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近づきたい、近づけない【勇輝視点】

今日俺達に与えられた役柄は、一人のOL女性を奪い合う立場の違う恋人候補。 会社の先輩で、大人を感じさせる優しく穏やかなセックスで主人公を蕩けさせるみっちゃん。 カフェで知り合ったバイト店員の大学生で、若さ全開に彼女を求めながらも大人な主人公のセックスに翻弄される俺。 先に俺の絡みを撮影するはずだったのに、経験の無い『擬似本番』てやつに戸惑ってる俺の為に、みっちゃんが先に見本として絡んでくれる事になった。 最初に会った時からそうだったけど、どうしてみっちゃんはこんなに...俺に優しくしてくれるんだろう? 先輩男優って、みんなこんなもんなのか? みっちゃんが特別優しいんだろうか? それとも...俺だからこんなに優しくしてくれてる? あんまり優しくて、メールも電話も楽しくて、ちょっと勘違いしてしまいそうになる。 あんなに女優さん達からもモテモテでカッコいい人が、俺みたいな男に変な目で見られてるなんて迷惑でしかないだろうけど。 でも... 「みっちゃんが悪い......」 ボソとため息と共に出てくる言葉。 だって...勘違いしたって仕方ないじゃないか。 いきなり電話してきたかと思ったら『声が聞きたかった』なんて言われるし、別におかしな事は書いてなかったはずのメール読んで『疲れてる感じがした』とか言われるし。 疲れてた、確かに。 みっちゃんに近づきたいって一心で急激に増えた仕事を限界ギリギリってとこまで受けて、気持ちがパンパンに張り詰めてた。 でもそれは、自分でも意識なんてしてなかった。 ただ、寝ても寝ても疲労感が抜けないなって思ってた程度。 みっちゃんは、そんな俺の『焦り』みたいなものから来てる精神的な疲弊感に気づいてくれた。 ちゃんと休まなきゃダメだって優しく諭してくれた上に、こうして同じ現場に入れるように手まで回してくれて。 ありがたいって思う。 本当に素直に。 けど同時に、みっちゃんにあんまり甘えちゃダメだとも考える。 あんなに会いたくて、そばにいたいって思った人なのに、今日会った瞬間それを後悔した。 自分のみっちゃんへの思いがただの憧れなんかじゃないって実感してしまったから。 またこないだみたいに頭をポフポフってされた瞬間、それ以上を望んでしまう浅ましい自分と、望んではいけないと戒め落胆する自分に気づいたから。 そんな俺の気持ちなんてお構い無く、本番開始の声がかかる。 俺はカメラの角度とみっちゃんの動きを頭に叩き込む為にベッドの上をじっと見つめた。 みっちゃんの右手が肩を撫でながら、ゆっくりと首筋を上がっていく。 長くてちょっと節の太い、ゴツゴツとした男らしい指。 その指が女優さんの唇をそっとなぞり、そこを強引に割って中へと捩じ込まれる。 「いつまで火遊びしてんの? それとも、まさかあの坊やに本気なの?」 いつもと同じ甘い声なのに、どこか相手を咎めるかのような棘を感じた。 けど、その表情は余裕の笑みを崩さないまま、捩じ込んだ指先で口の中を丹念に愛撫していく。 「あの子はあの子で、がむしゃらで可愛いんだもの...本気と言えば本気かもしれないわね。でも、あなたとも別れるつもりは無いけど」 みっちゃんの指を嬉しそうに舐めながら、ニコリと余裕の笑みを返す女優さん。 ......あー、いや...これはすごいな... あまりの台詞の下手さに、思わずこけそうになった。 俺...芝居しながら吹き出したらどうしよう? 「俺だってそれなりにがむしゃらになるよ、お前を手に入れる為なら」 そう言った瞬間、チラリとみっちゃんが俺を見た。 俺...を? そんな気がしてるだけ? 違う。 カメラが女優さんの顔から胸をアップで映しだした途端に彼女から視線を外し、間違いなく真っ直ぐに俺を見た。 胸が...ドキドキ...する... きっと、俺が色んなやり方をちゃんと目で追えてるのかを確認してるだけだ。 だけど、まるで俺が言われてるみたいで...... 『がむしゃらになるよ、お前を手に入れる為なら』 言って欲しい...望んじゃダメだ...言われたい...諦めなきゃ...泣きたい...苦しい...切ない...堪えなきゃ...... じっと見つめてくる瞳を、俺も真っ直ぐに見つめ返す。 みっちゃんの体の下では、柔らかな手の動きに反応するように彼女がちょっとわざとらしい声を上げながら体をくねらせていた。 彼女の反応だけを映していたカメラがゆっくりと後ろへと下がり、少しずつ二人の絡み合う体全部を映す場所へと移動を始める。 俺を見ていたはずの視線がついと外され、優しくイヤらしいみっちゃんの目は彼女の顔を真っ直ぐに見た。 ツキンツキン胸が痛む。 さっきまで俺を見ていた目が、それよりも艶を増して女優さんを映す。 当たり前の事なのに、涙が出そうになって慌てて顔を伏せた。 そのまま大きくゆったりとした呼吸を何度も何度も繰り返す。 みっちゃん...俺...あなたが好きなんです...... 直接口にすることは許されない言葉を一度だけ胸の中で唱え、俺はただ『大学生の勇輝』に変わる事を意識した。

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