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君の隣で眠らせて【4】

3階にある充彦の部屋に案内されちょっと驚いた。 ものすごく綺麗なのだ。 それはそれは、想像をはるかに上回るレベルで。 俺も掃除はそれほど苦にならないから、部屋はそこそこ綺麗だと思う。 ただ、うちは元々荷物がビックリするほど少ないから、整頓されてるというよりはただ殺風景なだけ。 広さはそれほど変わらないだろうけど、この部屋は俺の部屋とは全然違った。 全体的にはモノトーンを基調にしてるようで、ローソファもグラステーブルも、そばに置いてあるマガジンラックも黒。 まあ、男性にこの色使いはありがちだと思うけど、実は黒って案外扱いにくい色じゃないかとも思ってる。 なんせ埃が目立つから掃除はマメにしないといけないし、揃え過ぎると部屋全体が面白味の無い暗い印象になるからだ。 けどこの部屋は、まずはとにかく掃除が行き届いていてすべての家具はピカピカ。 部屋のあちこちには観葉植物やアロマなのか...明るい色のキャンドルなんかもワンポイントに置いてあって、あまり重い感じもしなかった。 何より、キッチンが広くて明るい。 男性の一人暮らしと思えないくらいの広さを持ったそこにはカラフルな調理器具がきちんと並べられていて、この人の料理に対しての強い拘りがわかる。 「うわっ、コンロが四つ口だぁ...いいなぁ...」 「いいでしょ。俺さ、煮込み料理もするしジャムとかコンポートとかよく作るから、コンロ二つだと他になんもできなくなっちゃうんだよねぇ...ま、いいからとりあえず座ってよ」 台所を嬉々として見つめていた俺の肩をポンと叩いて、目の前のローソファーを勧めてくれる。 俺が大人しくそれに従うと、充彦は冷蔵庫から何やら瓶を取り出し、それをレードルでグラスに流し込んだ。 「ジャムまで作るんですか?」 「うん、作るよ~、季節ごとに旬の果物とか使って。今は、冷蔵庫にブルーベリーといちじくが入ってるかな。あ、あとは瀬戸内海で取れる完熟レモンてのがあってね、定期的にそれ取り寄せてんだわ。そのレモンとバターと砂糖でレモンカードってスプレッド作ってるんだけど...知ってる?」 「ごめんなさい、名前は聞いたことあるんでしはけど、よく知らないです。ただ、俺ピールがあんまり得意じゃないんで、マーマレードなんかの柑橘系はちょっと...」 「ピールは入ってないよ、果汁だけだから大丈夫大丈夫。これがね、甘酸っぱくて風味が豊かですっげえ旨いの。ここ最近の俺の一番の自信作だからさ、明日の朝はフワフワのパンケーキ焼いて、クロテッドクリームとレモンカードたっぷり塗ったげる。...って、あれ? 俺確認してなかったかも。甘い物って平気?」 「甘い物大好きです。和菓子もケーキも焼き菓子も。なんせバームクーヘン食べる為だけにわざわざ滋賀まで行ったことあるくらいですし。」 「ああ、あそこね。俺もちょっと前に車飛ばして行ったわ。んじゃまあ、口に合うかどうかわかんないけど...」 俺の目の前にはプツプツと泡をたっぷり浮かべる赤い液体の入ったロンググラスと、フロランタンだったっけ...薄く焼いたアーモンドのお菓子が置かれた。 「これ、サングリアのパンチ。ちなみにそれも俺が作った」 「フロランタンも?」 「うん、勿論。お菓子作りが趣味とか言ったら笑う?」 俺は真っ直ぐ充彦を見ながらブンブンと頭を振る。 笑うなんて...笑うなんてあり得ない! だって俺、ほんとに甘い物大好きだし。 これからは充彦の作ってくれたお菓子を時々食べられるかもしれないなんて...何、この幸せ! 「お前、なんつう顔してんの...」 「へ? 顔? 俺...なんか変な顔になってましたか?」 立ったままサングリアを飲んでいた充彦がテーブルにグラスを置き、すぐ隣に腰かけた。 そのまま肩に手がかけられギュッと抱き寄せられる。 「かわいすぎ。何、お菓子食べられるの、そんなに嬉しい?」 「いや、あの......お菓子食べられるのも勿論嬉しいんですけど、えっと...充彦の手作りのお菓子っていうのがほんとに...幸せだなぁと思って...」 「んもう、ほんとに勇輝、可愛いなぁ...作るよ、勇輝が喜んで食べてくれるならいくらでも。でもさ...」 充彦の腕に抱かれたまま、そっと頬に手が添えられた。 今、トクトク響いている胸の音は俺の物か、それとも充彦の? 俺はその添えられた手に促されるまま、しっかりと充彦の目を見つめる。 「今は、俺が勇輝を美味しくいただきたいんですけど」 俺は自らゆっくりと顔を寄せ、ポッテリと厚い唇に自分の物を重ねた。 「ど、どうぞ...あの...好きなだけ...召し上がれ」 そのままソファにトンと体を倒され、充彦の大きな体が乗り上げてきた。 前髪を優しく指で梳きながら、何度も何度も浅く深く唇が合わされる。 チロチロと唇を擽る舌が気持ち良くて、俺もおずおずと舌を出してみた。 今度はその差し出した舌の先を、同じようにペロリと舐められる。 たったそれだけの事で、腰にズンを鈍く電気が走ったように痺れた。 キスだけなのに... お互いの舌を、少し擽り合ってるだけなのに... 気持ちいい...... もっと激しく、もっと深い所まで欲しくて、しっかりと充彦の首の後ろに腕を回す。 「あ、勇輝...俺の気持ちとしてはこのまま一気になだれ込みたいとこなんだけどさ、えっと...ダメだよな?」 「え?」 充彦が何を言ってるのかわからず、一瞬ポカンと口を開けてしまった。 いやいや、ここまで気持ちと体を煽っておいてそれは無いだろうと恨みがましい目を向けてしまう。 視線の意味を悟ったらしい充彦は、申し訳なさそうにしながら俺の体をそっと抱き起こした。 「あのさ、あれじゃないの...風呂だよ。中とかさ...綺麗にすんじゃないの?」 「......あ...」 そうだ、すっかり忘れてた。 もう自分が『抱かれる』という立場になるなんて思ってもなかったし。 「俺は別に構わないんだけどさ、やっぱ受け入れる立場からしたら嫌だろ? お互いに触れ合うトコは綺麗にしないと、変な事が気になったり集中できなかったりしそうじゃない?」 「あ、そうですね。あの...気を遣わせて...すいません」 「ば~か、気なんか遣ってないわ。つかさ、そもそも気ぃ遣ってるなら押し倒さないって。ごめんな、忘れてて」 「いや、忘れてたのは俺の方で......」 「ほんとなら一緒に入って隅から隅まで全部俺が綺麗にしたいとこなんだけどね、残念ながらデカイ男が二人も入れるほどうちの風呂場広くないんだよ。仕方ないから、今日のところは諦めるわ」 み、充彦と一緒に風呂入るなんて...ましてや、体だけじゃなくて中まで洗ってもらうなんて...無理無理無理無理無理無理。 そんなの、絶対無理! 「だから、そんな顔しなくても今日はしないってば、風呂狭いから」 「今日はって......」 「ん? ま、近いうちにラブホでも行って...な?」 「や、やだ...絶対見られたくないですってば!」 「うるさいうるさい。あ、そうだ。ちょっとさ、俺のお願い事聞いてくれるならラブホは回避してもいいよ」 焦り気味な俺を見てさも楽しそうに笑っていた充彦がほんの少しだけ真面目な顔になり、それでも笑顔は崩さないままで静かに口を開いた。

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