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君の隣で眠らせて【3】

みっちゃんは、『急に食欲が湧いてきた』とかなんとか言ってテーブルに乗ってる料理を次々に空っぽにしていく。 「そ、そんな一気に食べて大丈夫ですか?」 「ん? しっかり飯食っとかないとさ、勇輝を目一杯可愛がってる最中に『グ~』なんて腹鳴ったらカッコ悪いだろ?」 どうやらその言葉は本気らしい。 アルコールのおかわりを頼む事もせず、ただひたすら料理を口に運んだ。 俺は...俺はなんかちょっと恥ずかしくて、焼きおにぎりのお茶漬けを腹に入れながら、チビチビとグラスに口を付ける。 恥ずかしいなら、そんな事忘れるくらいガーッと酒を煽って一気に酔っぱらってしまえばいいとも思うんだけど、なかなかそういうわけにはいかない。 ずっと大好きで憧れて焦がれてた人と...なんていうか...初夜...なわけだし。 どんなに恥ずかしくても、みっちゃんの全部を覚えてたいって思うし。 酔ってたせいで記憶が曖昧...なんて、そんな事もったいなすぎて一生の不覚!って絶対自分を責めてしまうだろう。 それに、できれば俺だってみっちゃんの事を気持ち良くしてあげたい。 飲みすぎてみっちゃんのあのデカイ物を咥えた途端オエーッとかなったら、最初の大切な思い出が、最悪で二度と思い出したくもない黒歴史になっちゃうもんな。 チラチラと上目に様子を窺えば、大きな口を開けて唐揚げを頬張るみっちゃんとバチンと目が合った。 カッと頬に熱が集まる俺を見て、さっきまで俺を激しくも甘い言葉で追い詰めていたのが嘘のように、ニカッとガキ大将のようなヤンチャな顔で笑う。 「なんかエッチな事、考えてたろ」 「へっ? い、いや......へ? な、何にもそんなの...考えてないです...よ?」 「そう? 今急に目付きがエロくなって、箸の先ペロッて舐めたからさ...別のモン舐めてるとこでも想像したのかと思っちゃった。そっか、エッチな事考えてるのは俺の方なわけね、悪い悪い」 あの...考えてました、別の物舐めてるとこ。 ごめんなさい。 口には出さないけど、正直ちょっと驚いた。 撮影中なら、『スタート』の掛け声と同時に目付きも顔付きも変わるだろう。 これは自分がそうであろうと意識してる事だし、誰もが気付く変化だと思う。 でも撮影中ってわけじゃなくて、俺自身も何の意識もしてないこんなただの食事中なのに...ほんの一瞬だけ俺がそのぉ...エッチな事考えたとかバレちゃうなんて。 これは、みっちゃんが本当に俺をしっかりと見てくれているって証拠なんじゃないか。 その事が、なんだか純粋に嬉しい。 誰よりも俺をちゃんと見てくれてるって事が。 ......ま、『エッチな事考えてる』ってのがバレバレなのはなかなか恥ずかしいけど。 「適当に食ったらボチボチ出ようか。この後は俺んちで...いいよな?」 その言葉は、質問ではなく確認。 他の選択肢は与えられなかったけれど、どうせ俺に他の選択肢なんて必要も無いからただ笑って頷いた。 「大将に、タクシー呼んでもらってくるわ」 タクシーをメインみたいに言ってるけど、たぶん精算も終わらせてくるつもりなんだろう。 この間も出してもらっているのに今日もなんて...と一瞬財布に手を伸ばしかける。 『料理できるなら、今度俺に飯作ってよ』 ふと初めて一緒に食事に来た時の事を思い出した。 考えてみれば、最初からみっちゃんの言葉にも行動にも、俺への精一杯の気持ちが込められていたような気がする。 ただ俺が、抑えきれない自分の気持ちを怖れてその事から目を背けていただけだ。 出しかけた財布をそっと元に戻す。 ......今度、この店に負けないくらい美味しい料理、ご馳走しますね...... グラスの底に残った温いビールを綺麗に飲み干すと、俺はカバンを肩に掛けて背筋を伸ばし、みっちゃんの帰りを待った。 ********** 店を出る前から、みっちゃんは俺の手をしっかり握って離さなくなった。 いや、握るっていうか...指を絡める? これがいわゆる『恋人繋ぎ』ってやつだろうか。 恥ずかしいけれどこんな事初めてで...表をこうやって歩ける日が来るとも思ってなくて、なんだかちょっとウキウキする。 タクシーの中でも車を降りて部屋に向かう間も、やっぱりみっちゃんは絶対に俺の手を離さなかった。 繋がった指先からみっちゃんの気持ちが伝わってくるように思えて、あまりの幸せに口許が自然と綻んでくる。 「ん? 勇輝、なんかテンション高い感じ?」 「あ...はい、すいません。俺ね、こうやって好きな人と手を繋いで歩ける日が来るなんて本当に思ってなくて...初めてこうやって歩ける相手がみっちゃんで嬉しいなぁって......」 「みっちゃんじゃなくて、み・つ・ひ・こ! これからはちゃんと俺の事、名前で呼んで。俺なんてずーっと『勇輝』って呼んでんのに」 「......あ、ほんとだ。でもいきなり名前呼びは...ちょっとハードルが高いような...」 「高くてもすんのっ! 『みっちゃん』は芸名なんだから、勇輝はちゃんと名前呼んで。あとハードルついでに...敬語も無しな。もっと普通に喋って、んでもっともっと甘えてよ」 「それは...本当にハードル高過ぎますよぉ。俺中学出て以来、敬語で話すのが普通だったし」 「じゃあ、尚更。ちょっとずつでいいからさ、俺と今までの客とか仕事の相手とは区別してもらわないとな。いっぱい甘えてわがまま言って、ちゃんと普通の恋人になろ。先輩後輩も忘れて」 それほど大きくはないマンションの入り口で立ち止まる。 みっちゃんは...じゃない、充彦は、俺の顔を覗き込んでニコリと笑った。 「豪邸とかじゃなくて悪いんだけど...ようこそ、我が家へ。うちの社長以外では初めてのお客さんだよ」 改めて俺の手をギューッと握ると充彦はズンズン奥へと進み、エレベーターホールで迎えを待ちながら、一度だけ掠めるように唇を合わせてきた。

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