノーコメントだわ。ほんとごめんね」
「いやいや、なんかそんな気がしてた。オッケーならさ、別に俺から質問しなくても最初からもっと詳しく話してくれるだろうなって。だからダメ元だから大丈夫で~す。んじゃ、少し話変えようか。みっちゃんとの出会いとか...これは聞いてもいい?」
「これはね、前からよく聞かれてたし、最近も雑誌のインタビューの質問であるんだけど、今まで詳しく話した事なかったんだよ」
「知ってる~。だからこれもダメ元で聞いてみた」
「......答えるよ、ちゃんと。だって中村さんがインタビュアーだし。それにさ、俺達の仕事の集大成みたいなもんじゃない、今回。今話さないと、たぶんもう話す機会無くなっちゃうもんね」
俺は手元のほんのりと甘く香ばしいコーヒーを口に含む。
少しだけ緊張をしてたのだろうか、それともあの頃の思い出のような味が懐かしく思えたのだろうか...優しい風味は、ちょっとだけ早くなっていた鼓動をゆったりと落ち着かせてくれた。
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