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SとM【勇輝視点】
ひどく慌ただしい一週間がようやく終わった。
冗談やネタやファンサービスならともかく、充彦とのおそらくは最初で最後の本気の絡み。
カメラの前だというのに本気で興奮して、改めて充彦の事が大好きなんだって思えて...すごく恥ずかしかったけど、最高にイヤらしくて綺麗な写真になったって自信がある。
東京でのビデオの撮影を終えてから、翌日の朝には京都へ。
内容に問題が有り...と撮影許可の下りなかった場所もいくつかあったらしいけれど、それでも伏見稲荷だの大覚寺だの文学の小道だのって観光地ではオフショットっぽい写真をたくさん撮った。
それからちょっと古くて、立派な欄間が特徴的な純和風の旅館を借りての屋内撮影。
充彦は絣の着物に洗い晒しの袴という、まるで明治大正の書生さんといった格好。
俺の方は真っ赤な襦袢に、赤と紫の地に金糸で派手な刺繍の施された着物を羽織った、ルルちゃんいわく『カジュアルな花魁』という姿だった。
真面目そうな書生さんを、小悪魔な花魁がたぶらかして弄ぶイメージだとのことで、傍らにはいかにもそれっぽい金屏風だの、ひたすら豪華すぎて悪趣味としか思えない布団も用意されていた。
いやあ、しかし...絡みとは違う意味でちょっと恥ずかしかったな。
太股の上まで着物の裾を捲り上げて充彦を誘惑する...ってシーンを撮る時になって、いきなり『毛が邪魔!』なんてルルちゃんが言いだして、急遽全身の毛を剃る羽目になったし。
俺、それでなくても体毛薄いんだから、脚にちょっと生えてるぶんくらい上手く隠してよ...なんて思ったけど、ルルちゃんだけでなく充彦まで変にノリノリになっちゃって。
剃るのは脚だけでいいはずなのに、なぜか脇毛までツルツルにされてさぁ...
かろうじてそこまでで止めさせたけど、もし俺が抵抗してなかったら、たぶん下の毛も全部いかれてたと思う。
『童顔の勇輝には、ツルッツルがよく似合うーっ!』とかなんとか、ルルちゃんと充彦がやたらと興奮しまくってたから本気で危なかった。
......そんなにツルツルがいいのかなぁ?
......ツルツルにしたら、充彦はもっと喜ぶのか?
いや、いかんいかん。
落ち着け、俺。
股間がツルツルとか、現場で笑われる事間違いない。
ガンガンに攻めてる俺がツルツルで、攻められてる女の子が亀の子タワシとか、それってどんなコントだよ、まったく。
とりあえず、腕と脚と脇の毛をきれいに剃った俺の姿に何やら閃いたらしいルルちゃんは、そこからまた大暴走を始めた。
急遽スタッフに赤い麻縄を用意させると、さらに着物を着崩して股間だけが辛うじて隠れているような状態の俺をその縄で縛り上げた。
本格的なプレイってわけじゃないから泣くほど痛いってわけでもなかったけど、まあいわゆる『亀甲縛り』ってやつ?
俺が充彦を弄ぶはずだったのに、そこからコンセプトが変わっちゃった。
あまりに花魁を愛しすぎて精神を病んでしまった書生さんにいたぶられろと。
そしてそんな壊れてしまった書生さんでも愛しくて愛しくて仕方ない花魁は、甘んじてその責め苦を受け入れろと。
その場でコンセプトが変わるって、本当は俺、すごい苦手。
あの時だって充彦を誘惑して弄ぶ気マンマンだったし、そのつもりで冷淡で狡い花魁の気持ちを作ってた。
だから正直、愛する書生さんに嬲られる...なんて気持ちも表情も作れないって思ってたんだ。
でも、見事な細工の欄間に縄の端を掛けられ、片脚を吊られた俺の姿を見つめる充彦の表情を見た瞬間...俺、役に入ってた...たぶん。
狂気じみてて、だけどどこか優しくて悲しい充彦の目は、役柄の書生さんそのものに思えた。
その目で見つめられてると、縛られた腕や脚は痛くてちょっと苦しいのに、なぜだか『もっとひどくして欲しい』って体が疼いて仕方なかった。
ルルちゃん、さすがだわ。
だてに俺を何回も抱いてないよね。
俺の中のマゾヒズムをよくわかってらっしゃる。
んで、充彦もやっぱり最高にかっこ良かった。
充彦のあの目が無かったら、俺は最後まで『愛する人からの責め苦に体を震わせて悦ぶ』って気持ちになれなかったと思うもん。
まあ実際、俺も充彦からされる事なら辛くても苦しくても...結局は嬉しくて気持ちよくて仕方ないんだから、役柄そのものなのかもしれない。
ただな...縛られて充彦に嬲られながら、本気で勃っちゃったんだよな......
おまけに、メイキング撮影の為に同行してた中村さんのビデオ、あれを一部始終撮ってたんだよな......
ああ、恥ずかしい。
お願いだから、あれが公開されることがありませんように。
「勇輝、航生来たぞ」
インターフォンを確認した充彦の声に、色々思い出してモジモジしてた俺はふと我に帰る。
「なにも帰ってきて早々土産の為だけに呼び出さなくても...明日には『クイーン・ビー』の収録で会うってのに」
「いや、でもせっかく有名なわらび餅とか朝から並んで買ってきたんだもん、すぐに食べさせてあげたいじゃん。味も食感も変わっちゃうし」
航生を迎える準備をしようと立ち上がった俺を、充彦が背後から強く抱き締めてきた。
それはそれは驚くような力...一瞬落ちてしまうんじゃないかと思うほどで、ちょっとだけ身構える。
充彦はその全身を締め上げるような力を弛める事なく俺の耳をねっとりと舐め、耳たぶをギリと強く噛んできた。
「んっ...充彦ぉ...もう航生...来るってば......」
「...さっさと帰らせろよ。間違っても『泊まっていけ』なんて言うな」
いつもよりずいぶんと低くて小さな声が、耳の奥から体全体にじわりと染み込んでくる。
それだけで俺の体はプルプルと震えた。
「やっと写真集の撮影終わったんだ。遠慮なく勇輝を可愛がってやれるんだろ?」
「...うん......」
「目一杯虐めて、もうこれ以上は嫌だってくらい感じさせてやるから...今日は航生にいつまでも構ってんな」
少しだけ首を仰け反らせ、充彦の顔を仰ぎ見る。
......ああ...これはあの...壊れてしまった書生さんを演じた時と...同じ目だ......
体が一気に熱くなってきた。
「いっぱい...虐めて...どんなにされても俺...絶対に嫌だなんて言わないから...」
口づけをねだるように必死に首を伸ばす。
あと少しという所で、玄関のチャイムが鳴った。
『チッ』と思わず舌打ちをする。
俺が自分で呼び出したくせになんて勝手なんだと思わなくもないけど、それでも今はちょっと本気で邪魔だと考えてしまった。
ごめん、航生。
「さっさと終わらせて来い。先にベッドで待ってる」
意地の悪い笑顔を浮かべながら俺の腰を軽くペシと叩くと、充彦は本当に先に寝室に入ってしまった。
玄関では、待ちくたびれたと言わんばかりに二度三度とチャイムが鳴らされる。
俺はもう一度だけ『チッ』と舌打ちすると、航生の為にとあれこれ大量に買ってきたお土産を急いで袋に詰め、慌てて玄関へと向かった。
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