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君の隣で眠らせて【2】

なんとか顔を伏せようとする俺の髪の毛が掴まれ、半ば無理矢理上を向かされる。 すべてを覆うように唇が合わされると、熱く滑る舌がスルスルと中へと潜り込んできた。 拒むつもりだったのに...拒まなければいけなかったのに...俺の体はその舌の感触を喜んでいる。 情けない。 泣きたくなるほどの浅ましさ。 快感に慣らされた体は、受け入れてはいけないという俺なりの精一杯の誠意をも裏切る。 そんな自分に腹が立つ。 けれど俺の髪を掴む怒りを含んだ熱い手に...そんな怒りなど微塵も感じさせないほど、口内のありとあらゆる場所を丁寧に優しく刺激していく舌の動きに...俺は夢中で目の前の体に縋りついていた。 自制心も自責の思いも何の役にも立たない。 いつの間にか髪を掴んでいたはずの指はそっと髪を梳き頭を撫で、怒りをぶつけるように激しく合わされていたはずの唇はただ掠めるようにチュッチュッと軽い口づけを繰り返すようになっていた。 あまりの心地よさに、フワリと体の力が抜ける。 そのまま、俺を抱き締め続けるみっちゃんの肩口にコトンと額を預けた。 「俺のモンになる気になった?」 強引な行動が嘘のように、優しく慈しむかのような話し方。 俺は言葉を出せないまま、変わらず首を横に振る。 「はぁぁ...ったく強情な事で。体はこんなに素直だってのに。よし、わかった。しゃあないな...」 みっちゃんはいきなりドカッと胡座をかくと、背中側から抱き締め直してそのまま俺をその脚の上に乗せる。 「なっ、何!?」 「お前の体は、ちゃんと俺を受け入れてくれてるじゃん。なのにどうしても気持ちが俺を受け入れらんない理由教えて。こうしてれば顔見えないし、少しは言いやすくなるだろ? どうにもさっきから首横に振るばっかりで、肝心な事なんも言ってくんないし」 確かに顔は見えないかもしれないけれど...俺のケツんとこにちょっと...あの...微妙に固形物が当たってて、かえって落ち着かないんですけど...... モゾモゾと腰を細かく動かして場所を調整しようとしている俺に気づいたのか、クスクスという含み笑いと共に耳の裏に吐息がかかった。 「ケツの下のモンは気にすんな。大好きな奴を抱き締めてりゃ誰にでも起こる、ただの生理現象だから」 「そんな...気に...なりますよぉ...」 「いいから早く言えよ。お前が俺を拒否する理由に納得がいったら、すぐにでもこの状態から解放してやる」 できれば言いたくなかったな...みっちゃんに『汚い』って思われたくなかったな... ずっと『可愛い後輩』でいられれば良かったのに... 神様は今までと同じように...俺をずっと一人ぼっちでいさせたいらしい。 でもきっと、今までよりもずっと一人でいるのは辛いだろう。 この人の腕の中の、この温かさを知ってしまったから。 俺は涙を必死に堪えながらゆっくりと息を吸った。 「俺は...汚れてます...汚いんです......」 「は? 汚い? 何が? こんなに勇輝は綺麗なのに......」 前に回された腕はさらに引き寄せる力が強くなり、項に鼻先を擦り付けてくる。 それだけで体の内側が熱くなってきて、自然とみっちゃんの手を掴んでしまった。 「ちゃんと俺にもわかるように言って。こんなに綺麗でかわいいお前の、何が汚いの?」 「......俺...この世界に入るまで...何年間も体売って...生きてきたんです...」 「うん...それで?」 「それでって...体売ってたんですよ? 俺、バーで売り専のボーイやってて、毎晩毎晩色んな人と抱かれたり抱いたり...金の為にそんな事してて...」 さすがに引かれただろう。 バイセクシャルうんぬんはただの言い訳で、要は売春してた汚い俺を触らせたくなかっただけだ。 あの頃の自分を後悔なんてしたこと無かった。 後悔する必要もないくらい、みんなが俺を大切にしてくれた。 大事な記憶だっていっぱいあったのに...... 今は俺の過去も、俺自身も消してしまいたい。 「......で? だから?」 後ろから聞こえた声は予想に反して温かいままで、少し笑いすら含んでいるようにも思える。 俺を抱き締める腕の力が弛む気配も一向にない。 「で?って......」 「いや、だからぁ、勇輝が汚いとか言ってる理由は? まさかそんな事が理由じゃないだろ?」 「まさにそれが原因じゃないですか! 俺、好きな人とセックスなんてした事なくて...それどころか俺、金を貰わないセックスもした事無いんですよ? おまけにそんなセックスでも俺の体はちゃんと気持ちよくなる...こんな汚くて情けない体を、みっちゃんに触らせるなんてできるわけが......」 「ったく...勇輝くんはバカだねぇ。もっとお利口さんかと思ってたけど、この場で食べちゃいたくなるくらい可愛いおバカさんだわ」 俺を包み込んでいた腕の力が抜ける。 その事に落ち込む暇もなく、みっちゃんの脚の上でくるりと体の向きを変えられた。 涙で滲んでしまって周りがはっきりと見えないのに、俺を優しく真っ直ぐに見つめてくるみっちゃんの瞳だけははっきりと見える。 「俺らの仕事はな~んだ?」 「え?...あの...男優...です」 「そう、AV男優です。仕事という事は、当然それで金を稼いでるわけです。多ければ一日にいくつも現場掛け持ちして、その金の為に毎日違う女抱いて、ザーメンぶっかけて、ケツの穴までカメラの前に晒してるような仕事ですね。じゃあさ、それって勇輝が言うところのボーイと何が違うの?」 「え? 何がって...だから、俺は体を売ってセックスして...」 「うん、俺もそうじゃん。金でザーメン売ってるわけでしょ? 体を切り売りしてるよ? 勇輝が汚いなら、勇輝よりベテランの俺なんてもっと汚いよな」 「みっちゃんは汚くない!」 「だったら...だったらお前も汚くなんてないってわかれよ! 俺ら同じ仕事してんだろうが! カメラの前で女の子喘がして、最高にイヤらしく綺麗に撮ってもらえるように気を配って、監督の指示の通りに体見せて腰振って。プロとして誇り持ってるから、胸張って金貰ってるよ。お前もそうだろう? 昔だってそうだったろう? 『遊ぶ金欲しさに適当に男引っ掛けてた』とか言われりゃ多少はアレ?なんて思うかもしんないけど、お前はちゃんと店に所属して、れっきとしたプロとしてやってたんだろうが。相手を悦ばせる為にきっと努力もしてただろう。会話を楽しませる為に、勉強だってうんとしたはずだ。それのどこが汚いんだよ。泡姫だろうがマッサージ嬢だろうが、プロなら胸を張ればいい! どっこも汚くない、恥ずかしくもない。だからお前も...安心して胸張って、俺のとこ来い」 「でも...でも俺...男だし...」 「...はい? 何、今さら」 「いや、あの...抱き締めても柔らかい感じとか無いし」 「おう、今抱き締めてるからわかってるけど?」 「あ、あの...えっと...筋肉付いてるし、チンポも付いてるし、でもオッパイは無いし、毛もあっちこっち生えてて...そんな体見たら、みっちゃんガッカリしちゃうんじゃ......」 「自分を否定するのに必死過ぎて、お前今すっげえ頭悪い事言ってるのに気付いてないだろ?」 呆れたように困り顔のまま笑みを浮かべ一度チュッと軽く口づけると、みっちゃんは俺の頭をギュウと自分の肩に押し付けた。 宥めるように後頭部をポンポンと優しく規則正しく叩いてくる。 ピタリと重なった肌が熱い。 「あのなあ...相当マッチョなのも、かなり立派なチンポお持ちなのも、薄いけどちゃんと脇とか脛とか毛が生えてんのも、俺至近距離で見てますけど。なんせ、同じ現場で3Pやってますんで」 「あ......」 「あの体ごと俺は欲情してんの。ここんとこ撮影してても女の子相手だと全然勃起しなくて、慌てて勇輝の事考えて無理矢理勃起させてたくらい。なんせオナニーする時は、勇輝が腰振ってるとこ想像してたくらいだからな。どうよ、ちょっと引いただろ?」 「...ちょっと......」 「うわっ、正直に『ちょっと』とか言うな。そんくらい勇輝の事で頭いっぱいなんだから仕方ないだろ。んで...まだ他になんか俺を受け入れられない理由ある? 今の勇輝を作ってる体も気持ちも過去も、全部ひっくるめて好きだって言ってるんだけど、まだ納得いかない?」 「......あの...俺を...俺だけを好きでいてくれるって...約束...できますか?」 「できるよ。俺は、自分が『コイツだ』って選んだ人間を裏切るような事は絶対にしない、絶対に」 「俺を一人ぼっちに...しませんか? 俺、一回みっちゃんの手を取っちゃったら...もう一人ぼっちになんて戻れない...寂しくて苦しくて、きっと耐えられない......」 「するかよ。つか、『たまには一人になりたい』とか言っても一人にしてやんないし。んなもん、俺が一人になって寂しいじゃん」 肩から頭を上げさせられ、頭を叩いていた手がフワリと俺の顔を包む。 いつの間にか溢れていた涙を親指でそっと拭い、唇で目元を押さえた。 これ以上涙が落ちないようになんだろうけど、それはちょっと逆効果っぽい。 ダムが決壊したみたいに、ポロポロと流れる涙は止まらなくなる。 「勇輝の過去も未来も俺が全部引き受ける。間違いなく大切にする。だからさ...もう、俺のモンになれよ、な?」 俺の過去も全部ひっくるめて...好きでいてくれる? 俺を大切に育ててくれた人達の事も、過ごしてきた時間も、何も否定しなくてもいい? どうしよう...信じられない...... 「明日...とびきり美味しい朝御飯...食べさせてくださいね...」 一度フゥと息を吐くと、初めてみっちゃんの唇に自分から唇を押し付けた。

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