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少しだけ昔の話をしよう【3】

「お疲れさまです。あの...顔にあんなにかけてほんとにすいませんでした」 カットの声と同時に、慌てて相手役の女優さんに駆け寄る。 今日の撮影は、始まる前から正直...気持ちが重かった。 周りの他の先輩男優さん達が笑いながらガウンを着て出て行く中、俺だけマットの上に横たわったままの女優さんに濡れたタオルを差し出す。 今日の俺は、不良高校生の役だった。 正義感と夢と希望で一杯のオッパイの大きな教育実習生を、体育教師と結託して輪姦するヤンキーグループの一人。 挿入は先輩達だけだったから、あくまでも俺はフェラ&ぶっかけ要員。 泣き叫ぶ女優さんの髪を掴み、服を切り裂き、首筋にナイフを突き付けながら無理矢理ペニスを舐めさせた。 そういうクズになりきっている時はなんともない。 けれど撮影が終わった途端、女優さんに申し訳ないやら自分が怖くなるやらでただ必死に頭を下げるしかなかった。 「やだぁ、何気にしてるの? 気にしない気にしない。でも、わざわざタオルありがとうね。今日の助監督ほんと気が利かないから、実はちょっとムカついてたの」 さっきまで泣いていた名残で瞼を赤く腫らしながらも、彼女はカラカラと明るく笑った。 「あなたが勇輝くんよね? 噂になってたから、一回会ってみたかったの。ほんと噂以上に綺麗な顔しててビックリ。今日は絡みが無くて残念だったわぁ...すっごいエッチも上手いんだってね」 「い、いや...そんな...とんでもないです。それより、体は大丈夫ですか? 先にローション仕込んでたのはわかってるんですけど、あんなに乱暴にしたら...それに俺、つい本気で頬っぺた張っちゃって...」 「そっかぁ...ずば抜けて演技とエッチが上手いって言ったって、まだ実際の現場に出るようになってそんなに経ってないんだもんね。そりゃあビックリもするか。ほんとに大丈夫よ。突っ込む方もプロ。で、突っ込まれるアタシだって勿論プロ。激しそうに見えたって、体傷つけるようなやり方はしないわ。これから少しずつ勉強してってね」 明るく笑う彼女のプロフェッショナルぶりと、先輩達の見せる技術の高さに改めて背筋がゾクゾクする。 ただ体やセックスを切り売りしてるんじゃなく、プロとして見ている人が望む演技をしているんだ。 自分が役になりきるだけでなく、それを他人に見せる事を意識しなくちゃいけないからこそプロなんだ。 「凌辱物は初めて?」 「はい...どんどん役にのめり込んで、ちょっとずつ興奮していってた自分がちょっと...怖かったです...」 「んふっ、同業の役者を怖くなるくらい興奮させられたなら、アタシの演技もなかなかだったって事ね。良かった」 「あの...こうしてお話をさせていただいて、本当に勉強になりました。俺、これからちゃんと実力付けますから、もし俺の事を『頑張ってる』って思ったら、また現場に呼んでいただけますか?」 「もしかしてアタシに直接営業かけてるの!? 指名狙い? やだ、なんか面白いなぁ...ほんとはね、アタシも勇輝くんと絡んでみたかった。でも、ごめんね。アタシ次のビデオで引退するのよ、残念ながら。ここのところ売上がイマイチ伸びなくなっちゃってね...生き残りたいなら裏に行くしかないって言われちゃった。モザイク掛かっててもちゃんと勃起させてやるってプライドあるからさ、裏落ちするのはお断りよ。てわけで、勇輝くんと絡むチャンス、もう無いんだなぁ」 彼女は、精液まみれの手をしっかりと拭ってから、優しく俺の頭を撫でてくれた。 「絶対勇輝くんは人気男優になる。間違いないわ。だけど、どれだけ引っ張りだこの男優にはっても今のまま、相手役を大切に思ってあげられる役者でいてね。これからも本番終わった後にこうやって『大丈夫?』って言ってあげられる人でいて。あとは経験よ、経験。勇輝くんのファンとして、ずっと出演作品楽しみにしてるから」 体を労るつもりで居残ったのに、逆に俺の方が労られてしまった。 なんだか申し訳なくて俯いていると、少し離れた所で俺を探しているらしい監督の声がする。 「勇輝くん、行っておいで。アタシは見ての通り大丈夫だから。本当に勇輝くんみたいに綺麗な男の子と仕事できて良かった。いい思い出ができたわ」 「あの...えっと...ありがとうございます。俺、ちゃんとプロだって胸を張れるようになります。いっぱい経験も詰みます!」 彼女の少し寂しそうな笑顔に深く頭を下げ、俺は監督の元に走った。 「すいませんっ! お呼びでしょうか!」 「お呼びって...そんな緊張しないでよぉ。あ、今日の撮影もお疲れさま」 「お疲れさまです」 「実はさぁ、明日も俺の現場に来てもらうって言ってたじゃない?」 「あ、はい...」 俺をそれなりに評価してくれているらしいこの監督は、別の仕事が入っていない限り、絡みが有っても無くても俺を現場に呼んでくれる。 おかげでこの1ヶ月ほどは、ほとんど仕事が途切れる事は無かった。 明日は、ドラマ仕立てにはなってない、イメージビデオタイプの撮影だと聞いている。 テクニシャンで有名な男優さんのサブに入って3Pの予定だ。 「ごめん、明日はキャンセルで」 「......え?」 「明日はね、誰か代わり探すから......」 「お、俺、なんかヘマやらかしましたか!? すいません、頑張りますから...これからも一生懸命頑張りますから...クビにはしないでください...お願いします...ほんとに...頑張ります...」 監督の腕を掴んで必死に頭をさげる。 たった今、プロの凄さを実感したのに。 俺にそれを笑顔で教えてくれた人に、『頑張る』って言ったばかりなのに。 何か大きなミスを犯したに違いない。 何度も何度も頭を下げながら、自分が情けなくて涙が滲んでくる。 震える声を抑える事もできなかった。 「お願いします...やっとこの仕事...面白いって...凄いって...思えるようになったんです...お願いします......」 「おいおいおい、ちゃんと最後まで話聞いてくれよ。俺は勇輝を誰よりも気に入ってるんだから、クビになんてしないって。顔綺麗、チンポ綺麗、ザーメンたっぷり持久力抜群、嫌う理由が無いだろうよ」 「へっ?」 鼻水を啜りながら顔を上げれば、いつもちょっと困り顔の監督が、いつにも増して困った顔をしている。 バカみたいに力が入っていたのか、俺が掴んでいたシャツの袖はクッシャクシャになっていた。 「明日な、俺のトコよりもデカイ現場から指名かかってんだよ。俺は勇輝を使いたいって言ったんだけど、それがなんせ、うちの会社が今一番推してる女優の現場だからさぁ、あんまり無理通せなくてな。まあ、うちより女優のレベル高いしスタッフも多いし、これからの事考えたらそんな現場経験するのもいいと思うよ」 「クビ...じゃない?」 「違う違う。なんかさ、急に台本が変わったらしいんだよ。元々1対1の予定が急に3Pになったんだって。ところがこの現場の男優が...あ、お前みっちゃんて知ってる?」 「ああ、はい...勿論」 知らないわけはない。 まだ直接会ったことはないけれど、ルックス・テクニック共に若手ナンバーワンと言われているアイドル男優だ。 優しげな雰囲気と爽やかな笑顔の印象だけはある。 「その現場、男優がみっちゃんでさ、もう一人入れるならルックスでみっちゃんに釣り合いが取れるような奴でないと困るって話になったんだってさ。上の人間も、満場一致で勇輝推したらしいわ。まあな、確かに俺もみっちゃんと並ばせるなら、お前しかいないとは思う」 「そ、そんな事いきなり言われても...そんな大きな仕事、まだ俺じゃ無理ですよ...」 「別にお前がメインてわけじゃないし、細かい事はみっちゃんに任せてたら大丈夫だって。すっげえイイ奴だし、上手いことお前の気持ち乗せてくれると思うよ。何よりみっちゃんと現場が重なるのは、勇輝にとっても勉強になるはずだ」 『勉強』という言葉に思わず反応する。 俺の気持ちや顔付きが変わった事に気付いたのか、監督は少し満足げに肩をポンポンと叩いてきた。 「テクニックも勿論だけど、あの雰囲気はすごいぞ。話しをしながら相手との間合い上手く詰めて、少しずつその気にさせていくあの空気の作り方を近くで見られるのは、間違いなく勇輝にとってプラスになる」 監督にここまで言わせるみっちゃんて...どんな人なんだろう? 自然にその気になるような雰囲気作りって、どんな感じなんだろう? なんだかその現場を想像しただけでワクワクしてくる。 「おっ、イイ顔になったな。楽しみになってきたろ?」 「...はい。俺で盗めるテクニックなら、盗みたいです」 「おう、盗め盗め。んでそれを、今度は俺の現場で発揮しろ」 俺はチラリとスタジオの真ん中を見る。 もうそこには誰もおらず、スタッフが黙々と機械的に後片付けをしているだけだった。 「俺...頑張りますね...」 誰に聞かせるわけでもない言葉を呟きながら、俺は明日の現場と集合時間を確認した。

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