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汗もしこりも流してしまおう【7】
特に何も言わないのに、全員の足は俺達の泊まっている部屋に向いていた。
ドアを開ければ、やはり当たり前のようにゾロゾロと着いてくる。
その事が嬉しい。
俺が何をしたいのか、何を伝えたいのか、言葉にしなくとも表情でわかってもらえる仲間がいる。
いや、仲間というよりは...家族だな。
言葉が無くてもわかり合えるけれど、だからこそ言葉にしなければいけない関係だ。
わかり合える事が当たり前になってはいけないし、そこに誤解や余計な遠慮が生まれてはいけない。
誰よりも近い存在だから...いつだって言葉を尽くして自分達の距離を確かめ合うべきだ。
一晩だけで、その距離を掴めなくなった俺と航生にそれを思い出させてくれた勇輝と慎吾くんに心から感謝する。
「水でいい?」
適当に座るように言い、冷蔵庫から出してきたボトルをそれぞれの前に置いた。
慎吾くんは部屋の中を興味深そうにキョロキョロと見回している。
「何、なんかある?」
「うん、やっぱりこの別館てすごいなぁと思って。広さは似たり寄ったりやけど、部屋の細かい作りとか置いてある家具とか、俺らんとこと全然ちゃうねん」
「マジで!? うわぁ、んじゃ次は向こうの部屋に泊まらせてもらおうね」
「簡単に言うなよぉ。一泊でいくらかかると思ってんだ?」
「簡単じゃないですか。充彦さんが店オープンさせて、ガンガン儲けてくれれば...すぐにでも来られるでしょ?」
「はいはい、そうですね~。これから頑張りま~す。で...その店の事なんですけど?」
話を切り替えてみれば、それほど雰囲気は変わらないまま、それでも全員の顔は僅かに引き締まる。
それはきっと、ビデオの中では見る事の無い表情だろう。
「航生はとりあえず、この後牧場に行ったら死ぬほど記憶力総動員してチーズ作りの行程覚えろ。何年かかってもいいし、いくら牛乳使っても構わないから、あのレベルのチーズ作れるようになれ。仕事の片手間みたいになって申し訳ないけど、作業場が必要ならそれも用意する。さらにチーズ極めたいなら、学校出てから店に入るの遅れてもいいからイタリアかフランス行ってこい」
「そうだろうなぁと思ってました。とりあえずフレッシュチーズと生クリーム、バターは自分の所で用意できるようになりたいですね...できるだけやってみます」
「慎吾くんは、引退してからでいいんで本格的にインテリアとか内装の勉強する事考えてみて。店のロゴや看板、店内の装飾から包装紙まで、できるだけ俺達だけで考えたいんだ。それをきちんと形にできる人間になって欲しい。あと......」
「そこからの話は、ちょっと俺が引き継ごうか」
俺の話を遮ると、勇輝が自分のスマホと手帳を取りに行き、静かに戻ってきた。
「慎吾、この時間で威くんに連絡しても大丈夫かな? もし大丈夫そうならちょっと電話したいんだけど」
言われて、わかったようなわからないような顔をしながらもスマホを取り出すと、慎吾くんはメッセージアプリを立ち上げた。
何やら文章を送れば、数分もせず返信の合図が鳴る。
「昼から仕事やからってさっき起きたとこらしいよ。今やったら電話してもうてかめへんて」
そう伝えながら、慎吾くんは早々に手帳の端に数字を書き込んだ。
......なるほど、威くんか...これは盲点だった。
俺も急いで電話を取りに行き、その番号をタップする。
俺が先に威くんに電話をかけようとした事に満足げな笑みを浮かべると、勇輝は続いてその手帳を順に捲り始めた。
「あ、もしもし、威くん? 早くにごめんね、みっちゃんです。おはよ~。いや、実はちょっと威くんの実家の方でちょっと知り合いとか伝が無いかと思って電話させてもらったんだけど......」
俺の電話の隣では目的の名前と番号が見つかったのか、勇輝が何やら丁寧な言葉遣いで話を始めた。
航生と慎吾くんは、やっぱりわかったようなわからないような顔をしている。
「威くんて、山側出身? 海側? いやさ、実はちょっと果物作ってて直でやり取りできるような人、知り合いにいないかなぁと思って...」
聞けば、威くん自身は和歌山県の中部海寄りの地域出身らしいが、お母さんはまさに俺が連絡を取りたかった県北の山側出身らしい。
『バナナ意外のフルーツなら、なんでも作っている』と自嘲を込めたような言葉を売りにしている場所。
柿の生産量は日本一、いちじくや桃も全国屈指の高級品の生産地だ。
「え、マジで? ごめん、その人に連絡取らせてもらってもいいかな? 絶対損するような話にはしない。とにかく完熟の状態の最高のフルーツを安定して納品してもらいたいんだ。うん...うん...あ、ほんとに? うわ、すごい助かる。はいはい...うん、じゃあこの番号にかけたらいい? わかった、ありがとう...うん、たぶんそのうち俺もお願いするようになると思うから...はい...はい...了解。んじゃあとは、直接交渉させてもらったらいいんだね? ありがと、ほんと助かる。またそっちも困った事あったらいつでも言って。はぁ? 慎吾くんに関しては航生に許可取ってよぉ。うん...うん...わかった、ありがとう。朝早くからごめんね。んじゃ、また」
俺の電話とほぼ同時に勇輝の方の話も終わったらしい。
チラリとそちらを見れば、少し得意気に書き込んだ電話番号とメールアドレスをトントンと指で叩く。
「中東のナッツが入りにくいって言ってたからね...今メキシコに伝のある人に連絡してみた。ピスタチオも最近本格的に生産始めてるらしくて、中東の物を輸入するよりも安定してるって。大手メーカー用の物以外の余剰分についてなら話聞けるから、電話かメールくれたら営業さんすぐに手配してくれるってさ」
「わお、さすがはユグドラシルのナンバーワン。そこら辺の商社にもやっぱり知り合いいたか」
「まあね...いつかは充彦の為にもなる人だと思って、こないだ真っ先に挨拶してきたから。あ、ベトナムの農業支援もやってるから、コーヒーとかカカオもたぶん取引できるよ。んで、そっちは?」
「威くんの親戚と同級生に農協のえらいさんいるんだってさ。そこにできるだけ良い物を良い条件で直販してくれる人紹介してくれるように話を通しておいてくれるって。まあかわりに、慎吾くんをアスカに戻しませんか?って言われたけどね」
「なるほど...それで俺に許可取れだったんですね?」
「そういう事。航生は怖いから、今度東京行った時に飯奢ってくれたらそれでいいってさ。慎吾くんの役に立てるならそれだけで十分だって」
本当に俺も勇輝も慎吾くんも、人に恵まれてる。
勿論これからは航生もそうなるだろう。
受けた恩は、精一杯の恩で返す...それだけで俺達の大切な縁はどんどん広がっていき、そして幸せと成功に包まれるはずだ。
少なくとも、俺達は幸せになる。
「んじゃ、この連絡先は...晩飯の時にでも渡しますか?」
「まずは俺らも、散策用の服に着替えなきゃね」
あの素敵な夫婦に少しくらいは喜んでもらえるだろうか?
このホテルの料理やスイーツをお客さんにより一層喜んでもらえる手伝いになるだろうか?
余計なお世話だ!と言われない事を祈りつつ、俺は立ち上がった航生と慎吾くんを見送り服を雑に脱ぎ捨てた。
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