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俺の手を取って【6】
大将が酒や料理を並べ終えて部屋から出て行っても、お互いに俯いたまま。
何からどう言葉を発したらいいのかわからない。
どうにも手持ちぶさたで、俺は勇輝の前で初めて煙草に手を伸ばした。
それは勇輝も同じだったようで、一度俺に小さく頭を下げると、掛けてきたカバンからボックスを取り出し横を向きながら煙草を咥える。
ゆっくりと煙を吐き出しながら、ぼんやりとその横顔を見た。
やっぱり綺麗だな......
でも...少し疲れた顔してる?
最近はビデオ出演以外の仕事もかなり増えてきているという噂は聞いているから、俺が考えているよりもずっと忙しいのかもしれない。
「とりあえず、乾杯しよっか」
意を決してビールを勇輝のグラスに注ぐと、今の俺ができる精一杯の笑顔を浮かべた。
「今日は来てくれて...ほんとにありがとう。忙しいのに、無理言ってごめんな」
「......いえ、俺の方こそ、来るのがこんなに遅くなって本当にすいませんでした」
少しだけグラスを上げると、カツンと軽くそれを合わせる。
一気に中身を飲み干すと、空きっ腹にドスンて感じでアルコールが響いた。
「ヤバいな...さすがになんか食べないと悪酔いしそうだ」
ポツと漏らした言葉に、勇輝がハッとしたように顔を上げる。
「あ、忘れてた...みっちゃん、お酒なんて飲んで大丈夫なんですか? ていうか...ほんとにすごい痩せたんじゃ......」
「うん、ちょっと痩せたかも...ここんとこ全然飯が喉通らなくて...」
グラスをテーブルに置き、勇輝の方へとにじり寄った。
その体と顔が微かに強張ったのを感じてひどく胸が痛む。
「これが飯食えなくなった原因の一つだからさ、まずはちゃんと謝らせてください。あの日...ここで二人で飲んだあの日、いきなりキスして押し倒したりして...本当にごめんなさい」
半畳分ほどの距離を保ち、きっちりと正座をして俺は両手をついた。
そのまま額を畳に擦り付ける。
「ちょ、ちょっとみっちゃん、止めて...ほんと、止めてくださいよ」
「謝ってそれで済むとは思ってない。先輩って立場を利用して、勇輝の気持ちも考えないで無理矢理お前に触った。それは間違いない事実だから。それでもやっぱり...本当にごめん」
「いや、それは...もう別にいいからって...お互い酒の上での事故みたいなもんだから忘れましょうって...」
「事故じゃないし、忘れたくもないんだ!」
顔を上げて勇輝を真っ直ぐ見つめた。
俺と目線が合った途端、勇輝の瞳が潤んで揺れる。
......ああ、綺麗だ...
やっぱりそばでこうやって見てると...手を伸ばしたくなる...触れたくなる...
受け入れてもらえなくてもいい。
ただ、俺の気持ちだけは...どうかわかって欲しい。
「初めて勇輝を見た時から、近づきたくて触れたくて仕方なかった。お前の目も、声も、その唇も...頭から離れなかったんだ......」
「みっちゃん、何を...?」
「最初は、今までに会ったことの無い色気を持った不思議な男に興味があるだけなのかとも思った。自分にそういう性癖があるとは思ってなかったけど、それでも勇輝の容姿と雰囲気なら十分セックスの対象にはなるって程度の感覚だったかもしれない。でも同じ現場で仕事して、それからメールや電話をするようになって、謙虚で、勉強熱心で、真面目で、でも時々ちょっとだけ甘えるみたいな言葉が出る所が堪らなく可愛く思えてきて...俺...ほんとに...お前の事考えるだけで泣けるくらい......好きなんだ」
ああ、言ってしまった。
色々裏工作して、ちょっとずつ囲い込んでとか考えてたのに...なんだ、このド直球は。
我ながらあまりのカッコ悪さが情けなくて、また頭を畳にくっ付ける。
「みっちゃん...」
「わかってたんだ。勇輝が俺のこんなしつこさに呆れて困って、どんどん避けていってるってわかってた。男にこんな事いきなり言われて迷惑だってのも承知してる。でも、あの日の俺を、ただのキス魔の酔っぱらいって思われるのだけは嫌だ...どうしても嫌なんだよ......」
顔が上げられない俺の方に勇輝が近づいてくる気配。
それに気づいた瞬間、俺の頭がそっと撫でられた。
「俺もあなたの事が大好きです...初めて会った時から...」
その声は小さく震えていた。
ゆっくりと顔を上げると、俺の正面には目元に涙を浮かべた勇輝が背中を丸めて正座をしている。
「俺、確かにみっちゃんを避けてました...これ以上、あなたの事を好きになるわけにいかないから」
今度は俺が驚き慌てる番だった。
座布団に戻り脚を崩すように勧めるが、勇輝は小さく首を振る。
「俺、元々バイセクシャルなんです。性的な対象に性別は関係ないというか...正直な話をすると、これまでしてきたセックスに感情も性別もあんまり関係無くて...誰かをこんなに好きだって思った事が無くて...好きだからこそ触りたくなるってあるんだって初めて知りました。でも、みっちゃんは普通に女性が好きな人だし、俺へのキスなんて深い意味も無いって思ってたから、一生懸命『あれは突発事故だ』って考えるようにしてたんです...」
「じゃあ! だったら...俺ら、両思いだよな! 俺、勇輝の事好きでいいんだよな?」
一気に畳半分の距離を詰め、グッと勇輝の手を握る。
けれど勇輝は俺の目を見ながら、なんだか悲しそうに首を小さく横に動かした。
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