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もう少しだけ昔の話をしようか【充彦視点】
「はいは~い、お待たせ」
勇輝と入れ替わりで部屋に入ると、中村さんは咥えていたタバコをちょうど揉み消している所だった。
「いやいや、こっちこそ一人で待たせててゴメンね。退屈だったろ?」
「うん、まあ大丈夫。久々に株価市況とか見てたし」
「......みっちゃんて、トレーダーだったの?」
「デイトレーダーってわけじゃないよ。動かしても赤が出るだろうなって株は塩漬けして放置してたりもするし。まあ、株主優待目当ての可愛い取り引きくらい。でも、勇輝には内緒な」
「なんで? 隠し事とかしないんでしょ?」
俺に椅子を勧めながら、中村さんはコーヒーを淹れに立ち上がる。
俺は素直にそこに腰を下ろすと、ゆったり脚を組んだ。
「勇輝と知り合う前から、うちの社長の手伝いしながら小さい取引はしてたんだ。まあ小遣い稼ぎくらいね。大勝負にさえ出なければ丸裸にされるほど損金抱える事はないし、先物とかFXには一切手を出してないから、ギャンブル性は低いんだよ。でも勇輝は、いくら安全な取引だって話してもイイ顔はしなくてね...自分が体張って稼いだ金以外は信用できないってとこがあるみたい。今少しずつ貯めてる金は将来の二人の家だったり、独立した時の自分の店の資金だったりってのを考えてるんだけど、勇輝がそれ知ったら『そんな危ない事しなくても、それくらいの金なら俺が稼ぐから』なんて仕事増やし兼ねないんだよ」
いつの間にか目の前に置かれていた甘い香りのコーヒーを口に運ぶ。
「なんか、少し意外。俺さ、二人ともあんまり金には執着しないのかと思ってた。勇輝くんが言うみたいに、『自力で稼いだ金で、身の丈に合った生活ができれば十分』って感じで。まさか投資で増やそうとしてるとはね...」
「執着はしてないつもりなんだよ、これでも。別にケチだとは思ってないし、勇輝の喜ぶ事にならいくらでも金積めるし。ただね...俺、ちょっと金で苦労して裏切られて、んで一回夢諦めてるからさ、たぶん保険かけてないと怖いんだと思う」
俺が小さく吐き出すように言うと、中村さんはうっすらと笑いながらカメラを手に取った。
「ちょっと過去の陰が見えた所で、インタビュー入ろうかな。爽やかみっちゃんの珍しい表情が見られそうだし」
「えーっ、今からかよぉ...ニセ爽やかさんに戻れないじゃん」
「ニセなの? でも、色んな人に聞いてみたけど、みっちゃんてやっぱり優しくて穏やかで頭の回転がものすごく早いナイスガイだって言ってたよ」
「そうありたいとは思ってるけど、ほんとの俺は臆病者でそのわりにケンカっ早くて、独占欲も強くて...結構ろくでなしよ?」
「ま、度会先生のとこで独占欲と短気なとこはチラッと見せてもらったけどね。いつもの『完璧に爽やかでちょっと強気な王子様』みたいな顔よりは、人間らしくてマジで格好いいと思ったよ。じゃ、ファンの人にも、新しいみっちゃんを見てもらおうかな」
ニヤニヤしながら中村さんがビデオカメラを構えた。
慌てて表情を変える...なんて事もなく、俺はそのままレンズを見つめる。
こんな顔を撮ってもらってもいいと思ったからこそ、俺はこの人に今回のカメラマン兼インタビュアーを依頼したのだ。
「はい、じゃあまずは自己紹介からお願いしま~す」
「どうも、みっちゃんこと坂口充彦です」
「あれ? 本名言っちゃっていいの?」
「うん。俺、元々は本名で活動してたからね。途中から先輩の中でニックネームをそのまま芸名にする人が増えてきて、俺も真似してみただけだから」
「ああ、そうなんだ...じゃあ、続きお願いしま~す」
「続き? どんな事言ったらいい?」
「身体的特徴とか?」
「あ、そういう事ね。身長は一応188センチって事になってます...まあ、ほんとはもう少しあるかな。体重は70ちょいくらいです。昔はちょっとだけバレーボールやってました。あとは...」
中村さんが、少し真面目な顔になる。
俺が小さく首を傾げると、ゆっくりと口を開いた。
「大切な事忘れてる。みっちゃん、ご職業は?」
ああ、なるほど...大切な話だった。
俺は組んでいた脚を下ろし、背筋を伸ばす。
「現在の職業は、本番NGのポンコツAV男優です。んで、所属事務所の執行役員でもあります。ま、これは肩書きだけなんだけど。そして、今年いっぱいで...AVを引退させてもらうことになりました」
はあ...とうとう言った。
やっと言えた。
楽しみだ、大好きだっていうメールやファンレターを読むたびに、まだ引退を口にできない事がファンを裏切っているように思えて苦しかった。
きっぱりと言い切ってしまった途端、なんだか一気に肩から力が抜ける。
目を伏せてゆっくりと息を吐いている俺を急かす事もしない中村さんのおかげで、部屋の中は少しの時間、無音になった。
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