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未来の為に舌鼓【4】

「みんな、自分で来るんですね...」 「オッパイが張ると、牛だってしんどいんですよ。子供に飲ませるだけでは到底追い付かないから、この子達からしたら早く搾乳して欲しいんです。そこは人間も同じでね、一杯搾ってもらえれば次から次にミルク作るけど、搾らないで放っておくと段々とミルク作れなくなるんですよ。これは嫁さんの受け売りなんですけどね...オッパイ張るのを我慢して母乳飲ませるの止めたら、母乳出なくなってくるんですって」 健一さんが掛けてあるタオルで血管の浮いた乳房を丁寧に拭いてやる。 そのまま吸引器らしいガラスのキャップを乳首に取り付けると、横のスイッチを入れた。 モーター音と共にガラスの中はミルクでいっぱいになり、それが管を通ってタンクへと流れていく。 「搾りきったら勝手にキャップは外れるから、ここはほっといて大丈夫。うちの牧場で一番大人しい子が来てるんで、乳搾りしてみますか?」 一頭の、一際毛づやの良い牛の頭の撫でている。 なるほど、撫でられる手の感触に気持ち良さそうに目を細める姿など、大きささえ無視すればそれはまるっきり愛玩動物のようだった。 「せっかくだし、させてもらう?」 「誰がすんのん?」 「ここはやっぱり...オッパイに一番免疫の無い奴じゃね?」 言うが早いか、充彦が慎吾のビデオを取り上げた。 意図を理解したらしい慎吾がちょっとだけため息をつく。 「いや、オッパイは確かにアリちゃん以外触った事無いけど、別に俺やなかってもええことない? てか、それやったら寧ろ慣れてる人間がやる方が牛さんもリラックスできると...」 「牛さんが感じてきて濡れ濡れになったら困るし~」 「お前さっき川入らなかったんだから、いいからやれ」 多少大きさにビビってるんだろう。 恨みがましい目で俺達を見ながら、健一さんが用意してくれた作業椅子に腰かける。 「この乳首の根元をこうやってグッと押さえて、上から扱き出すつもりでね」 「良かったじゃん。扱いてミルク搾り出すの得意だもんな」 「こんなんやったら太さが全然足りへんわ」 悪態はついているものの、やはり緊張してるらしい。 そっとそこを握ってキュッキュッと指を動かすものの、一滴のミルクも出て来ない。 「もっと力入れても大丈夫ですよ。なんなら航生くんのを握ってるつもりで......」 「健一さんまで何を言うてんのん!」 照れたのか拗ねたのか、赤い顔でプクッと頬を膨らませながら改めて乳首の根元を握り直した。 途端にパッと慎吾の顔が明るくなる。 「あ、わかった! 今度はいけるで」 指を順番に折りながら、少し引っ張るようにそこを扱く。 その瞬間、下に置いた金属のバケツからは勢いよく水を打ち付ける音が響いた。 「おおっ、上手い上手い」 「なんかな、ちゃんとええとこ握ったら感触が全然違うてん。しかしすごいな...まだ出んのん? 健一さん、どれくらい搾ったらええん?」 「そうだなぁ...この子だと10リットル弱ってとこかな。まだまだ出るから頑張ってね」 「いややーーーっ! 10リットル分もこんなんするとか、絶対無理! 俺の指もげる!」 健一さんはプッと吹き出し、先の牛の隣から別の搾乳キャップを取り出した。 「さすがに全部人力は、僕らでも無理ですよ。他の作業やってられないし」 俺達を避けさせると、次々に牛を搾乳場へと招き入れる。 どうやら一度に10頭は搾乳できるらしく、6頭は思い思いのブースに並んで大人しくガラスのキャップを付けられた。 「ま、あのペースでさすがに10リットルは無理だよな」 「良かったぁ...ほんまに一頭終わるまでオッパイ揉んでな...」 「揉まない。乳搾りな」 「大差ないやん。だから、ずっと搾らなアカンかと思ったぁ」 充彦の手から再びカメラを奪うと、慎吾はそのまま充彦の顔にズームする。 「クッソ意地悪なみっちゃんのアップで~す」 「ちょっ、不意打ちのアップはやめて~」 ガヤガヤといつもの悪ふざけが始まった俺達に向かって健一さんが一度小さく咳払いをした。 また次の説明をしてくれるのだと背筋を伸ばし、すぐに口をつぐむ。 「ここで搾ったミルクは一旦そこのタンクに貯めます。で、このタンクをこっちのコンベアに乗せると...今航生くんがいる工房へと運ばれます。牛乳としての加工もその他の加工も全部そっちでやってるんで、ぼちぼち工房に行きましょうか」 いよいよ工房だ... 前を歩く健一さんに着いていきながら、充彦は逸る気持ちを抑えきれないという子供のような顔をしていた。

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