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温めよう【8】
充彦の大きな手が、俺のモノと自分のモノを握り合わせてゆっくりと動く。
裏側の敏感な場所同士が最高の力加減で擦れ、つい目を閉じてしまいそうになった。
このまま充彦を昂らせる為、そして俺の快感を追いかける為に腰を揺らしたい...大きくゆったりと、小さく小刻みに。
緩やかな動きでは物足りなく感じるものの、充彦の俺を見る目に自分の今すべき事を思い出した。
一度ブルッて頭を振る。
冷静になれ...乱れるのはまだだ...もう少しだけ踏ん張らないと。
俺はユグドラシルのナンバーワンの...そしてAV男優ナンバーワンの仮面を被った。
そう、これこそが『プロ』なんだと。
「充彦はさ、自分の体を求めてきた店の女の子に対して何考えた?」
「何...を? 別に特別なんも考えてないよ。ただとにかく気持ちよくしてやろう、悦ばせてやろうって......」
「ほんとに...そう? それだけだった?」
首を傾げ、ニコリと穏やかさを装って笑って見せる。
俺の体を誰よりも知ってる充彦が気付かないはずはない。
もう緩い愛撫では物足りなくなってきてる事に...一刻も早く先へと進みたがってる事に。
けれど今の俺の顔は、そんな体の興奮なんて完全に抑え込めてるはずだ。
そのちぐはぐな反応と俺の言葉に、充彦の顔色が少し変わる。
俺は静かに、そして更に挑発的に唇を歪めた。
「ほんとはいつだって罪悪感に苛まれてたんじゃないの? 女の子に体を売らせてる、望まない相手との性行為を強要してる、苦労して辛い思いをして稼いだ金の『上前を跳ねてる』ってさ」
そうだ、これだ。
自分で改めて口にして気づいた...この言い方がずっと昔から引っ掛かってたんだ。
上前を跳ねてるって何?
真っ当な経済活動の中で、会社の売り上げから彼女たちに正当な給料を支払ってただけだ。
なにも無理矢理売春をさせてたわけじゃない。
客からの無茶な要求を理不尽に飲ませてたわけでもない。
女の子たちは自ら望んで働いてたわけで、マージンを取られるのが嫌ならばそれこそフリーでネットだろうが立ちんぼだろうが、自分で客を探せばいいだけの事だ。
けれど女の子は安全性と確実性を考えて店に所属し、客は間違いの無いテクニックと明朗な会計に納得して金を払う。
そんな簡単で当たり前の事を充彦は理解できてなかった。
いや、頭では理解してるし、きっと割り切れてるつもりでいただろう。
でも心の深い場所のどこかが...それを納得しきれずにいた。
「女の子たちの稼ぎを掠め取ってるような気分でいたら、そりゃあセックスの時にはそんな胸のうちが出ただろうね...ただ気持ちよくしてやろうじゃなく、『いつも本当にごめんなさい』なんて思ってなかった?」
「......あ、ああ...ああ、そうか...そういう事か...俺の顔にそんな気持ちが出てたのか...匠の目には...そう映ってたのか......」
「だと思うよ。『嫌な仕事』『辛い仕事』を一時でも忘れさせようと充彦は完全なオフモードで...それこそほんとの恋人に接するように彼女たちに接してたんじゃないかな。女の子とセックスする事も含めて自分の仕事なんだって...その部分までプロに徹する事ができなかった」
「ああ...うん、確かにそうかもしれない...せっかく女の子が体と心を傷つけてまで稼いでる金なのに俺らがそれを使ってしまってるって...そんな罪悪感が...あったのかも......」
きっとそれはAV男優になってからも変わってなかったんだと思う。
ハードなプレイの現場にあまり呼ばれなかったのは、女の子を傷つけたくないという充彦のどこかに残ってた気持ちがどうしても現場の雰囲気を柔らかい物にしてしまっていたんだろう。
それこそ心と体を傷つけてまで稼ごうと頑張っている女の子を、たとえフィクションであっても更に傷つける事は望まないという意識が強くて、その優しい顔に仮面を被る事ができなかった。
そう...誰よりも甘い空気と圧倒的なテクニックを持っていながら、充彦は結局プロの男優ではなかったんだ。
偽りの『恋人』を演じる事しかできなかった。
だから俺と出会って本当に人を好きになる事と全てを忘れるほどセックスに溺れる事を知ってしまった充彦は、『男優』どころかかりそめの『恋人』という仮面すら被れなくなってしまった......
「あー、そうか...俺はプロとしての仕事もせず必要の無い罪悪感に苛まれて苦しんで...女の子の為だなんて言い訳しながら、結局は中途半端な態度で気持ちを弄ぶような事をしてたんだ...いや、でもあの時はあの時で、あれが俺にとってできる精一杯だった......」
「だからこそ匠さんは、充彦を『優しいクズ』って言ってたんじゃないかな? その充彦の優しさは誰も幸せにしないから。充彦も、充彦に勘違いさせられた女の子も幸せになれないから。そんな自分の考え違いにも気付いてなかったから、たぶんクズって言われたんだよ。早く気づけ、早く辞めた方がいいって」
「お前は...ずっとプロだったんだな...本物の。完璧に尽くして完璧に感じさせても、誰もお前の気持ちを勘違いしなかった。いや、完璧なプロであるお前にこそ、みんな惚れてたのか」
「そうだね。本当はずっと誰かの一番になりたかったし、俺だけが許される居場所が欲しかったよ。それは誰よりも充彦がわかってると思う。でも、その気持ちは誰にも悟らせなかったつもり。だって俺は...プロだから。お客さんに一時の恋人気分を感じてもらうのが仕事であって、恋人になるのが仕事じゃない。誰にものめり込まないし、どんなセックスにものめり込んじゃいけない...たぶんどこかで思ってた」
「俺もそのつもりでいたんだよ...今の今まで。でも確かにお前の言う通りだわ。お袋の事があったせいなのかな...女の子が金で苦労してんのを見てるのが辛かったのは間違いない。だからその必死に稼いだ金を全額渡してやれないって事に申し訳なく思ってたのかも...気持ちいいセックスでスッキリさせてやるとか、男の体について教えてやるとかじゃなく...罪滅ぼしって思いが強かったかもしれないな。なるほど、自分の仕事に罪悪感持ってやるべき事を見失って、そのせいで女の子に勘違いさせたくせに急に『あれは仕事の一環だ』なんて突き放したりしたら...確かにクズだわ」
「ただのクズじゃないよ、『優しいクズ』だ。いつもいつも自分を責めて苦しんでたんだろ。優しいからこそ必要の無い苦しみを背負ってる充彦を見てるの、匠さんも辛かったんじゃないかな」
ゆっくりと俺はプロの仮面を外す。
溺れる事ものめり込む事も許されない『プロ』の姿はもう...必要無いだろう。
俺の下で少し情けなさそうに眉を下げながらもフワリと浮かんだ笑みを見て、俺はユルユルと腰を動かし始めた。
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