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少しだけ昔の話をしよう【6】
「ふ~ん...ということは、勇輝くんはみっちゃんに一目惚れだったんだ?」
改めて冷静に言われてしまうとちょっと恥ずかしい。
俺はまたコーヒーを少しだけ口に含むと、なんとなく俯いた。
「今考えればね。あれは間違いなく一目惚れだと思う。ただ俺、それまで誰かを好きで好きで仕方ないなんて気持ちになったことなくて、それが恋だなんて知らなかったんだよね...」
人に縋る事は知っていた。
人に頼る事も覚えた。
だけど誰からも『本当に人を好きになるという事』は教わらなかった。
誰かの事を思うだけで涙が出るなんてのが恋だとは思わなくて、当時は自分の感情に戸惑ったものだ。
「じゃあ、勇輝くんから告白したの?」
「いや、連絡先は俺から聞いたけど、告白っていうか...まあ、それっぽい事は、一応充彦から言ってもらった」
「それっぽいなんだ?」
カメラを向ける中村さんの目が、ちょっと面白そうに細められる。
なんか、実は結構充彦から話を聞いてんじゃないかって気がしてきた。
その細められた目をジッと見る。
「え、何? どうしたの?」
「もしかしてさぁ...そういう話、全部知ってる上で聞いてる?」
「......う~ん、勇輝くんは鋭いなぁ。確かに知ってる話も、実はある」
「やっぱ充彦かぁ...」
ドアの向こうで、今頃退屈そうにネットサーフィンでもしてるであろう大男を睨み付けた。
「いやいや、みっちゃんじゃないよ」
「他に誰か俺らの事知ってる人なんていたっけ...」
「二人のとこの社長。ちょっと教えてもらいたい事があって、このDVDの話が正式に決まった頃かな...二人より先にインタビューしちゃったんだよね、これが。だから俺が二人の事を何か知ってたとしても、それはあくまでもみっちゃん側の目線での話なんだ。こうやって勇輝くんから話聞いてみると、当事者同士でその頃の気持ちがピッタリ重なってる所と少し違う所があって面白くなっちゃった」
「あの、クソ親父...」
今は航生の現場に付き添っているテカテカオールバックを思い出し、ギリと歯軋りをする。
これ以上余計な話をしてなければいいけど...とは思うものの、ま、たぶん質問された以上に喋ってんだろうな。
俺らの事では神経を磨り減らす事も多かったろうし、信頼できると思った相手ならば愚痴の一つも溢したくなったかもしれない。
「よし、んじゃこれくらいで一旦インタビュー終わろうかな」
「あれ? もういいの? まだ俺が充彦に会ったときの話しかしてないけど」
構えていたビデオカメラを本当に下ろしてしまった中村さんに少し不安になる。
「そんな顔しないでよ。一旦て言ったでしょ。まだ聞きたい事はいっぱいあるんだけどね、これはみっちゃんに話を聞いてからの方がいいかなぁと思ったから」
「じゃあ、充彦のインタビュー後?」
「みっちゃんのインタビュー撮って、二人のイメージシーン撮って、それからかな」
「じゃあ、充彦呼んで来ようか? それともちょっと休憩する?」
中村さんはパソコンデスクの上から灰皿を持ってきて、ポケットからタバコのボックスを取り出した。
「休憩ならこれだけで十分。話聞かせてもらってるの楽しいし、今のテンションのまんま一気にインタビュー撮ってイメージシーンいきたいんだ」
「オッケー。充彦呼んでくるね」
ゆっくりと煙を吸い込みながらぼんやりと天井を見ている中村さんを残し、俺はその小さな作業場のドアを開けた。
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