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求め求め求め【3】
勇輝は仕事のペースを少しだけ落としたものの、相変わらず忙しいまま。
俺も毎日決して暇というわけではなくそれなりに仕事が続いているから、今日の撮影まで結局会うことはおあずけの状態だった。
寂しかったし待ち遠しかったのは間違いないけれど、今日までの間に嬉しい変化もあったりして...
仕事のスタートが早くて俺よりも先に起きたと思われる日には、勇輝の方からもメールが来るようになったのだ。
『おはようございます。今日はなんだかすごく良いお天気ですね。洗濯日和だなぁなんて思って、朝からお布団干しちゃいました。これから仕事に行ってきます。今日は12時から6スタ、18時からインフィニットさんの作品で初めてラブホ撮影です。一応日付が変わる前には終わる予定だと聞いてますが、監督が撮り直し大好きな屋代さんなのでどうなる事やら。では、行ってきます』
朝起きて、いつものように真っ先にメールを送ろうと携帯を開いてみてビックリだ。
初めてそれを見た時は、あまりの嬉しさにマジでションベンチビりそうになったし。
間違いなく俺達の距離は縮まってる...勿論今はまだ、勇輝にとって俺はただのお節介な先輩でしかないだろうけど。
今回の共演で、もっと距離を縮めよう...一気にじゃなくていい。
少しずつで。
少しだけで。
正直言えば、共演自体はどうでもいいんだ。
俺と勇輝の時間を合わせる為の口実でしかない。
だから撮影が終わったら、やっと念願叶って二人で食事に行ける。
ちゃんと約束もした。
何か食べたい物は無いかと聞けば、『食べる事が大好きなので、なんでもいいですよ』との事。
酒もそれなりには飲めるって言うから、俺の中でとっておきの創作割烹の店を予約してある。
今日の撮影は絶対に遅らせない...全部1テイクで終わらせてやる。
スタジオのドアを開けると勇輝はすでに到着していて、スタッフと役柄の確認をしている最中だった。
ああ、今日もほんと美人さんだ。
でも...ちょっと痩せたな...
後ろからポンッと肩を叩く。
「みっちゃん!」
真剣に話を聞いていた時と違い、俺を見た瞬間に花が開いたような笑顔になる。
ああ、もう...抱き締めたい...
「おはよ。今日は先に勇輝くんの単体の絡みだっけ? 今回は上手く役に入れそう? 特に困ってる事とか無い?」
「あ、実はちょっと...あの、なんか女優さんからの注文多いから、撮影の時は色々と注意するようにとか言われたんですけど、今回の女優さんてそんなに制約が多いんですか? というか、どんな注文されるんでしょう?」
あーあ、あの女王様は相変わらずなのか。
演技丸出しの下手くそな感じ方とわざとらしい喘ぎ声。
どうして人気あるのかわからないけれど、常に売上ランキング上位のこの女優は、間違いなく面倒くささもランキング上位だった。
あれダメこれダメと、とにかくNGが多いのだ。
「えっとねぇ...勇輝くん、擬似本番はやったことある?」
「......擬似? ん? よくわからないんですけど...あ、もしかして入れてるように見せかけるって意味ですか?」
「うん、そう。今時そんな女優、ほとんどいないんだけどね...彼女は本番NG、ぶっかけNG、ついでに生尺もNGときたもんだ」
俺の言葉に、勇輝の顔色が変わる。
だよなぁ...やり方、わかんないよな...本番できればガンガン相手をイカせられるだろうけど、あれもこれもNGなんだから。
「ま、生尺NGについては、普通にゴム被せた状態でしゃぶらせればいいだけだから。あとね、本番とぶっかけについてはちょっとだけテクニックいる」
「テクニック...ですか?」
「そう。これはカメラさんも最初からわかってるから、勇輝くんは落ち着いてやればいいよ。正上位の時は、うっかり入れないように気をつけながら女優のケツの下にチンポ隠すようにピストンすんの。カメラ位置はだいたい頭の方から結合部分をアップで映してるからね。んで、バックの時はだいたい二人のケツ側からのショットだから、ケツの割れ目に挟み込むみたいにして隠す。前から撮る時は、自分の方に折り込むみたいに先っちょ下に向けて。で、対面座位では二人の体の間に入れるだけ。どのシーンでもタマはしっかり映すように意識したら、激しく動いてるように上手く撮ってくれるよ」
「なんか...チンポのポジションをタイミング良くしょっちゅう変えないといけないんですね。それだけでハードル高くて憂鬱になるんですけど...」
「でも、一番難しいっつうか面倒なのが、コレ」
近くのテーブルに置いてあったコンドームの袋を手にする。
「ゴムが...何か...」
「ぶっかけNGっつっても、俺らはどっかに射精して見せないといけないわけよ。でも女王様はザーメンかけられるのが絶対に嫌なんだって。ということで、チンポにゴム被せる時に、この精子溜まりのとこに予めこの偽物のザーメンを少し入れてから装着すんの。で、いざって時にこの偽物がチンポに残るようにしながら上手くゴム外して、腹にさも飛ばしてるみたいにそれを垂らす。本物のザーメンより少し粘っこく作ってあるから、上手にやったらすげえ濃いのがたっぷりプルプル発射されたみたいに見えるんだよ」
流れとしては説明してみたけど、勇輝はまだちょっと戸惑った顔をしてる。
わかるよ、わかる。
俺もこの擬似本番とか意味わかんないし、慣れるまでちょっとかかったもん。
「勇輝くん、どんな感じなのか、どう動いたらカメラがどう移動するか、一回見たら少しは把握できそう?」
「あ、はい...たぶん。俺そんな現場に入った事も見たことも無いから、ちょっと想像もつかなくて...」
「オッケー。じゃあそれ素直に話して、俺の絡みを先に撮ってくれるように頼んでくるわ」
「...え? そんな...撮影スケジュール変更させるとか申し訳ないですし...」
「問題無いよ。ここで勇輝くんが要領掴めなくてNG連発する方が大変だから」
そう、撮影スケジュールが変更するなんてのはどうでもいいのだ。
今の俺に大切なのは、この後の俺達の食事のスケジュールなんだから。
「いいから、気にしないで勇輝くんは俺をしっかり見ててね。んじゃ話してくるわ」
そう...あんなバカ女なんて見ないで、俺だけを見ててくれればいい。
勇輝に見られてると思うだけで、きっと俺はいい仕事ができるから...勇輝を欲情させたいって、いつもよりきっといやらしくなれるから。
まだ少し不安そうな顔の勇輝の頭をポフポフと叩いて、俺は監督と、大嫌いなバカ女に頭を下げにいった。
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