158 / 420

近づきたい、近づけない【6】

真っ直ぐに伸びてきた手がそっと俺の首筋に触れる。 その触れた指先がゆっくりと上がってきて擽るように耳の後ろを掠め、ムニムニと柔く耳朶を摘まんできた。 ......なんだ、これ...ってか、何が起きてる...? 「似合いそうだと思うんだけど、ピアスとか開けたこと無いんだ?」 「...無い...です...ピアスとかタトゥーとか...後悔した時に元に戻せない事は...なんか...したくなくて......」 「うん、そっか...」 耳を弄る事を止めた指はそのままエラをなぞり、真っ赤になっているであろう俺の頬をフワリと包んだ。 温かくて...大きな手... 「言われた通りにやってみたよ。どう、エロい?」 「エロ...い...です......」 「欲情する?」 「え?」 するよ、します。 だって初めて見た時から、この手に触れられたいって思ったんだもん。 でも...そんな事言えるわけない。 あなたを見てるだけでムラムラして、あなたに触られてる女に嫉妬しますなんて...そんな事...... 「俺はね...」 右手だけに包まれていた俺の頬に左手も添えられた。 しっかりと両手で包み込まれた事で顔の動かせなくなった俺の方に、ゆっくりとみっちゃんの顔が近づいてくる。 「初めて見た時から、お前の目にずっと欲情してたよ。声にも、体にも...この赤い唇にも」 何が起きてるのか理解できてない俺の唇に、熱く柔らかい物が重なった。 驚く間もなく、ほんの一瞬触れたそれはすぐに離れていく。 鼻先をチョンとくっつけて、みっちゃんは相変わらず俺の目の奥を見つめていた。 「なあ...俺の手に...ムラムラする?」 「...しま...す......」 「もっとキスしたくて、すごくムラムラしてる?」 「...はい...したい...です...」 俺、なんてこと言ってるんだ? だけどさっきは一瞬過ぎて、何があったのかすら...よくわかんなかったから...... 「素直な...イイ子だ」 ご褒美だと言わんばかりに、みっちゃんの舌が俺の下唇をゆっくりと舐めた。 それだけの事に体が疼く...必死で抑え込もうとしていた気持ちが溢れてくる。 薄く唇を開くと、待っていたと言わんばかりにその舌が中に滑り込んできた。 呼吸までも飲み込もうとでもするように、唇のすべてがピタリとみっちゃんの唇と重なる。 柔らかくて熱くて、俺と同じ酒の匂い。 俺の口の中を好き勝手に動き回る舌に、おずおずと俺の物も絡めてみた。 絡めた舌からは、ほんの少しだけタバコの香りがする。 ......そうか、タバコ吸うんだ ......現場でもこの部屋に入ってからもそんな素振り見せなかったのに... 「タバコ、吸うんだ?」 ちょっとだけ唇を離し、みっちゃんが俺を見て目を細める。 俺が気づいたのと同じ事に、みっちゃんも気づいていた。 「酒飲んでる時と...朝起きた時...だけ...」 「ごめんな。もしかして、俺が吸わなかったから気ぃ遣わせた?」 「違う...あんまり料理も酒も旨くて...一緒にいて喋ってるのが楽しくて...忘れてただけ...です。みっちゃんこそ...俺に遠慮してたんじゃ...」 頬を包んでいた右手が、そこからそっと離れる。 寂しい...思わずみっちゃんの背中に腕を回す。 一度俺から離れた右手はいつの間にか俺の腰を抱え込み、グイと体が畳の上に倒された。 「みっちゃん...」 「充彦って呼んで...お願いだから...俺の名前、呼んで...」 「み、充彦...なんでこんな...」 「俺はね、ずっと勇輝と...こうしたかったよ...ずっと...」 切羽詰まった声で苦しそうにそう絞り出すと、大きな体が一気に覆い被さってきた。 噛み付くように繰り返される口付けに、俺も必死で応える。 ......俺だって、ずっとしたかった... 深く合わされ、何度も角度を変えられるたびに吐き出す息の温度が上がっていく。 お互いの間を行き来するたびに混ざり合い、飲み込みきれくなって唇の端から唾液が伝い流れれば、それすらももったいないと言うように充彦は丁寧に舌で掬った。 ......これは、過ぎたアルコールが俺に見せている、都合のいい幻覚か? だけど...幻覚でも構わない。 俺を抱き締める腕の力強さに震え、口内で暴れまわる舌と息継ぎすら許されない唇の熱さに快感が身体中を駆け巡る。 これが一時の夢ならば、今はその甘い夢を素直に喜びたい。 俺は自分の上の体を逃すまいと、長い脚にしっかり自分の脚を絡ませていた。

ともだちにシェアしよう!