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近づきたい、近づけない【3】

驚くほどの早さで終わった撮影。 何度か仕事した事があるというみっちゃんが監督の好みや癖を熟知していて、3人での絡みの最中にもさりげなく耳許でアドバイスをくれたおかげで、中断も撮り直しもなく終了できた。 本番も射精も無しなんて、これはまさかのシャワー浴びながら自家発電か?なんて思ってたけど、幸か不幸かあまりの女優の大根ぶりのおかげで気持ちもチンポものっぴきならない状態にもならないままで終わり、さっと汗だけ流して急いで私服に着替える。 スタジオの外に出ると、まだ少し明るさの残る中、一際スタイルの良い影が壁に背中を預けて携帯を触っていた。 その影が俺の気配に気づいて顔を上げ、ゆったりと近づいてくる。 みっちゃんは、高い身長と長い手足によく映えるシンプルなVネックのニットシャツにデニム姿だった。 ......カッコいい...... うっとり見つめてしまっても、さっきのように鬱々とした気持ちにはなってない。 やはりあれは、身分不相応にもあの下手っぴ女優に対するイライラが、俺にヤキモチに似た感情を起こさせたんだなと一先ず自己完結させる。 「お待たせしてすいませんっ!」 できるだけ明るい大きな声を出すと、みっちゃんの目は嬉しそうにキュッと細められた。 「良かった。ちゃんと元気だし、明るくなってる」 「さっきは本当にすいませんでした。なんか自分の中で色んな感情がグルグルしちゃって」 「いいのいいの。勇輝くんは役にガッツリ入り込むタイプなんだしさ、役の立場になってみたら、やっぱあの場面だと色々考えちゃうよね~」 あれ...? まただ。 こんなこと、前にも無かったっけ? メールや電話は毎日のようにしてるにしても、直接みっちゃんと会ったのはまだ2回目だ。 だけど、それ以上に俺の事を知ってるような物言いをする。 だって、みっちゃんの前でガッツリ役にのめり込めてた事なんて無い...よな? 不思議そうに見ているであろう俺の視線には気付かず、みっちゃんは俺の頭をまたポフポフした。 「腹減ったろ? 俺はねぇ、すっげえペコペコ。とにかく飯が旨くて、置いてる酒も抜群にいい店予約してあるんだ。散々待たされた分、今日は目一杯付き合ってもらうからね~」 上機嫌のみっちゃんに『もしかして、俺を前から知ってますか?』なんて聞くわけにもいかず、俺はちょっと曖昧に笑った。 「ん? 飯食うの好きって...言ってなかったっけ? それともあんま腹減ってない?」 中途半端な笑顔がイマイチ俺が乗り気でないと思わせてしまったらしく、みっちゃんの優しい笑顔が少しだけ曇る。 俺は慌ててブンブンと千切れそうなくらいの勢いで首を振った。 「いや、飯食う事くらいしか趣味無いですから! 旨い物食べるの、ほんと大好きです! 腹もメチャクチャ減ってるんですけど、実は俺、今日お金あんまり下ろしてきてなくて手持ちが不安で...」 「んだよぉ、そんな事気にしない気にしない。今日は俺が誘ったんだから俺の奢り。飲んで食って、楽しもうぜ~」 大きなストライドで悠々と前を歩き始める。 「そ、そういうわけにはいかないです! あ、そうだ...どっか近くにコンビニとかあったらそこで下ろして...」 「ねえ、勇輝くん」 少し前を歩いていたみっちゃんがピタリと足を止め、クルリと俺の方を向いた。 「料理とかできる人?」 「へ? あ、はい...それなりには...」 「じゃあさ、今日の食事代の代わりに、いつか...俺の為に料理作ってよ」 明るいトーンで話しているけれど、なんだかその顔がやけに真剣に見える...そんなはずは無いのに。 『からかって弄んでるなら止めてよ...』 ビデオの中のセリフがチラリと頭を過った。 何か言わなければ...泣いてしまう...気持ちが溢れてしまう... 「えーっ!? 手料理振る舞えとか、なんですか、それ。あ、じゃあじゃあ、俺にもみっちゃんの手料理食べさせてくださいよぉ」 できるだけ明るくふざけて笑う。 みっちゃんは気まずそうに頭を掻き、俺の方に戻ってきた。 「いいよ。いつか...とびきり旨い朝飯、食わしてやる」 え、何? 朝飯...え、どういう事? 言葉の意味が...理解できない...... 俺の頭が邪過ぎるのか? みっちゃんの言葉の真意はどこにあるの? ドクドクと音を立てる心臓と、考え過ぎたせいかグワングワン揺れ始める頭。 ......今の俺、その言葉を冗談にして笑えなくて...ごめんなさい... 「店、この近くだから」 そう言うとみっちゃんは、何かを言うことも反応することもできない俺の手を取り、ギュッと握りしめて歩き始めた。

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