142 / 420

もう少しだけ昔の話をしようか【4】

スタッフと撮影に関しての一連の流れを確認していた所で、ゆっくりと後ろのドアが開いた。 「えっ? えーっ!? うそっ!? まさか今日の俺の相方って...みっちゃん!?」 大袈裟過ぎるだろってくらいの勢いで驚いた声の主は、派手に持ってたカバンを落としたらしい。 その反応が可笑しくて、俺はププッと吹き出した。 「ちょっとちょっと、それってどういうリアクションですかぁ」 「......おう、悪い悪い」 声の主であるQさんは、オバケのQ太郎に似ている...という理由から付けられたニックネームで活動している、俺よりちょっとだけ先輩の男優さん。 基本プレイにNG無し、何でも来いで体力勝負もオッケーなマッチョマンだけど、愛嬌のあるその表情のせいかちょっとバカバカしいエロ企画物、体型からイメージされるのか集団での凌辱物をメインに活躍している。 決して二枚目では無いけれど、現場には欠かせない人気男優の一人でもある。 素人ナンパ物やドラマ仕立てのラブエッチの現場が多い俺とは、残念ながらあまり撮影で会う機会は無い。 ただ、お互いそこそこ酒が好きで、さらにプライベートでは妙に真面目であまり女っ気が無いなんて共通点があるせいか、ちょくちょく飲みに行ってる仲だった。 「んでもな、そりゃあお前驚きもするだろうよ。あのアイドルみっちゃんが、この底辺の地下スタジオで撮影とか...」 「はいはい、あんまりオーバーに言わないの。病室でナースとエッチ...なんて撮影の時は、俺ここにも普通に来てるから」 「それでも普段の活動は最上階じゃないか。珍しい事は珍しいだろうよ。そもそもお前、今日の撮影内容ちゃんと聞いてんのか? お前がいっつもやってるような甘い甘い雰囲気とか皆無だぞ? 大丈夫かよ」 少し荒い物言いではあるけれど、この人なりに俺を心配してくれてるのだろう。 「聞いてますよ~。すっげえ久々だわ、3Pで女の子泣くまで攻めまくるとか。ちょっと楽しみ」 今のようにアイドル扱いされるまでは、数は多くないにしても、まあそれなりにハードな内容の物にも出ていた。 イメージに合わないからとオファーがすっかり減っていたハード系作品の依頼が来た事が、今は純粋に嬉しい。 飽きたとは言わない。 ただどうしても女の子と1対1で絡む現場が多いと他の男優仲間に会う事も少なくなる。 女の子の気持ちを和らげるのも現場の雰囲気を作るのも俺一人が背負う事が増え、さすがに気を遣ってばかりの毎日にちょっと疲れてきてるのかもしれない。 「今日は台本無し。リアルに二人で攻めて欲しいってさ。女の子がマジでギブアップするか意識が飛ぶまで死ぬほど気持ちよくさせろって。俺は、『ずっとニコニコ優しく笑い続けて、基本は敬語でよろしく』って言われた~」 「目一杯優しい顔で女の子が失神するまでイジメ倒すとか...ある意味似合いすぎて怖いわ。なんか今日お前がキャスティングされた意味がわかる気する。んで、俺らまだ準備入らなくていいのか?」 「うん、さっきも聞いたんだけどさぁ...『もう少し待って』って言うばっかりなんだよね...」 二人でキョロキョロスタジオを見回し、ようやく見つけた監督を捕まえる。 「なあ、まだ俺ら準備入らなくていいの? ぼちぼち開始予定じゃない?」 そんなQさんの言葉に、監督がちょっと渋い顔をした。 「悪い...ちょっと女優がごねててさ、まだこっち着いてないんだよ...」 「はぁ!? 今日って誰?」 「...あの子だよ。セイラ、神崎セイラ」 「神崎って...ああ...はいはい、あの子な...ならちょっと納得......」 2年ほど前に、『アイドル以上の超美少女が衝撃のAVデビュー』なんて騒がれ、結構メディアにも取り上げられた子。 何本か出演して、その出演作はどれもかなりの売上だったらしいけれど、内容はいつもドラマ仕立ての甘いソフトコアばかり、おまけにドラマ仕立てだというのに作品を重ねても一向に向上しない演技力で、想定以上にファンが離れていくのは早かった。 また、本番はNGだわ芝居は棒のくせに男優には偉そうだわ、ワガママで平気でドタキャンするわ...と現場での評価も最悪で、落ち目の彼女に手を差し伸べる人がいなかったのも事実だ。 今回所属レーベルを移籍し、ハード路線に切り替える事で最後の生き残りを図っているらしいのだけれど、早めに現場に入ってみんなに頭を下げる事すらしようとしないって事は、本人はそれほど反省はしてないんだろう。 「あの子の希望で、わざわざ相手役にみっちゃん来てもらったってのに...ほんと悪い。なんか今更ハードな内容にグズグズ言ってるらしいんだけど、向こうのスタッフが説得してる最中らしいんで、もうちょい待っててもらっていい? 次の現場とか大丈夫?」 「Qさんは?」 「俺、今日これだけ。お前は?」 「俺? 俺はこの後Qさんと飲みに行く予定」 「......は~い、二人とも暇なんで大丈夫で~す。今日の飲み代は監督が一部カンパしてくれるってことで手打つよ」 「はいはい、了解。つかさ、俺も今日はたぶんイライラMAXだと思うから、俺もその飲み会参加で。スポンサーは俺でいいよ」 「マジで? おお、ラッキー」 「あ、そう言えばさ...」 監督が少しドアを開け、チョイチョイと俺らを呼んだ。 何事かと急いでそちらに向かう。 「ただ待ってるだけってのも暇だろ? なんなら隣のスタジオ、見学に行ってみたらどう。案外面白いかもしんないよ」 「何? なんかあんの?」 そう言えば、隣のスタジオの人の動きが激しい。 スタッフというよりは、完全ド素人のただの見学者だらけだ。 取材でも入ってるんだろうか? 「あれ、みんな野次馬」 「......でしょうね。見たらわかりますよ。...って、ちょっとちょっと、あそこにいるの、ここの社長!? 何よ、社長が見学にくるくらいの大物女優がデビュー?」 「隣さ、阿部さんの現場なんだよ。阿部さんとこの仕事したことある?」 「俺は常連よ。あの人、乱交とかハーレムとか好きじゃん。いかにも俺向きでしょ。みっちゃんは?」 「俺はまだな~い。噂は聞いてるけどね...逆レイプシリーズとか、エロティック昔遊びシリーズとか、なんかすごい人気あるんでしょ? あと、ぶっかけやるってなったら女の子1人に100人とか集めたらしいじゃん。明るくて閃きのすごいド変態って有名なあの監督だよね?」 「そう、まさに今日はうちのドル箱の一つである『逆レイプシリーズ』の最新作の撮影なんだけどさ...なんか阿部さん、知り合いだっていうエライ美形の男の子連れてきたんだよ。で、いきなり今日メインで使うって」 「え? みんな男の子見にきてんの?」 「だってさぁ、相手役がほんとすごいんだって。上の反対押し切ってどうしてもその子使うことにしたらしいんだけど、素人が太刀打ちできるような相手じゃないわけよ」 「ははぁ...人間より企画第1主義の阿部さんが珍しく猛烈プッシュしてるっていうその新人くんがオロオロしてるとことか、阿部さんがアワアワしてるとことか見てやろうって意味の野次馬なんだ?」 「そういう事。ただ、その男の子の容姿自体も一見の価値はあるよ。今回の撮影がトラウマにさえならなけりゃ、今後はみっちゃんを脅かす存在になるかもね」 俺はQさんの方を見てみた。 阿部さん自身を知ってるからなのか、それともその男の子に興味が出たからなのか、どうやらすっかり見に行くつもりになってるらしい。 まあね...Qさんて実はバイセクシャルで、特にキラキラするような美少年には目がないって話は一部では有名だ。 監督が『一見の価値がある』って言い切るくらいの見た目らしいから、Qさんがワクワクするのは無理もないのだろう。 ちなみに俺は、『顔は嫌いじゃないけど、俺よりデカイ奴は論外』との事で毒牙にかかったことはない。 「んじゃ俺、ちょっと見てくるから。ワガママちゃんが到着したら呼びにきて」 「いやいや、俺も行くってば」 俺達はスタジオを出ると隣のスタジオに入り、素知らぬ顔で野次馬の中に潜り込む。 俺の方は、最高の変人でエロの才能と感性が凄いという、褒めてるんだか貶してるんだかわからない評判の阿部監督の現場が見てみたかっただけだ。 Qさんみたいに美少年に興味があるわけじゃないし、人が失敗するのをウキウキ待つほど悪趣味でもない。 身長を利用して、前の人垣の上から中を見る。 黒板に、机に椅子。 教室のセットの中心にいる監督の顔はひどく自信に溢れていて、そのセットを取り囲んだ野次馬の方を挑戦的に見回してニヤリと笑った。 「はいはい、そこらの外野、静かにできないなら出てって。見たいんなら黙っててよ。じゃあ、準備できた子からこっち順番に座ってって」 監督の声に、ケバい化粧に超ミニの制服に身を包んだ、『どこのコスプレ風俗のお姉さんですか?』みたいな集団がゾロゾロ~っと現れた。

ともだちにシェアしよう!