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もう少しだけ昔の話をしようか【3】
ひとしきり涙を流した。
声は洩らさずに済んだけど、まあ中村さんにはバレバレだろう。
けれど背中を向けたまま、微動だにしない。
俺はゆっくりと息を吸い、グッと背中を伸ばした。
「おっしゃ、続きいこうか」
「オッケー。お母さんが亡くなって、お父さんが逃げちゃって、そこからみっちゃんはどうしたの? 学校は辞めたんだよね?」
「まあ、金払えなかったからね。で、その頃独り暮らししてたんだけど、ヤミ金の取り立てが俺の所まで来るようになったんだ。お袋の葬式もまともに出してやれないくらい、何もかも親父が空っぽにしていったのにさぁ、その親父の借金返せって言うの。最初のうちは『そんな義務は無い』ってガン無視決め込んでたんだけど、向こうは言ってみれば法律なんて関係ない連中じゃない? まあ取り立てがひどくてひどくて...バイト入ったら店の行き帰り待ち伏せしてるし、部屋の玄関にはスプレーで『金返せ』とか書きやがるし...」
「それ、よく耐えられたね」
「いやいや、結局耐えられなかったの。うちに来たチンピラ3人をね、頭にきてボッコボコにしちゃった」
「えっと......無事だったの?」
「んなわけないじゃ~ん。即本物のヤの字の人とかウジャ~って集まってきたって。さすがにヤバいと思って逃げたんだけど勿論捕まって、そりゃあもう顔の原形留めないくらい殴られるし、肋骨折られるし、ボロボロよ。でもさ、俺が悪いわけじゃないじゃない...俺は関係ない金じゃない...頭下げたまんま泣きながら死んでったお袋も俺も、あんな男の為にどんだけ辛い思いしてんだって考えたらさ、痛くても苦しくても、『許してください』『助けてください』って言うのは死んでも嫌だったのね。だから、立ち上がれないくらいにボコられてんのに、まだ向かっていくわけさ。正直あの頃は、本気で死んでもいいって思ってたし。そこにね、そいつらの知り合いらしい男が来たの...『それくらいにした方がいいよ。ほんとに死ぬよ』って」
「あれ? もしかして、それって...」
「うん、それがうちの社長。社長もね、その頃ビジネスパートナーだった男に裏切られて、持ってた店乗っ取られてボロボロになってた頃だったんだ」
「身内に裏切られた人間同士が、奇妙な縁で出会ったんだ...」
クルリと中村さんが体の向きを戻してきた。
「あ、やっぱり表情戻ってた」
ニコニコと笑いながら、タバコをくわえる。
俺も笑いながらそこに手を伸ばすと、嬉しそうにボックスを差し出してくれた。
「タバコ吸うんだ?」
「ん? ちょっと荒れてた頃を思い出したから...みたいな? でもさ、なんで表情変わってると思ったの?」
「社長と会ってからはさ、苦労はいっぱいあっただろうけど、でも前向きに頑張ってきたからこそ今に繋がってるわけでしょ。その話まで来さえすれば、あとはいつものみっちゃんに戻るだろうって思っただけ。で? 改めて昔の事とか口に出してみてどう?」
「......どうなんだろうねぇ。親父への怨みとか親戚への怒りってのがスッキリ消えました!って言っちゃうと、それは絶対に嘘じゃない?」
「まあね。それなりの事されてるわけだし、必要だったとはいえ長い時間夢から遠ざかる結果になってるんだからねぇ。そりゃあ全部水にあっさり流しましたってわけにはいかないでしょ」
「うん、でもこうやって喋ってみるとね、まあ今は勇輝がいてくれるから幸せだもんな...って実感はできたかもしれない。さっき俺、なんでも適当にこなせる、器用だったって言ったでしょ? 何でも適当なまんまでこなせちゃうって事はさ、何に対してもあんまり本気になった事がないって事でもあるんだよね。俺さ、人間に対してもあんまり興味とか執着ってなかったんだ。でも社長に会って、オッサンの仕事手伝いながら小遣い稼ぎに汁男優始めて、なんかさ...一生懸命にならないと思うようにならない世界ってのを色々見る事ができたんだ。適当なまんまでこなせる事なんて限られてるんだよなぁって。仕事は手を抜けばすぐにバレるし、本当の本当に好きな人ができたらどんなにカッコ悪くてもがむしゃらにならないといけないって事も知れた」
「あ...えっと...ちょっといい?」
中村さんがタバコを消し、ゆっくりと左手をビデオカメラのストラップにかけた。
そのまま電源を入れ、モニターを見る。
録画中を示す赤いランプが光った。
「昔から適度に勉強ができて、適当にモテてたというみっちゃんに質問です。もしかして...みっちゃんにとっての本当の意味での初恋って...勇輝くん?」
タバコをくわえたまま、暫し固まる。
「勿論AV始めた頃に童貞だったなんて思ってないし、彼女だっていただろうけど、カッコ悪くてもがむしゃらにならないといけないって気がついちゃうくらい好きになった相手が...勇輝くんだよね?」
もはやそれは質問ではなく、ただの確認だ。
俺は顔が熱くなるのを感じながら、咥えていたタバコを灰皿に押し付けた。
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