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俺の手を取って【2】
「よっ、おはよ~」
必死の思いで精一杯明るい声を出す。
電話の向こうからは、何やら息を詰めるような気配がした。
『みっちゃん...どうしたんですか...?』
昨日は甘く掠れた蕩けそうな声で俺を『充彦』と呼んでくれたのに、今は緊張感すら漂わせるほどに固い。
やはり怖がらせてしまったか、それとも俺は信用のならない人間だとインプットされたか。
どちらにしても、俺の本気を伝える為に良い雰囲気だとは到底思えなかった。
『みっちゃん...?』
口ごもって何も言えなくなっていると、心配そうな勇輝の声が聞こえた。
それになんとかグッと背中を押してもらう。
「ああ、ごめんごめん。やっぱ酒のせいかな、一瞬ボケッとしてたわ。あのぉ、それでさ...」
『はい......』
「俺、大切な話があるんだ。どうしても伝えたい事なんだけど...ごめん、今から会えないかな?」
今度は勇輝が口ごもって黙りこむ。
俺はただ静かに答えを待った。
『あの...今日は...ちょっと......』
やっぱりか。
あの沈黙は、断る為の言葉を探しているのだと薄々わかっていた。
だからと言って、俺もこのまま引き下がるわけにはいかない。
「あ、今日は無理かぁ、オッケーオッケー。んじゃさ、明日は? 俺明日の現場はちょっと遅いんだけど、終わったらダッシュで迎えに行くし」
『いや、ちょっとしばらくは...忙しいから...難しい...です...』
「......そっかそっか。勇輝も忙しいのに、俺の都合で引っ張り回すわけにいかないもんな。うん、わかった。ごめんな、勝手な事言って」
気づくかな......
俺、もうお前の事『勇輝くん』て呼ぶつもり無いって。
俺の事をまた『充彦』って呼ばれたがってるって伝わるかな。
「じゃあさ、時間が空きそうな時は連絡して。俺、絶対に時間合わせるから」
『...はい...じゃあ俺、これからちょっと...もう出かけるので......』
まだ声を聞いていたいという俺の気持ちを打ち砕くようにプツッと会話が切断され、『ツーツー』という無機質な音がただ耳に入ってきた。
**********
俺の体に異変が起きたのは、その翌日に入った現場からだった。
いつものように相手の体をしっかりと抱き締め、服の上から胸を揉み首筋をカメラに映る事を意識しながらゆっくりと舐め上げる。
じゃれるように鼻先を擦り合わせ、見つめ合いながらハムハムと下唇を甘噛みした。
......おかしい...おかしいぞ...なんだ、これ......
同棲を始めたばかりの初々しいラブラブカップルという設定。
それはよくわかっているけれど、自分の異変を悟られまいと焦る。
俺は夢中になって愛撫する手の動きと、深く合わせた口づけをどんどん激しくしていった。
「はい、カーット!」
さすがに止められた。
そりゃあそうか...ベッドに横たわったままの女の子を申し訳ない気持ちで見つめる。
お互いまだ少し乱れてるだけで、その服を脱がす事すらしていない。
ひたすら口内を蹂躙し、下着の上から身体中を愛撫し続けた。
俺の身勝手な激しさに女の子は訳もわからないまま呆然と体を震わせ、目にはうっすらと涙を浮かべている。
「全然初々しくないよ...全然ラブも感じない。ほんと、みっちゃんらしくないセックスじゃない。ほんと、どうしたの?」
「ああ...ごめん......」
相手役の表情も満足に見ないで肌に触れるなんて初めてだ。
プライベートを含めたって、こんなに自分勝手にコトを進めたりしたことない。
「なんかあった? 大丈夫?」
「ごめん、ほんとにすいません。俺、女の子が腕の中にいるってのに全然勃起しなくて...ちょっと焦った...」
「......はぁっ!?」
スタジオ中から一瞬どよめきが起こる。
ですよね~。
つか、俺が今一番ビビってるから。
「即勃ち即挿入のみっちゃん...が?」
「うん、ほんとごめん。3分だけ勃起待ちでよろしく」
「わかった。じゃあ繋ぎはまた後で撮るとして、ジュリちゃんは先に服脱いで待ってようか。みっちゃん戻ったらすぐに本番いくよ」
「優しくない触り方してごめんね」
まだ新人と言ってもおかしくない女の子。
どうしても緊張が解けないからと、その為にわざわざ俺を指名してくれた現場だというのに...。
俺は無理矢理笑顔を作ってジュリちゃんの額に軽くキスをすると、一旦スタジオを後にした。
控え室の椅子に深く座り、まだまだ挿入には硬さの足りないチンポを引きずり出す。
「お前、今日はどうしたよ...」
しょぼくれたままのソコを柔く握りながら、返事などあるはずもないのに一人ごちる。
精神的に万全というわけではないけれど、体調が特に悪いわけでもない。
これまでは、その気なんてなくても、相手役と少し話をして雰囲気を盛り上げそっと抱き締めれば、いつでも準備オッケーな状態に持っていけた。
今日も当然そのつもりだったし、笑いながら見つめ合ってる時なんてそれなりにイイ雰囲気で、チンポもちゃんと『出撃するの?』な感じになってたと思う。
それが、キスしてギュッと抱き締めた途端、一気に腹の底が冷えるみたいになって...萎えた。
この感触じゃないんだと体が拒絶した。
俺が求めているのは、赤くていつもしっとりと濡れたような艶を見せる少し薄い唇。
思いきり抱き締めたって乱暴に押し倒したってどこも傷めたりしなさそうな骨格と筋肉。
そして...少し擦れただけでも痕になりそうなほど、美しくて繊細な肌。
ふとそれを思い出した途端、手の中でぐったりとしていたはずの愚息が息を吹き返す。
「...マジかよ......」
あのしっとりと濡れた唇を強引に舌で割り、俺よりもいくらか逞しいかもしれない体を畳に押し付けた瞬間、堪らなく幸せでどうしようもないくらい興奮した。
俺の体も頭も、あの瞬間を忘れられないのか?
もうあの感触以外は欲しくないのか?
今こうして勇輝の事を考えているだけで、扱く必要なくペニスはすぐにガチガチになる。
あんなことやらかしたせいで、まだ気持ちが変に昂ってるんだろう。
これ以上考えてたら、このまんま触らずに暴発なんて最悪な事態を迎えそうだ。
服も下着も脱ぎ、素肌にガウンを羽織る。
......勇輝の事考えないと勃起できないとか、俺、思ってるより重症だわ......
みんなに詫びる言葉を考えながら控え室を出ていく俺は、まだこの状況はすぐにでも解決するとばかり思っていた。
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