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俺の手を取って【4】

部屋に戻ってすぐ、一度勇輝にメールを送ってみた。 『今日はもう家に戻ったんだ。どうしても勇輝と話がしたい。会いたい。頼む...お願いだから、時間作ってくれないか?』 送信だけしておいて、とりあえず煙草を咥えて火を着けた。 さてと...これからどうするのが俺にとっての正解なんだろうか。 勇輝への気持ちは、一向に冷める気配はない。 ダメならダメで、本人の口からきっぱりと俺の事を拒絶してもらわないと、本当に俺はこのまま潰れてしまうだろう。 まだ100%フラれると決まったわけじゃないが、これだけ避けられてるんだ...気持ちを受け入れてもらえるとも到底思えない。 目の前にある壁は性別か? それとも、俺という人間そのものだろうか? しばらくぼんやりとしすぎていて灰を落とすのも忘れてた。 気づけばほとんど口を付けないままの煙草は火種が指のすぐ近くまで迫り、手元には灰皿が受けられなかった灰がその形のままで落ちている。 そもそも灰皿自体が吸い殻の山で、もう灰を落とせるスペース自体無くなっていた。 改めてその光景を目にして少し驚く。 元々の俺は、それほどのヘビースモーカーではない。 朝目覚めの一本と、部屋を出る前に一本。 仕事の待ち時間は相手役の事を考えてできるだけ吸わないように意識してるし、あとはせいぜい仕事終わりと家で寛ぎながら何本か吸うだけだ。 1日に10本程度だろうか。 飲みに行けば本数は当然増えるが、それでも1箱あればその日は過ごせる。 それが今はどうだ。 唯一の楽しみと言っても決してオーバーではなかった食事が、すべて煙草に代わっている。 固形物をどうしても腹に入れる気にならず、毎日ヨーグルトだのスムージーだので空腹を誤魔化し、口の寂しさは煙草で紛らせていた。 「こりゃイカンな。このまんまじゃほんとに廃人になるわ...勇輝に気持ちを伝える前に倒れるわけにいかないってのに、俺は何やってんだか」 携帯を一度チラリと見る。 残念ながらというか当然というか、着信ランプは光っていない。 「おっし。とりあえず...当たって砕ける前に、ちゃんと気持ちと体を整えましょうか」 俺は灰皿の中身をゴソッとごみ袋にひっくり返すと、まずは徹底的に部屋を綺麗にしようと立ち上がった。 ********** 久々にスッキリと目が覚めた。 昨日は部屋から台所、風呂から玄関にいたるまで、気合いを入れて掃除をした。 潔癖とはいかないまでも、それでもわりと綺麗好きを自認していながら、よくもまあここまで汚くなるほど放っておけたものだと少し驚いた。 考えてみれば、勇輝と連絡があまりつかなくなってからは、掃除らしい掃除をしてなかったかもしれない。 頭に血が上りすぎて冷静さを欠いていた証拠だ...改めて綺麗になった部屋を見回しながら大きく溜め息をついた。 落ち着いてみたからといって、俺の勇輝への気持ちに変化があったわけじゃない。 一過性の熱病のような感情ではなかった事を再認識し、それでも少しだけ冴えてきた頭でこれからの事を考えた。 まずは、どんな反応が返ってくるにしろ勇輝と会わなければ前にも後ろにも進めない。 電話を鳴らしたところでそれを取ってもらえないのだから話にもならない。 さて、じゃあどうやって呼び出すか...寝起きの煙草をくわえながら、携帯を開いた。 俺が体調不良で休みを取った...という話は、昨日一日でずいぶん広くまで伝わったらしい。 未読のままのメールが40通以上ある。 一つずつ内容を確認すれば、先輩に制作会社の担当さん、以前共演した女優さんまで、そりゃあもうありがたいくらいに心配されていた。 一斉送信はせず、簡単にではあるけれど一つ一つにきちんと返事を送っていく。 中には今回の休みのせいで久々の共演が流れてしまった女優さんもいて、そこには特に丁寧な詫びのメールを書いた。 あとはまあ、『元気になったら飲みに行こう』だの『女泣かせ過ぎてバチが当たった』だの、からかい半分見舞い半分みたいな内容がほとんど。 それにもニヤニヤ笑いながら一応ちゃんと返事を送る。 ......と、次のメールを表示した瞬間、心臓が止まるかと思った。 勇輝...だ!? 夜中の1時くらいにそれは届いていた。 『さっき現場で、みっちゃんが体調崩してしばらくお休みすると聞きました。大丈夫ですか? ちゃんと病院には行ってますか? もし一人で困る事なんかがあったら、いつでも言ってください』 勇輝が...勇輝が俺を...俺を心配してメールをくれた...... その事だけで涙が出そうになり、思わず携帯をグッと胸に押し当てる。 落ち着け、落ち着け...俺。 これでただ喜んでちゃダメだ。 たとえ卑怯でも、それが弱みや良心につけこむ事になったとしても、今は勇輝を引っ張り出さないといけない。 ギリギリまで吸った煙草を灰皿に放り込み、すぐに次の煙草に火をつける。 『わざわざありがとう。今部屋にいる上で困ってる事は無いけど、勇輝が俺に会ってくれないから困ってる。頼むから、俺に時間作って。遅くなっても構わない。ほんの少しの時間でもいい。とにかく直接会って話がしたいんだ。前に一緒に行った店で待ってる。来てくれるまで何時まででも待ってるから』 これで絶対に勇輝は来る。 俺が仕事休んでる『らしい』ってだけであんなメールを送ってきてくれるんだ。 『会いたくもないし、絶対に許さない』なんて気持ちではないはず。 体調の悪い...いや、本当は別に悪くないけど...俺を、ほったらかしになんてできないだろう。 むしろここで放っておかれれば、それはそれで今度こそ諦めがつくかもしれない。 まずは一度ゆっくり風呂に浸かり、勇輝に会うための準備をする事にした。

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