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俺の手を取って【充彦視点】

「あ~、クソッ...俺ってば、マジ最悪だ......」 目が開いた途端昨日の醜態を思い出し、情けなくて泣きたくなった。 ゆっくりと体を起こすと、ベッドに座ったままで枕元のタバコに手を伸ばす。 まだガッツリ体の中にアルコールが残っているらしい。 じっと座っているだけの体は、ユ~ラユ~ラ揺れているように感じる。 その感覚の不快さに顔をしかめながら咥えたタバコに火をつけると、ゆっくりと細く煙を吐いた。 勇輝の事、大切に大切にするつもりだったんだ。 どんなに時間がかかってもいいから、ずっと俺のそばにいたいって思ってもらえるように、本当に大切に。 なのに、それがどうだ。 俺は盛りのついた犬か、思春期真っ盛りのガキかよ。 なんだ、このザマは。 酒が入った途端、欲しくて触りたくて堪らなくなった。 時間をかけてじっくりとなんて、悠長な事考えてられなくなった。 あの色っぽい目が俺だけを映して、あの赤い唇から名前を呼ばれて... 一時の興味と衝動に負けて白い首筋に触れた途端、すべての箍が弾け飛んでしまった。 無我夢中で唇を貪り、舌を吸い、唾液を舐め啜った。 もっと欲しい、もっと欲しがらせたいなんて更に進みそうになったけれど、ギリギリで服に手をかけなかった自分を、そこだけは褒めてやりたい。 本当に寸前で踏みとどまって、勇輝をなんとかタクシーに押し込んだ。 「絶対怒ってるよな...いや、ひょっとしたら怖がってるかも...」 優しい、イイ先輩の顔して近づいておいて酒飲んで襲いかかるとか、人間としてどうなんだよ、マジで。 先輩後輩の間柄でこんなことするとか、セクハラでパワハラで犯罪だ。 でもあの時は...酔っぱらった俺の目には、あいつが俺を求めてるように見えたんだ。 誘ってたとは言わない。 絶対にそんな事言っちゃいけない。 だけど...俺に触れられたがってるって思った。 こんなの最低の言い訳だってのはわかってるけど。 許してもらえるだろうか? どんな反応が返って来るか怖くて仕方ないけど、このままほったらかしというわけにはいかない。 何より、俺はこのまま諦めるつもりなんて無いんだから、謝るべき所はきちんと謝って、また一から始めないと。 ......いや、一じゃなくてマイナスか... 別に、ヤる事ヤれなくて意地になってるとかそんなんじゃない。 抱き締めてキスして、ますます俺には勇輝しかいないって確信しただけの話だ。 勿論肌に触れてみてムラムラしたからってだけじゃなく、飯の食い方も酒の飲み方も、俺にとってはド直球ストライクだった。 旨そうに豪快に食べ、頼んだ物は決して残さない。 ガツガツと頬張っているように見せておいて、その実、口に入れた食べ物を見せるような下品な真似もしなければ、当然食べかすを撒き散らすような喋り方もしなかった。 完璧な箸さばき、決して下品にはならず、けれどさも旨そうに食べ物を頬張る顔。 知識が豊富で会話が途切れる事は無いが、その知識を振りかざす事も無ければそれを鼻にかける事もしない。 俺の話を楽しそうに聞きながら絶妙なタイミングで入ってくる相槌があまりに心地良くて、いつも以上に饒舌になってしまった。 誰かと一緒に食事をする事が、あれほど楽しく思えた事なんて無い。 そう...食事や、勇輝と喋るのに夢中になってタバコに手を伸ばす事すら忘れていたのは俺の方だ。 そして勇輝は、俺と食事をするのが楽しくてタバコを吸うのを忘れていたと言った...俺と同じように。 枕元に放り投げてあった携帯を手に取る。 いくつか入っていたメールは一先ずすべて無視して勇輝のアドレスを表示した。 『おはよう。昨日はずいぶん飲んでたけど、二日酔いは大丈夫? 俺は、まだちょっと酒が残ってる。昨日はほんとにごめん』 何がごめんなのかなんて書かなくても伝わるだろう。 まるで審判の下されるのを大人しく待つ罪人のような気持ちで送信ボタンを押した。 ちゃんと返事は来るだろうか...心臓がバクバクしている。 酒のせいか緊張のせいか、ひどく喉が渇いてきて台所に水を取りに行った。 いやな汗で体がベタついてたから、ついでにダッシュでシャワーだけ浴びてくる。 出てくるまで、10分もかかってないだろう。 ベッドのに戻ってみると、メールの着信を知らせるランプが光っていた。 俺が送って、すぐに返事をくれたのだろうか...ちょっと嬉しくて、慌ててメールを開く。 『昨日は本当にご馳走さまでした。俺も少しアルコール残ってるみたいです。昨日の事は気にしないでください。みっちゃんが酔うとチューしたくなるタイプの人だっていうのにちょっとビックリしましたけど。でもまあ、あれは酒の上での事故みたいなものですし。もう忘れましょう』 メールを読んで、少し...ほんの少しだけムカッとした。 そりゃあ、酒の勢いを借りた俺が悪いのはわかってるけど、昨日のキスは『酔ってチュー』なんて軽いモンじゃない。 俺なりの精一杯の気持ちを込めた、エロ100パーセントのベロチューだ。 本気で落としにかかった、俺なりの最高のキスだ。 それを『事故』だなんて...お前はそのただの『事故』みたいなキスに、全力で応えるのかよ! ......あ、そうだよ...俺のキスに、勇輝は必死に応えようとしてた... 俺が無理矢理言わせたような、『欲情するか?』『もっとキスしたいか?』なんて言葉はどうでもいい。 俺が体の上に乗り上げたら、離れたくないと言うみたいに背中にしっかりと腕を回し、おまけに脚まで絡めてきたのは勇輝の方だ。 勇輝は俺からのキスを嫌がってなかった...絶対に。 寧ろ悦んでただろう? だけど勇輝は、あれをただの事故にしようとしてる。 勇輝はそんな『事故』をしょっちゅう起こしているからなんだろうか? それとも、本当に酒の入った俺は誰にでもキスすると思っていて、事故だと割り切ろうとしてるのか? ......でも、それも当たり前か...だって男同士だもんな... それでなくても男で同僚で先輩後輩の間柄で...普通に考えれば、俺が本気で好きだなんて思わないかもしれない。 俺だって、同性にこんなに惹かれる事になるなんて思ってもいなかった。 ちゃんとわかってもらわなくちゃ。 自分の気持ちを口にする前に体が動いてた俺が悪い。 ゆっくりと近づいて距離を縮めていたのに、最後の最後で順番を間違えた俺が悪い。 だからこそ、俺の本心を伝えなくちゃいけない。 拒絶されるかもしれるだろうか? 『気持ちが悪い』と罵られるだろうか? でも、あの気持ちを込めたキスを『事故』だなんて思われるのはどうしても嫌だった。 「ヤバいな...俺、今勇輝にフラれたらさすがに...もう立ち直れないかも...」 もう一本だけタバコを吸いながら少しだけ気持ちを落ち着けると携帯の履歴を開き、一番上の名前にカーソルを合わせた。

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