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求め求め求め【2】

あの調子では、絶対に向こうからメールが来る事はないだろう。 俺からとにかく動かなければ。 取材を終えると、酒の誘いも断って一目散に家に帰り、真っ先にメールを送った。 送信が完了したのを確認すると冷蔵庫からビールを出してきて、携帯を開いたまま缶のプルを引く。 タイミングがよほど良かったのだろう。 ビールに口を付ける前には返事が来た。 外だろうか、家に帰っているのだろうか。 もし彼女と一緒にいる所だったりしたら邪魔して悪かったかなぁと思いつつ、それでもすぐにメールが返ってきた事が嬉しくて嬉しくて、敬語の畏まった雰囲気の抜けない当たり障りの無いただのお礼ですらラブレターのような気分になった。 「誰かを好きになるって...こんな面白いんだな...」 その短いメールに保護をかけ、俺はウキウキした気分で風呂に向かった。 一度繋がりを作ってしまえばあとは簡単...そんな風に気楽に考えていた俺は、既に翌日には軽いジャブの洗礼を受ける事になった。 ランチに誘ってはみたものの、『仕事が...』と断られたのだ。 まあな、大きな作品にこそ出てないけど、勇輝の存在はとっくに話題になっている。 あちこちの現場から声がかかり、仕事が切れないのも当たり前かと次の機会を待った。 毎日毎日、下手すると一日に2回メールする。 朝起きて、仕事に行く前に今日の予定を確認。 仕事の上がり時間が近ければ、自分の仕事が終わってからすぐに食事のお誘いメール。 ところが、勇輝のスケジュールと俺のスケジュールが一向に噛み合わない。 どうやら俺と野々花のビデオに出た事で、業界内での勇輝の知名度がさらに上がったのだ。 事務所所属でちゃんとした窓口のある俺と違い、勇輝はフリー。 スケジューリングは勇輝本人がやっているはずなのだが、どうやら来る仕事来る仕事、すべて受けてるらしい。 朝から夜まで、一日に4つの現場を掛け持ちなんて日まで出てくるようになった。 なんでそこまで無理して仕事してんだ? 借金でもあんのか? 会う時間が作れない事よりも、だんだん勇輝の体が心配になってくる。 今日は先輩の安原さんとQさんに誘われて久々に飲みに出ていた。 チラチラと時計を見ながら、朝教えてもらった現場が終わる時間なのを確認してメールを送ってみる。 『今日、すっげえおバカで明るくて頼りがいのある先輩と飲みに来てるんだけど、良かったらちょっと顔出さない?』 返事はすぐに来た。 良かった...やっぱり撮影終わってた。 いらないメンツもいるし二人きりとはいかないけれど、それでも今日はやっと会えるかもしれないと思いながらメールを開く。 『すみません。ちょっと今日は疲れがひどくて。飲みに行っても皆さんにご迷惑をおかけする事になると思うので、今日は遠慮させていただきます』 敬語なのも、堅苦しくて素っ気ないのもいつもの事だ。 でも、何かが違う。 そのメールからは、勇輝自身の体と同時に心の疲れみたいな物を感じる。 気のせいかもしれない。 余計なお世話なのかもしれない。 だけどもうなんだかじっとしていられなくて、先輩に頭を下げて急いで家に帰った。 そのまま携帯の電話帳を開く。 ずっとメールはしてた。 けど...番号を表示させるのは...初めてだ。 震える指で通話ボタンを押す。 3回目のコールで、それはあっさり繋がった。 「えっ!? みっちゃん? 何、どうしたんですか?」 「お疲れさま...いや...なんか...勇輝くんの声が聞きたくなった」 本心だ。 声聞きたかった...みっちゃんって言って欲しかった。 電話の向こうがなんだかやけにバタバタと慌ただしい。 「そ、そんな恋人に言うような事言ってからかわないでくださいよ」 「う~ん...別にからかってるつもりは無いんだけど。声聞きたかったのはほんとだし。あ、でもいきなり先輩から夜中に電話とか、彼女にも迷惑だよね。もしかして、今来てる? ごめん...」 「何言ってるんですか。俺彼女とかいませんし。軽い嫌みですか?」 「......そうなの? いやでも、なんかさっきえらい電話の向こうでバタバタバターッて慌てるみたいな音が...」 「みっちゃんからの電話に驚いて、机の角に足ぶつけたんです。小指痛いし、お茶溢れるし...」 彼女...いないのか。 ちょっとだけホッとしたけれど、同時に、そういう人がいれば今みたいな無茶はしないのにとも思う。 「ほんとに、いきなりどうしたんですか?」 「心配になったから...ここ何日か、働きすぎじゃない? だいぶ疲れてるでしょ?」 「ああ、そうですね...ご心配おかけしてすいません。いただいたお仕事を断らないようにしてたらなんかちょっと...さすがに少しだけ疲れたかもしれません」 「なんで断らないかなぁ...俺らの仕事は、体だけじゃなくて心も元気じゃないと勤まらないんだよ? それでなくても勇輝くんはみんなに気を遣いまくるんだから、気持ちがボロボロになるに決まって...」 「あの...なんで俺がみんなに気を遣ってるなんて知ってるんですか...?」 ああ...俺ったらまたいらない事を... 現場が近い時はわざわざ覗き見しに行ってた...なんて言えるわけないじゃん。 「噂だよ、噂。でも、何をそこまで必死になってんの? 借金でもあるの?」 誤魔化す為とはいえ、俺はついまたいらない事言ってる。 関係ない!って突っぱねられたら、これからはメールすら送れなくなるかもしれないってのに。 「あの...早く実力付けたくて...少しでもみっちゃんに追い付きたくて...」 「......へっ?」 「あ、あの...早く実力付けて...またみっちゃんの現場に呼んでもらえるようになりたくて...みっちゃんと並ばせるなら勇輝でないとって誰もが認めてくれるような男優に...早くなりたくて...」 今俺は、また自分に都合のいい幻聴でも聞いてるのか? 俺の現場に呼ばれたいから、無茶だとわかっていても仕事を詰め込んでるって聞こえたんだけど...気のせいか? 俺と並びたいから頑張ってるって... 「もしかして、俺とまた仕事したいとか...思ってくれてんの?」 「......はい...」 小さな小さな声。 その恥ずかしそうな、申し訳なさげな返事こそが勇輝の本心だと教えてくれている。 ヤバい...泣きそうだ... 俺の気持ちと同じというわけにはいかないだろうけど、それでも俺をそんな風に思ってくれているというだけで、なんかもう死んでもいいなんて思える。 ま、勇輝を抱き締めるまで、殺されても死なないけどな。 「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ...」 「あっ、すいません...こんな事勝手に思われても...気持ち悪いですよね...」 「んな事一言も言ってない。そうじゃなくて、今みたいな無茶な仕事の入れ方してたらさ、いざ俺と共演とかって話が来ても仕事詰まり過ぎてて断る事になるじゃない。俺の現場で欠員とか出て『誰かいい男優知らない?』って聞かれても、俺勇輝くんを推薦する事もできないよ」 「推薦とか...して...くれる可能性も...あるんですか?」 クッソ~。 あの女優、喘ぎ声がわざとらしくて嫌いだから断るつもりだったんだけどな...仕方ない、受けるか? 「実際、今オファー来てるんだ。俺が相方選んでもいいけど、とびきりの美形でないと嫌だって女王様がいてね。勇輝くんの名前挙げたかったけど、仕事があんまり忙しそうだからその仕事自体断ろうかと思ってた。一緒にやってくれる? スケジュール調整できる?」 「やります! やらせてください!」 「わかった。その代わり撮影は14日の予定だから、その日一日は一切他の仕事入れないこと。わりと大きな現場だから、掛け持ちなんて無理だからね。あと...たまには俺と飯が食える程度には自由で気楽な時間を作ること。これが条件...どう?」 「は、はいっ! 14日ですね。全部謝りの連絡入れて、一日空けます。あと、仕事も今みたいな入れ方はしないようにするので...また時間があったら食事誘ってください」 「勿論。俺って趣味が旨い物食うくらいしか無いからさ、とりあえず連れてく店の味は保証するよ。あ、そうだ...14日に先に入ってる現場、メールで送っといて。俺からもちゃんと挨拶しとく」 「えっ、そんな...」 「後から話持ってったのは俺の方だからね、そこは筋通しておいた方が後々仕事しやすいし」 普段からの勇輝の仕事への姿勢を見ていれば、おそらくどの現場でも『仕方ないなぁ』と苦笑いで終わらせてくれるだろう。 真面目で必死で、それでいて撮影となれば完璧に要求をこなすんだから。 そこに、横からかっさらった俺本人が改めて謝れば、誰も文句は言えないはずだ。 少なくとも勇輝が今主に出演しているビデオと俺の出演作とでは、悪いけど格が違う。 宣伝費も制作費も何もかも。 格上の作品の出演者から直々にオファーがあったとなれば、他を断っても仕方ないと思わせられる。 何より、俺が勇輝を『俺の一番の相方』と考えている事を周囲に知らせる事になるから、これからは二人揃っての出演依頼も来るようにもなるだろう。 「俺も勇輝くんと仕事したかったよ...だから、二人でいいビデオにしような」 「はい。ご心配をおかけしてすいませんでした。俺、頑張ります!」 「だからぁ、気合い入れすぎると体は硬くなっても、チンポ硬くならなくなるぞ」 少しふざけた物言いをしてみたら、電話の向こうでクスッと笑ったような気配と息遣いを感じた。 心臓とチンポがドクドクと大きく脈打つ。 これでまた近づく口実ができた。 勇輝は今フリーで、少なくとも俺に悪い印象は持っていない。 絶対に手に入れる...勇輝に俺といる事が幸せだって思わせて、だからこそ俺といたいって言わせてみせる。 男同士だなんて事がどうでもよくなるくらい、本当に幸せにする。 「じゃあ、またメールする。あ、さっき言った14日の現場の事だけよろしくね」 「はい、本当にありがとうございました。あの...みっちゃんの声が聞けてすごく嬉しかったです。おやすみなさい...」 通話を切ってからも、しばし動けないままの俺。 最後の一言を録音しておけば良かったとのたうち回りながら、それでもその声を必死に脳内で再生しジーンズの前を寛げると、俺はドクドクと脈打つモノをそっと取り出した。

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