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君の隣で眠らせて【勇輝視点】

俺がフルフルと小さく頭を揺らすと、みっちゃんの顔が苦しそうに歪んだ。 見ている俺も辛くて苦しくて、ジワリと涙が滲んでくる。 「なんでだよ...俺はお前が好きで、お前も俺の事好きなんだろ? なんも問題無いじゃん...好きな人間同士が一緒にいて、何が悪いんだよ!」 「俺ら男同士だから...元々バイセクシャルの俺と違って、みっちゃんは...ノンケだし」 「はぁ? ノンケだからダメだって、意味わかんねえわ。だいたい、今まで抱いてきたのが女だったってだけで、それが女しか好きになれないってのとは違うだろ。そもそも、女を本気で『好きだ』って思った事も無いんだから。だったら、最初から男しか好きになれない人間だったのかもしれないじゃないか。俺はノンケってわけじゃなくて、ただ誰にも興味が無かっただけだ。女も抱けるけど勇輝が好き...俺が好きでも女は抱けるお前と何が違うんだよ」 「でもっ! でも......男同士の恋愛は...ずっと隠し続けないといけない...家族にも、職場にも、友達にも。誰からも認められない、祝福されない関係でしょ? 俺はみっちゃんにそんな思いは...させたくない。それに俺も、コソコソしないといけない関係なんてもう嫌なんです...自分の気持ちを隠して生きるのは...寂しい......」 皆に可愛がられ、大切にしてもらった。 それは間違いない。 おかげでそれなりに贅沢もできたし、旨い飯も食わせてもらったし、いわゆる『一般常識』って物もすべて教えてもらってきた。 でもそれは全部、夜の世界の中の話だ。 いわば夢のような物。 朝になれば全部消えてしまう...俺だけを置いて、みんな光の中の日常に戻ってしまう。 俺一人が夜の闇の中に取り残される。 「お前なぁ......」 みっちゃんが苛立ちを隠さず、グッとビールを一気に煽った。 そのまま、いつもの優しさなどまるで感じさせないような目でじっと俺を見る。 「何ビビってんのか知らないけど、恋愛なんて当人同士の気持ちの問題なんじゃねえの? 顔が見たい、声が聞きたいってだけで涙流すくらいお前の事が好きだっつってんだから、ちったあその俺の気持ちとか覚悟とか信じろよ!」 「でも...俺は親も親戚もいないし、気にしないといけない人間なんて誰もいないけど......」 「へえ、奇遇だな...」 これ以上の反論は許さないとでも言いたげに、みっちゃんの手が強く俺の腕を掴む。 そのまま勢いよく引かれ、呆気ないくらい簡単に俺の体はみっちゃんの腕の中に飛び込んだ。 「俺だって親兄弟、親戚も一切いない...生きるも死ぬも、俺の勝手だよ。誰を好きになろうが誰と生きていこうが、それをお前が気に病まないといけないような人間なんて、俺の周りにはいない」 「で、でも...事務所の人とか友達なんかにも迷惑が...」 「あのなぁ...さすがにムカつくぞ。うちの事務所には、お前の事好き過ぎて俺が今全然使い物にならない状態だなんて、とっくにバレバレ。そもそも、早くハッキリさせて来いって今回社長に強制的に休み取らされたの。友達っつっても仕事以外のツレなんていないし、男優仲間なんて性にオープンっつか、そういう意味での倫理観の欠けてる人間ばっかだぞ。セックスの対象なら男女問わないって人間だって多いんだし。ついでに言うと、ここの大将だって俺のお前への気持ちを全部わかってる...その上で、こうして大切に俺らを迎えてくれてんの。意味わかる? 俺らを否定する人間なんて周りには誰もいない。それ以外で俺らを気持ち悪いとか思う奴はほっとけ。勝手に何でも言わせとけばいい。俺はお前の事が好きで、それを隠そうなんて欠片も思ってないんだから、お前も俺への気持ちを隠す必要なんて無い。悪い事してるわけでもなんでもないだろ」 俺を抱き締める腕に力が込められる。 このままこの腕の中に素直に飛び込んでいきたい。 この人は、本当に俺の事を真剣に考えてくれてるんだ。 強い覚悟だって持ってる。 この人ならたぶん俺を一人ぼっちになんてしない。 だけど...だけど俺は...俺にはこの腕に縋る資格なんて...やっぱり無い...... 初めて自分の過去を真っ黒に塗りつぶしてしまいたくなる。 「ごめんなさい...俺はやっぱり...ダメです......」 力の抜ける事の無い腕の中からどうにか逃げ出そうともがく俺の唇は、怒ったようなみっちゃんの唇にいきなり塞がれた。

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