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少しだけ昔の話をしよう【4】

これまでの撮影では近づく事の無かった、一番豪華で綺麗だと聞いている3番スタジオの扉を開ける。 最初が教室、それからは体育倉庫に駅のトイレにSMパーティー乱交パーティーなどなど。 これまで俺が参加したのは複数人数入り乱れての撮影がほとんどで、地下の大スタジオにばかり通っていた。 最上階にあるちゃんとした寝室のセットに入るのは勿論、近づくのも初めてでちょっと緊張する。 「失礼します...」 緊張してるんだろうか、想像以上に声が出ない。 そこではいつも見ている倍くらいの数のスタッフが忙しそうに動き回っていた。 中心には大きなカメラを構えている人が一杯いるから、どうやら取材か何かも入っているらしい。 今日のメイン女優さんは今この会社のイチオシだと言うし、週刊誌などでも袋綴じグラビアに頻繁に登場してるから、きっとその関係だろう。 教えてもらったところでは、今日の朝一から『オフィスの給湯室』だとか『車の中』だとか、色々なシチュエーションで既にいくつかのシーンは撮影済みなんだそうだ。 あとは俺の参加する、この3Pの撮影でオールアップらしい。 散々絡みを撮った後となれば随分と疲れているだろうに、カメラの輪の真ん中にいる彼女はニコニコと微笑んでいた。 まあ確かにかわいい...のかな? 世間的に見れば、やっぱりかわいいか。 色んなタイプの人間を結構な数見てきたせいで、幸か不幸か『本物か偽物か』なんて事がすぐにわかるようになってしまった俺。 彼女の輝く微笑みも、丸く張りのあるバストも...残念ながら恐らくは偽物だ。 それでも勿論、それが『プロ』としてファンの希望に応える為に手を入れたという事であればそれは本人なりの努力であり、そこまでの強い気持ちは俺も見習わないといけないかもしれない。 いや、別に女性を喜ばせる為にペニスにシリコン入れるなんて事をするつもりは無いけれど。 彼女を取り囲むカメラがバラバラと散り始めた事を確認して、ゆっくりと近づいていく。 「お疲れさまです。次のシーンの撮影でご一緒させていただく事になりました、勇輝です。まだまだ不慣れで未熟ですが、どうぞよろしくお願いしますっ!」 確か彼女は20才そこそこ。 俺よりも年下の彼女に深々と頭を下げる。 「はぁ? 未熟とか言うなら帰ればいいじゃない。つかさ、アンタ邪魔」 「......へっ?」 今俺は何を言われた? ...邪魔!? いやいや、俺は彼女に何かしたか? 慌てて顔を上げてみれば、不機嫌全開の明らかに蔑んだように俺を見る目と視線が合った。 「ルックスだけでチヤホヤされてる未熟な男優とか、ひたすら邪魔なだけなんだけど。ほんとマジでいらないから、アンタみたいの。せっかくアタシとみっちゃんで、最高にキュートなラブエロのいいビデオになってたのに...」 なんだ、この女。 ルックスだけでチヤホヤされてるのは一体どっちだと怒鳴りたくなってくる。 もっとも、俺のがうんと立場は下だし、そんな事できるはずもないんだけど。 でも、予定を変更してまでわざわざ呼ばれた現場で、どうして俺がここまで言われなきゃいけないんだ。 「野々花ちゃん、いい加減にしなよぉ。まったく、いつまで拗ねてんの。急遽台本が変わったからって、わざわざこっちからお願いして来てもらってるんだぞ」 背後から近づいてくる、甘く優しい声。 決して低くはない、どちらかと言えば少し高いくらいのその声はまるで不快ではなく、寧ろ心地よい。 突然彼女が媚びるように『だってぇ』と唇を突き出した事で、その声の主がわかった。 急いで振り返り、再び頭を深く下げる。 「は、はじめまして、勇輝です。こんな大きな撮影は初めてでほんとはお断りしようかと思ったんですけど、周りの人からあなたの現場は勉強になるからって薦められて...」 「勉強とかやめてよぉ。誰だって最初のうちは緊張するんだし、俺だってまだまだ勉強中です。いいから頭上げて」 物凄く大きいとわかる手が、俺の後頭部をポフポフと軽く叩く。 「野々花ちゃん、あんまり新人くんいじめてると、後から気持ちよくしてやらないよ。ちゃんとニコニコのアイドルスマイルをキープできたら...ビックリするくらい蕩けさせてあげるけどね」 俺はゆっくりと顔を上げた。 いや、どこまで上げればいいんだってくらい、目一杯顔を上げた。 俺だって決して小さい方じゃないのに、その俺よりもかなり上にある小さな顔に思わず釘付けになる。 童顔というわけではないだろうが、どこか少年のようなあどけなさも残る爽やかな笑顔。 その顔の中でポッテリと厚めの唇だけがやけに艶かしい。 これは...ヤバい... イイ男かも...しれない...... 少しだけ鼓動が早くなる。 「ほら野々花ちゃん、メイクとヘア直してもらっといで。最後のシーンなんだから、目一杯可愛くしてもらってくるんだよ。なんせ俺とのラブエッチなんだから」 ふざけているのかそれともその威力がわかっているのか、1度パチンとウィンクすれば、俺への謎の敵意はどこへやら、彼女は急いでメイクルームへと走っていった。 「はぁ...やっと行ったよ...マジでごめんな。あの子スタッフがかなり甘やかしてるから、メチャクチャわがままでさぁ...。あ、改めまして。みっちゃんこと坂口充彦です」 差し出されたのは、さっき俺の頭をポフポフしていた手。 想像してたよりも更に大きい。 俺はその手を両手でしっかりと握った。 「あの...ほんとにまだまだ何にもわからなくて...ご迷惑をおかけしないように、精一杯頑張ります」 「あんまり気合い入れすぎると体動かなくなるし、チンポ勃たなくなるよ。ほら、リラックスリラックス。大丈夫、全部俺に任せてくれたらいいから」 「はいっ、お願いします」 握っていた俺の手が、やけに強い力で握り返された。 驚いてみっちゃんの顔を見上げる。 「すごく...会いたかったよ...」 俺に向けられる笑顔は何も変わっていないはずなのに、真っ直ぐに見つめられた俺はなんだか...ひどく喉が渇いた。

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