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もう少しだけ昔の話をしようか【2】
「ねえ、昔の話とかって聞くのはアリ? 例えば前職とか...経歴とか」
「それって勇輝にも質問したの? アイツ、答えた?」
「いやいや、残念ながら『自分以外の人にも迷惑かかる可能性があるからNGで』って言われた~」
カメラの向こうで何やらヘラヘラと笑っている中村さん。
どうやら俺の返答はわかっているようだ。
いやはや、この『不慣れ』なはずのインタビュアーさんは、案外場慣れしてるというか、思っていた以上に駆け引きが上手いというか。
アーティストってのは感性で生きていると考えていたけれど、この人はきちんと理論立てて考えたり根回しをしたりってのも得意な人らしい。
俺はふざけてバンザイしてみた。
「参った参った。俺は話すはずだって思ってるでしょ? 何、社長から聞いてる?」
「いや、社長からは二人が知り合ってからの事しか聞いてない。ただ、勇輝くんはその話せない過去を後悔はしてないし、特に辛そうにもしないんだよね。だけどみっちゃんは、超個人的事情の過去を抱えてて、今もその過去に縛られてるのかなぁと思った。さっきもそう。お金の話をしてる時とかさ、努めて平静を装おうとしてるんだけど、『自分は裏切られたんだ』って何かに対して猛烈な憎悪や嫌悪感が滲み出てる感じ?」
「......中村さんて、プロファイラーか何か?」
「いいや、残念ながら普通のカメラマンで~す。ただ、ちょっとだけなんだけど、カメラマンて仕事にも活かせるかと思って心理学を勉強したことはあるよ。あのさあ、もしその過去が引退にも絡んでるんだとしたら、話せる部分だけでも話した方が自分の為にもなるんじゃないかと思ったんだけど? 新しい場所に真っ直ぐに進もうとする時に、その自分をマイナスの感情で縛り付けてる過去って足枷にならない?」
確かに、完全に吹っ切ったつもりになっていたけれど、引退が決まりパティシエの道を再び目指す事になった途端、『遠回りさせられた』という思いが甦ったのは事実だ。
社長に出会い、勇輝と廻り合い、それは俺にとって必要な遠回りだったとわかっているはずなのに。
自分の中で割り切れていない面があるからこそ、勇輝にも余計な心配をさせてしまう。
俺が過ごしてきたこの8年間を『無駄だった』なんて口にしてしまう事が無いように、本当の意味で俺は過去に決別する必要があるのかもしれない。
「結構暗い話で、引くよ?」
「大丈夫大丈夫。使えないレベルで暗いと思ったらバッサリ編集するから。今はとりあえずさ、ちょっと吐き出してみなよ」
「俺ね、高校卒業するまではごく普通の...いや、違うな。わりと恵まれてる生活送ってたんだ」
「うん、なんか学生生活をそれなりにエンジョイしてきたって感じするね。そこが勇輝くんと持ってる雰囲気の違いになってるのかも」
「まあね。俺の実家、大きくはないけどちょっと特殊な技術が認められて世界中から注文が入るような部品工場だったのね。だから、すっげえ金持ちってわけじゃないけど、そこそこ金あった。勉強も適当にやってればそれなりの成績取れて、スポーツやればこの体格じゃない? バスケだのバレーボールだのあっちこっちからちやほやされてさ、たぶん嫌われない程度に天狗だったと思う」
「みっちゃんが天狗とか、なんか今だと信じられないね」
「そう? でもまあ、仕方ないでしょ。器用だったから何やってもそれなりにこなせるし、こっちが望んでなくても勝手に女は寄ってくる。ばら蒔くほどじゃないにしても、高校生には多すぎるくらいの小遣いももらっててさ、性格だって暗くはないしそんなに意地悪なわけでもない。まあいわゆる『クラスの人気者』ってやつだったね」
「順風満帆じゃん。てかさ、そんだけ順調な人生歩んでて嫌なヤツになってないってのがある意味凄いね」
「......それはね、お袋のおかげかな。普段はおっとりしててすっげえ優しいんだけど、俺が筋道外れたような事したり言ったりしたら、人が変わったのかってくらい怒るんだもん。下手すりゃ鉄拳制裁だからね。そんなお袋が怖くて、おまけに色々陰で苦労してんの知ってたから、せめて俺だけでもお袋泣かせないようにしなくちゃって思ってた」
カメラ越しに俺を見る中村さんの表情が少し固くなった。
その顔に、次に出てくるであろう言葉を覚悟する。
「お母さんはわかったけど、お父さんの話が出ないね?」
やっぱりな...と一度息をしっかりと吸うと中村さんの方を向いた。
「元々その会社は、母方のじいちゃんが興したんだ。じいちゃんにはお袋しか子供がいなかったから、社員の中から一番真面目で堅実って言われてた親父がお袋と結婚して婿養子に入った」
「どんなお父さんだった?」
「まあ、仕事は真面目だったんじゃない? 元はその特殊技術ってやつをじいちゃんと開発したメンバーの一人だったらしくて、肩書きは社長なのに工場とか開発室にいる方が多かったよ。実質会社を取り仕切ってたのはお袋だったな」
「仕事は...ってのが少し気になるかな」
「そこがね...俺が予定を狂わせた理由でもあったんだけど、とにかく女関係がひどかったんだって。会社の事務員にクラブのホステス、しまいにはよその会社の社長夫人まで...とにかく『穴があればいいのかよ』ってくらい見境無し。おまけに生の中出し好きとかってさ、最低のクズじゃない?」
「ま、生でやる以上、リスクは中出しうんぬん関係ないけどね」
「突っ込むとこ、そこ?」
真剣に聞いてくれていながら、気分が沈み過ぎないように、適度に軽い調子で相槌を打ってくれる。
おかげで、なんとか感情的にならずに話ができそうだ。
「そのせいで子供できちゃった事なんかもあったんだよ。お袋が代わりに頭下げまくってさぁ。相手には結婚ちらつかせてたらしいし」
「そりゃあハンパじゃないクズっぷりだなぁ」
「でしょ? だから俺だけでもお袋に頭を下げさせるような事はしないぞってね」
「...お母さん、なんで離婚しなかったんだろうねぇ...」
「一つはね、やっぱり親父が技術者としては一流だったからでしょ。会社の利益を考えたら、親父を別の会社に取られるわけにはいかなかったんじゃない。もう一つは...そんなクズでも俺の親父だから。情けをかけたんだと思うよ...だけど、お袋のその情けが裏目に出た」
当時の事が頭に浮かぶ。
毎日のように親戚に必死に頭を下げ、毎日フラフラになるほど走り回り、結局そのまま倒れてしまったお袋の姿が。
「親父ね、ハニートラップに引っ掛かったの。どっかのパーティーかなんかで知り合ったって女に本気で嵌まってさ、会社の技術から会社名義の特許から何から何まで全部...中国の会社に売っぱらっちゃったんだってさ。おまけにその女と逃げる為に会社の土地建物に実家まで全部担保にして借りられるだけの金借りて、しまいにはヤミ金からまで借金してね...お袋が気づいた時には、もう二人で海外にトンズラしてたらしい」
「...それがいつ頃の話?」
「うん? 専門学校の1年の時。2年時の授業料納入期限の直前だったよ」
「お母さん、どうしたの?」
「どうもできないよね、いきなり技術も信用も土地も無くなったんだから。でもさ、負けまいと必死だったと思う。それまで散々世話してきた親戚や同業者のとこ回ってさ、『充彦の学費だけでも貸して欲しい』って一生懸命に頭下げてたんだって。ところがどいつもこいつも、金の無くなったお袋には冷たくてね...片っ端から門前払い」
「それは...お母さんも辛かっただろうね」
「まあね。ショックでいきなり死んじゃったくらいだし...」
「え......」
中村さんは言葉を失い、ゆっくりカメラを置く。
「撮らないの?」
「もうここは撮らないよ。だから...辛ければ泣いても大丈夫。話もカットしとくから安心して。いくら誰にも迷惑かかんないとしてもね、このまんまじゃさすがにみっちゃんが悲しすぎる」
そう言うとテーブルにきちんと畳んであるハンカチを乗せ、クルリと俺に背を向けた。
「勇輝くんとの出会いの話までいったらまたカメラ回すから、それまでは自分の溜めてきた思いを好きなだけ吐き出して。俺、全然見てないから」
そんな中村さんがありがたくて、俺はそのままハンカチを目許に押し当てた。
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