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求め、求められて【2】
終わった......
最後の最後まで『普通じゃない状況に戸惑いながらも、次第に行為に飲み込まれていく新人サラリーマン』という役には入り込みきれないままで。
体の疲れではなく、役割をこなせなかったという落胆が強くて、知らずため息が出る。
スタッフさん達は、『良かったよ』と声をかけていってくれた。
でも、良かったとしたらそれは...決して俺の力じゃない。
優しい目で俺の背中を押し、イヤらしい手つきで俺を導いてくれた先輩の...すべて『みっちゃん』のおかげだ。
ふとあの姿が脳裏に甦る。
爽やかで男らしくて、優しい笑顔にほんの少し鼻にかかったような甘い声。
できるならばあの人の声をもっと聞きたかった...もっと近くに行きたかった...
これまで自分が男だという事を嫌だなんて考えた事は無かったけれど、初めて『女に生まれたかった』と思った。
俺が女だったら、例え仕事だとしてもあの人に抱いてもらえる可能性があったのに。
いや、本当に抱いてもらえないとしても、その可能性に胸をときめかせる事くらいは許されるのに。
男だから...どれだけ願ったところで、俺は男だから...あの人に触れる事を望んだりはできない。
こんなに誰かに触れられたくて、触れてみたくて悲しくなったことなんてなかっただろう。
「お疲れさま。今日はほんとにありがとうね」
いきなり背後からかけられた声に、心臓がいきなり鷲掴みにされたようにギュッと痛くなる。
「みっちゃん...さん...」
「プッ...なんじゃそれ。みっちゃんでいいよ、みっちゃんで」
情けないことにパンツ一丁の状態でぼんやりしてた所で聞こえたのは、まさにその『ぼんやり』の原因の人。
それも、気づいた時には思っていたより距離が近くて、おまけになぜか俺の肩をペタペタ触っていて、体がいろんな意味の緊張からプルプル震える。
「しかし、すっごい体してんね。現役のアスリートって言っても通用しそう。なんかスポーツでもやってた?」
「あ、いえ...特別スポーツの経験とかは...無いです。ただこの仕事始めてみて、まずは体力が無いと話にならないと思ってジム通いと筋トレ始めたら、なんかこんなんなっちゃって...」
「だよねぇ...最初の頃はここまでじゃなかったし...」
「......はい?」
「あっ、いや、なんでもないよ。こっちの話」
こっちの話って、どっちの話だろう?
小声で呟かれた言葉はハッキリと聞こえなくて、少し首を捻る。
「まあ、あんま気にしないで。それより今日の野々花ちゃんの言葉、ほんとごめんね」
「いえ...きっとあまりにもモタモタしてて自信無さげで腹がたったんだと思いますし...俺が悪かったんです」
「勇輝くんは...すごく良かったよ。見ててうっとりしそうなくらいイヤらしくて綺麗で」
あ...名前呼んでくれた...
たったそれだけの事でカッと体温が上がる。
「い、いや...だったらみっちゃん...さんの方が...」
「だからぁ、みっちゃんでいいって言ってんの」
「は、はいっ! みっちゃんの優しそうな空気とか、女の子を煽っていく指使いや息遣いこそ...素敵でした...」
俺が必死に言い切った途端、みっちゃんはなんだかすごく嬉しそうにフワッと笑い、すぐに少しだけ首を赤くしながらペチと俺の額を叩いてきた。
「なんだ、このお互いの誉め殺しっぷりは。恥ずかしいっての」
「そ、そうですね...」
ああ...もっと話したい...声を聞きたい...
自分でも気持ち悪くなるくらい、今こうして話している時間にときめいている。
ずっとこうしてたい。
そんな事を思ってはみても、こんな幸せな時間がそういつまでも続くわけはない。
「みっちゃ~ん、雑誌のインタビューあんじゃないの? 記者さん来てるよ~」
夢のような時間は、そんな声で強制的に終わらされた。
「は~い、すぐ行くって伝えて」
あ...行ってしまう...
このまま別れたら、次に会えるのはいつなんだろう...
いや、もう会える機会なんて無いかもしれない...
そんな風に思った途端、勝手に口が動いてしまった。
「あ、あのっ!」「あのさ...」
俺の声とほぼ同時にみっちゃんも口を開いていた。
慌てて自分の口を手でバッと押さえる。
「あ、ごめんごめん、勇輝くん何?」
「い、いえ...みっちゃん...からどうぞ...」
「いいよ。勇輝くんの方が先に言いかけたんだし。先に言って」
勢いだけで口を開いてしまったから、出鼻を挫かれてしまって言葉が出てこない。
でも、急がなければいけないはずのみっちゃんは笑顔を崩す事もなく、ただじっと次の言葉を待ってくれていた。
どうしよう...
こんなこと言ってもいいんだろうか...
失礼じゃないのかな...
嫌な顔をされたらどうしよう...
「みっちゃん、早く!」
「わかってるから、ちょっと待ってってば!」
急かすスタッフに、みっちゃんの語気が少しだけ荒くなった。
きっと俺を焦らせないようにと思ってくれたんだろうけど、みっちゃんにもスタッフさんにも申し訳なくなる。
早くしなければと、胸のドキドキを抑えながら覚悟を決めた。
「あ、あの...俺、現場でなかなか年齢の近い男優さんにお会いする機会がなくて...えっと...それでできたら...その...色々お話聞かせていただいたり、相談とかさせていただけたらとか...あの...あ、いや、やっぱりいいです...俺、何言ってんだろう...」
「......勇輝くん、今携帯持ってる? 赤外線使える?」
「へっ?」
ポカンとする俺の前で、みっちゃんはジーンズのケツポケットからスマートな仕草で携帯を取り出す。
「連絡先教えてくれる? 勿論俺のも教えるからさ。俺も連絡するし、いつでも気にしないでメールしてきてよ。直接話がしたいって時はそう言ってくれたらいいし。俺、勇輝くんの為ならバッチリ時間作るし、なんなら今度時間合わせて飯でも食いに行かない?」
あ...俺が言いたかった事...全部言わせてしまった...。
凹みそうになったけど、ニコニコしながら俺の前で携帯をパカパカしているみっちゃんをこれ以上待たせるわけにいかない。
着替えの下に置いてた携帯電話を急いで取り出す。
赤外線機能を起動させ、お互いの携帯を近づける。
やたら手が震えてしまって、なかなか『通信完了』が出ない。
時々指が触れ合うせいでもっともっと手が震え始め、最後はガチガチに恐縮し緊張しながら、結局両手で携帯を握りしめる事になってしまった。
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