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求め求め求め【充彦視点】

目の前に、ずっと焦がれた人がいた。 もう、ほんの少し手を伸ばせば触れられるような距離。 俺と何回かコンビを組んで当たったせいで、すっかり恋人か何かになったつもりのワガママ女優が、何故か勇輝に食ってかかってた。 勇輝は呆気に取られつつも徐々に傷ついたような目になっていき、これは黙って見ている場合じゃない...と慌てて止めに入る。 俺に一生懸命頭を下げる勇輝の姿があまりにいじらしくて可愛くて、ついその頭に手を伸ばしてしまった。 決して硬くはない、その瞳のように真っ直ぐな黒髪が指の間をサラリとすり抜けていく感触に、まるで電流でも走ったように背中がゾクゾクする。 まずは先に野々花に軽く釘を刺し、これ以上機嫌が悪くならないようにと餌だけ撒いて引き離した。 改めて向き直り、しっかりと正面から勇輝の目を見る。 穏やかで、澄んでいて...本当に綺麗だ。 まだ役柄には入り込んでないらしく、あの下半身を直撃するような艶かしさは見えない。 遠くから隠れて見る事しかできなかったその顔が、そして体が目の前にある。 抱き締めたい...触れたい...俺の物にしたい... 募り過ぎて溢れそうだった気持ち。 本当はこうして本人を目の前にすれば、やはり間違いなく男だと実感して多少は冷静になれるかもしれないと思っていた。 ところがどうだ。 間近にしてしまえば男だの女だの、そんな物はくだらないちっぽけな事に思えてくる。 仲裁に入った俺をやたらとキラキラした目で見つめてくる勇輝が、愛しくて愛しくて堪らない。 ......直接会ってしまったのは...失敗だったのかもしれない...... とにかく近くに行きたかった。 あのセクシーな声で俺を呼んで欲しかった。 それだけでいいと思っていたのだ...今の今までは。 だって、俺はこんなに図体のデカイ男だし、勇輝だって勿論男だ。 ......そこら辺の女よりずっと美人だけど。 いくら俺の思いが募ったとしても、悲しいかなそれは一方通行。 同性の恋愛なんて、簡単に受け入れてもらえるわけがない。 ましてや相手は、共演した女優がことごとく立ち上がれないほどにイかされまくると評判のテクニシャン&超絶倫。 性的志向が女性にしか向いてない事なんてわかってる。 最初から叶うわけのないこんな気持ちは封じ込め、ただ近くで会ってみたかっただけなのに... もう一度触れたくて、わざとらしく自己紹介なんてしながら右手を差し出してみる。 予想通り、勇輝は嬉しそうに笑みを浮かべ、必死に頭を下げながらその手を両手でギューッて握ってきた。 ......あ、ダメだ...ほんとダメ。 やっぱ俺、どんな事しても...勇輝を手に入れる... 俺の手を握る手を、思いを込めてキュッと握り返す。 「ずっと会いたかったよ」 思わず漏れた本音。 ちょっと驚いたように俺を見つめるその目もやっぱり可愛いくて可愛くて、俺はようやく繋げたその手をなかなか離せなかった。 ********** 撮影中、勇輝はいつもの『何かに乗り移られたのか』というほどの圧倒的な迫力は出せないままだった。 設定をいきなり聞かされたせいで、役柄を掴めない状態で撮影が始まってしまったんだろうか。 勇輝が普段どんな風にして役に入り込んでいるのかはわからない。 ただ、今日の撮影で自分を完全に消せなかった事には気づいてるだろう。 落ち込んだりしてなければいいけど...... この後すぐに取材が入ってるのはわかっていた。 それでも、どうしてもいてもたってもいられなくなり急いで更衣室へと向かう。 案の定勇輝はパンツだけを穿いた姿のまま、椅子にぼんやりと腰をかけていた。 「今日はお疲れ様」 俺が入った事にも気づいてないみたいだから、どうせならと思いコッソリ真後ろまで近づいてから声をかけた。 まさに『跳ねる』って表現がピッタリな感じで、体がビクンて椅子から飛び上がる。 ......ヤバい...可愛い過ぎる... ......なんならもう、ここで押し倒したい... そんなことできるわけないってのは重々わかってる。 そして、俺の勇輝への感情が暴走を始めてるのだってわかってる。 現に、触りたい欲求がどうしても抑えられなくて、いつの間にか肩とか指でなぞってるし。 「みっちゃん...さん...」 少し震えるような声で名前が呼ばれた瞬間、思いっきりチンポが反応した。 「プッ、何、その呼び方...」 慌てて繕うように笑って自分の変化は誤魔化してみるけど、勇輝の体を触る手が止められない。 うなじから肩、肩から背中へと驚くほど綺麗に付いた筋肉を手のひらで確認する。 ......あ...えっと...この動きはどうやって...誤魔化そう...ただ触りたかったなんて言ったら...引かれるよな... 「なんかスポーツやってたの? すっごい筋肉してんね」 俺、ナイス! 触ってしまった口実ができた。 おまけに、もう少しくらいなら触っててもおかしくはないはずだ。 その肌の表面は、スタジオの強い照明と舞い上がる埃に晒されているというのに、しっとりと手のひらに吸い付いてくる。 今まで抱いてきたどんな女も、このキメの細かさには勝てないだろう。 こんな肌なのに筋肉隆々とか、ちょっとあり得ない。 おまけに見惚れるほど綺麗で涼しげで、なのに少しだけ幼くも見えるこの顔。 下手すればちぐはぐで、笑えるレベルにもなりかねないはずなのに、勇輝はそのバランスのすべてがギリギリで絶妙な所にいた。 「なんか筋トレ始めたら、すぐにこんなんなっちゃって...」 「だよね。最初はここまでじゃなかったもん...」 「え?」 マズイ、マズイ。 俺、今何言った? ずーっと勇輝の事ばっかり見てた事、バレるバレる... 「まあ、こっちの話。それより今日の撮影...」 誤魔化せたかな? 気づかれなかったかな? ちょっと不思議そうな顔をしてるから、とりあえず勢いで話を強引に逸らして勇輝を労う。 緊張しながらも一生懸命に受け答えするその姿に、時間が経つのも忘れそうだ。 もっと話したい。 もっと教えて欲しい...勇輝の事。 お互いがお互いをやたら誉め合ったりして、ちょっと恥ずかしくて勇輝のデコをペチと軽く叩いてみたら、なんかすごい嬉しそうな顔で俺を見てきた。 いやいや、嬉しそうってなんだよ。 これは暴走してる気持ちが見せている都合のいい幻覚か? そう思っても仕方ないくらい、それは照れを含んだ甘えるような表情。 胸がドクドクと大きく脈を打つ。 さらに会話を続けようとした時、カーテンで仕切られただけの更衣室の外でスタッフの声がした。 「みっちゃーん、取材あるんじゃないの?」 あるよ、知ってる。 そんなもんドタキャンしたいくらいだけど、この業界はある意味信用商売。 例えビデオの撮影じゃなくても、正当な理由もなく仕事をキャンセルすれば噂はあっという間に広まり、本業でも飯が食っていけなくなる可能性もある。 名残惜しいけれど、今日は取材を優先せざるを得ない。 でも...このまま別れたくない。 また次の共演まで会えないとか、ちょっともう今の俺では無理だ。 ほんとは強引にでもお持ち帰りしたいくらいなのに。 覚悟を決めて口を開いた瞬間... 「あのさ...」「あのっ!」 ほぼ同時に発せられた声。 ほんの少しだけ早かったからと勇輝に発言を譲る。 でも何故かその口からはなかなか言葉が出てこない。 「みっちゃん、早く!」 「わかってるから、ちょっと待って!」 何か必死に言おうとしている勇輝を焦らせたくなくて、つい口調が荒くなってしまう。 そんな俺に気を遣ったのか、ようやく勇輝は俯いたままでポツポツと喋りだした。 「あ、あの...俺、現場でなかなか年齢の近い男優さんにお会いする機会がなくて...あの...それでできたら...その...色々お話聞かせていただいたり、相談とかさせていただけたらとか...あの...あ、いや、やっぱりいいです...俺、何言ってんだろう...」 マジ...か? まさに俺が言い出したかった事を、勇輝も望んでくれてるのか? 「勇輝くんの携帯、赤外線通信使える?」 嬉しい...勇輝も俺と少しは喋りたいとか思っててくれたんだろうか? もう少し俺の事を知りたいなんて考えてくれてるんだろうか? ごめん、勇輝。 お前には迷惑な話かもしれないけど、俺、絶対お前の事落とすから。 どんな事しても、どんなに時間かかっても、俺の事好きにさせるから。 俺の手が震えてるせいなんだろうか...ピタリと通信部分をくっ付けているはずなのに、俺達の連絡先の交換は何度もタイムアウトの表示で遮断された。

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