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君の隣で眠らせて【5】

「あのぉ...お願いって...」 「実は俺さ、アナルセックスの経験てほとんど無いんだよ」 「あ、えっと...そうなんですか? 仕事でも?」 「うん。プライベートでは皆無だし、仕事の時もほら、俺の場合は主に1対1のラブラブチュッチュじゃん。最近は特にごくノーマルなプレイしかしてないからさ」 ああ、なるほど。 充彦は業界でも指折りの『キス上手』の『テクニシャン』て言われてる。 集団で女の子に襲いかかるなんていう荒っぽい仕事が入るわけもなく、大抵は女の子を優しく甘く愛してあげるような現場ばかりのはずだ。 そりゃあアナルセックスなんてする機会も必要も無いだろう。 実際、俺が一緒になった3Pの現場でもせいぜい串刺しくらいで、サンドイッチなんてハードなプレイは無かった。 いや、でも...だから何? 「俺ね、今まで勇輝を抱いた誰よりも勇輝の事を気持ちよくしてやりたいなぁと思ってんの」 「......ああ、はい...」 「勘違いすんなよ。別に勇輝の過去を気にしてるって意味じゃないから。ただ、過去は気にしないけど、昔の客に対しての嫉妬と対抗心てのはあるんだよね...恥ずかしながら。過去も未来もひっくるめて、とにかく俺が勇輝の一番になりたい...みたいな? でもね、さっきも言ったけど、俺経験がほとんど無いわけよ。だからさ...」 充彦の手が、ゆっくりと伸びてくる。 そのまま俺の頭を掴むと、キュッと胸へと押し付けられた。 「俺の心臓の音、聞こえる?」 「...聞こえます。すごい...早い......」 「だろ? これから勇輝と愛し合えるって昂ってるのは勿論なんだけどさ、それ以上にね...下手くそ過ぎてこの体を傷つけたらどうしようとか、全然気持ちよくないって呆れられたらどうしようとか...そんな緊張のが強いんだ」 「充彦......」 「だから、もし上手くいかなくても、今日1日だけで俺との体の相性とか...判断しないで欲しい。俺、絶対誰よりも勇輝の事気持ちよくするから、最初だけは優しい目で見てやって」 「そんなの気にしなくて大丈夫なのに。俺、充彦とのキスだけでイッちゃいそうなくらい...感じてるんだから」 「そう? マジで? まあとりあえず、今日イマイチでも必ず挽回するから、その時はリベンジのチャンスちょうだい」 「まさかそんな事ですか、お願いって?」 「えーっ!? そんな事とか簡単に言わないでよぉ。俺にとっては結構大事な事なんだよ?」 「だって、もし今日上手くいかなくても、何回でもチャンスはあるじゃないですか。だって...絶対に俺を一人にしないんでしょ? これからもずっと一緒にいてくれるんでしょ? 二人で過ごす夜の数だけリベンジは可能ですから」 俺の言葉に、ちょっとだけ充彦の鼓動が大人しくなったような気がした。 代わりに体をギューッと思いきり抱き締められ、俺の鼓動の方が目一杯早くなる。 「拒否らない? 『下手だからもうウンザリ』とかって」 「俺にあなたを拒否するなんて言葉は無いですよ。充彦が俺を拒否しない限り、俺の全部はあなたの物なんだから。まあ、万が一『うわ、拒みそう』なんて感じる事があったら、その時は思いっきりキスしてください。俺、充彦にキスされたらすぐにメロメロになりますから」 「......はあ、もう...何言ってくれちゃってんの。ほんとお前可愛いな...俺こそとっくにメロメロだっての」 充彦は俺の体を名残惜しそうに離すと、ゆっくりと立ち上がった。 「俺、先にシャワー浴びてくるわ。俺の後でゆっくり風呂入っておいで。タオル出しとくし、中のソープも好きに使っていいよ。ちなみに、シャワーヘッドは取り外せるようになってるから、自分がやりやすいようにやって構わないから。俺、その間に部屋準備しとくし」 そう言って俺の額にチュッと音を立てて口づけると、充彦はリビングから出ていく。 例え行為自体には慣れていても、生まれて初めて『恋愛感情』を持っている相手と結ばれるのだ。 自分こそ緊張しているし、もし気持ち良くなくて『これっきり』なんて言われたらどうしようという恐怖心だって強いのだということが、どうやら充彦にはわかっていないらしい。 男の体を抱いた事の無い人だから、アナルセックスに慣れていない人だからこそ怖いのだと。 俺は充彦の入れてくれたスパークリングのサングリアを一気に飲み干し、ポリポリとフロランタンを一人かじった。 ********** 「お待たせしました......」 俺は腰にタオルだけを巻いた姿で寝室のドアを開ける。 思っていたよりもずいぶんと時間がかかってしまった。 中を綺麗にするという事があまりに久しぶりだったせいか、なんだか洗っても洗っても綺麗になっていないような気がして止め時がわからなかったのだ。 少し照明の落とされた室内へと歩みを進める。 いつまで待たせるのかと苛ついてはいないだろうか、待ちくたびれて先に眠ってしまったのではないだろうかと少しビクビクする。 「別に、そんなに待ってないよ。いいから、こっちおいで」 ゴロリと横になっていた充彦は、優しい声と共にゆらりと体を起こした。 真っ直ぐに俺を見つめる目に誘われるように、ゆっくりとそちらに近づいていく。 「見せて、全部。勇輝の全部を俺に見せて」 言われるまま、俺は腰に巻き付けているだけのタオルを床に落とした。 ちょっとだけ恥ずかしい。 カメラが回っている時の俺は、俺であって俺ではないけれど...今の俺は間違いなく俺自身だ。 一糸纏わぬ状態の俺を、頭の先から爪先まで、充彦は舐めるように見つめる。 その熱い視線に堪らず股間を隠そうとした俺の手は、充彦にグッと握られた。 「やっぱり...すげえ綺麗...」 「綺麗とか...言わないでください...てか、あんまり見ないで...」 「それは無理だな。隅々まで全部見るよ...俺の頭の中に黒子の場所までインプットされるくらい、全部見る」 ベッドに腰かけたまま、上目遣いで俺を見る充彦。 それは初めて見せる目だった。 獲物を狙うように鋭くて、俺の中の欲を煽るように挑発的。 堪らなくセクシーで大人っぽくて、その瞳の色だけで俺は淫らになれる気がする。 その証拠に、体の中をグルグルと回っていた熱が少しずつ一ヶ所に集まり始めた。 それをなんとか隠せないものかと脚をモゾモゾと擦り合わせ、体を僅かに捩ったところで腰をグッと引き寄せられる。 熱い吐息が臍の周りにかかってくすぐったい。 「何? 見られると興奮する?」 充彦の顎の下でピクピクと震えている物の事を言われているのは明らかだ。 ニヤリと少し意地の悪い笑みを浮かべるとその震える物には一切触れないまま、充彦は腹に舌を這わせ、背中を脇腹をサワサワと撫でる。 「だって...見てるのが充彦だから......」 緊張と興奮で上手く声が出せない。 喉がペタリと貼り付いているような不快感を覚えながら、それでもなんとか震える声を絞り出した。 「俺が見てると興奮するの?」 「うん...恥ずかしいのに充彦に見られたくて、見られてると触ってもらいたくなって...そんな俺をもっともっと見てもらいたくて...充彦も興奮させたくて......」 「してるよ、すげて興奮してる。なんかもう興奮し過ぎて...頭沸騰しそう」 充彦がその場で立ち上がる。 「俺のタオル、取って」 興奮で震える指を伸ばし、言われた通り充彦の腰を覆っているタオルの結び目に触れる。 もっとも、タオルを外さなくともその下の状態を想像するのは難しくはない。 その生地は、俺の方に向かって大きく押し上げられているから。 ハラリとタオルを落とす。 俺よりも濃い下生えの中心には、見事なほどに赤黒い物が隆々と勃ち上がっていた。 ......ああ...なんてグロテスクで卑猥で...愛しいんだろう...... 俺だけの為にしっかりと姿を変えている物が、俺の視線を受け止めてビクリと揺れた。 思わずゴクリと唾を飲み込めば、静かな部屋でその音がやけに大きく響く。 「ほら、俺のも勇輝に見られて興奮してる。もうこんなんなっちゃったよ」 からかっているのか焦らしているのか、自ら竿を握ると、同じく硬くなり上を向いている俺の雁首の裏側をその先端でコリコリと擽ってきた。 たったそれだけの事で、俺の鈴口からはトロリと蜜が溢れる。 「舐めて...いいですか...?」 目の前の猛る物に指先を触れさせながら、思わずポツリと言葉が漏れた。 恥ずかしい言葉...けれどこれが今の俺の本心。 俺の姿に興奮し、俺との行為に期待するこの大きな物を慈しみたい、感じさせたい、食らい尽くしたい。 そしてこの楔に愛されたい、嬲られたい、壊されたい。 自分の中の欲が抑えられなくなり、懇願するように充彦の顔を見上げた。 「舐めて...いいですか? 舐めさせて...ください...」 「俺が先に舐めて気持ちよくしてやるつもりだったんだけどなぁ...じゃあ、ベッドおいで。舐め合いっこしよう。俺要領わかんないから、勇輝がされて気持ちがいいようにしゃぶって? 俺、その通り真似するから」 できればこのまま跪いて奉仕したかった。 けれど充彦は立ったままの俺を残し、先にベッドに横になってしまう。 「ほら、隣おいで。キスして触り合って、それからいっぱいしゃぶり合おう」 充彦のキス。 それはそれで、俺にとってはあまりに魅力的だ。 俺はベッドへと上がり、素直に枕の下に伸ばされた充彦の長い腕に頭を乗せた。

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