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未来の為に舌鼓【勇輝視点】

当初からの予定通り、まずは川魚の養殖場へと向かった。 イワナやヤマメがウジャウジャいる。 この辺りは水質は勿論、餌である水ゴケの質が抜群に良いのだそうだ。 成育が早いだけでなくその身は天然に劣らないほど香りがよく、都内の有名料亭からも直接注文が入るらしい。 手掴み体験の写真も欲しいから、二人だけ川辺に作られた放流場所に入ってくれるように言われた。 さすがに4人もデカイ男が足を踏み入れてバチャバチャすると魚へのストレスになるかもしれないし、何より観光宣伝の為の記事としては少し絵面がうるさいんだそうだ。 誰も何も言ってないのに当たり前のようにズボンの裾を捲り上げる航生と慎吾。 まあ、後輩で年少者として『自分達が行く』という心遣いなのだろうが、下手すると俺と充彦が顎で使ってるかのようにも思われ兼ねない。 ここは平等にじゃんけんで決めようと4人で円陣を組んだ。 そして結果は...俺と航生の負け。 ちょっとため息をつきながら、晩秋の川に足を浸す。 ......寒いわ! いや、そりゃあもうその水の冷たいこと冷たいこと。 入って5分もしたら足先が痺れてすっかり感覚が無くなってきた。 まあ、水の冷たさに俺らが体を震わせるって事は、当然魚にとってもたいそう冷たいわけで。 何の面白みもなく囲ってある網のそばまで追い込むと、いとも簡単に2匹捕まえられた。 一方の航生は、画面的な盛り上がりを考えたんだろうか...いや、違うな...ものすごい不器用なんだろう。 捲ったズボンもシャツの袖も水でビショビショにして、一見驚くほど楽しそうに水しぶきを上げていた。 本当の所は、すっかり動きが鈍くなっているにも関わらずどれくらいの力で掴めば良いのかわからない魚をそーっと追いかけてバシャッと逃げられ、慌てて思いきり手を伸ばして川底で突き指をする...という、驚くべきドン臭さを発揮してるだけなんだけど。 それでもずぶ濡れになりながらどうにか2匹魚を捕まえた所で撮影は終わり、岸に上がった。 体を拭きながら養殖場の隣の休憩スペースに案内してもらうと囲炉裏があり、捕まえた魚をすぐにその場で塩焼きにしてもらう。 囲炉裏の直火で冷えていた体も温もり、湿っていた洋服もすっかり乾いた。 魚をガツガツ食べる様子も写真に収めてもらい、美味しいお茶もいただいてその場を後にした。 「勇輝...ここの川魚はどう?」 「そうだなぁ...美味しいのは間違いないけど、たぶん最高の状態で提供するのは大変だろうね。気軽にランチに使えそうな感じでもないし。本格的なレストランじゃなくカフェで考えてるならいらないんじゃないかな......」 「オッケー。んじゃここの魚は店で出す為じゃなく、我が家の食卓を彩る為に注文しようか」 俺達が魚捕りでバタバタしてた間に、充彦はここの責任者の人と話でもしたらしい。 手にした名刺を財布に忍ばせるとニコリと笑った。 そこからはそれぞれがパートナーと手を繋ぎ、山道をのんびりと歩く。 空気が綺麗だからなのか、色づいた葉っぱの赤がすごく鮮烈に感じる。 「もみじの天婦羅って知ってる?」 足元の落ち葉に指を伸ばしながら不意に慎吾が振り返った。 「もみじの天婦羅?」 「あれなら知ってるよ、もみじ饅頭の天婦羅」 「ちゃうちゃう、ほんまのもみじの天婦羅なんやって」 「もみじって食えるの? 美味い?」 「めっちゃ美味いで...衣が」 「衣かよぉ」 「もみじ自体はたいして味も香りも無いねん。ただ、ちゃんと食えるように今くらいの時期に一番綺麗な葉っぱ集めといて、1年分を丁寧に塩漬けしてるらしいんやけどね」 「桜餅の桜の葉っぱみたいな感じ?」 「あれより不味いかな。桜の葉っぱって独特のええ匂いするやん? ほんまに味も香りも感じへんから。ただね、かりんとうみたいな衣がほんまに美味いんと、やっぱりこの紅色を食べてるって事にちょっと季節感じるって言うんかなぁ......」 もみじ、食べられるのか...何となく思い付きで一枚葉っぱを拾うと端をガジッと噛んでみる。 そして速攻でブェ~と吐き出した。 「勇輝くん、どんだけ食い意地張ってんねん」 「いや、美味くなくても食えるなら試してみようかと...」 「せえから! ちゃんと下拵えに塩漬けにしてるって言うてんのにぃ...」 「その天婦羅は、大阪で食べられるんですか?」 「うん、せやで。大阪っていうか...もみじの名所があってね、そこの名物の一つ。もう一つの名物は、めっちゃ凶悪で賢いって言われてる猿な」 「じゃあ、いつか...その名物の天婦羅食べに行きましょうね。仕事じゃなく、完全プライベートで」 「......うん、二人で行こな?」 「バーカ、ふざけんなよ。何が二人だ、何が。旅行に行くなら四人だろうが」 「ま、勇輝が行きたがってるみたいだし、スポンサーとして着いてってあげてもいいけど? 当然慎吾くんが旅行のスケジュールと宿の手配してくれるんだよね?」 「旅行のしおりも作れよ。○○時集合!とか」 「......作る! みんなで行く? 行ってくれる?」 みんなで行こうの言葉がよほど嬉しかったのか、慎吾は充彦にガバッと飛び付いた。 充彦はそれこそ家族にでも向けるかのような目で慎吾を見ると、その体をしっかりと受け止め慈しむように頭を撫でる。 「二人で行きたかったのに......」 まるでヤキモチでも妬いているかのように少しふてくされて、けれど充彦と慎吾の姿にちょっとだけ嬉しそうに口許を綻ばせて、航生は小声で呟いた。

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