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西から来た男【勇輝視点】
俺と充彦で台所を動き回っている間、アリちゃんと中村さんはなんだか恥ずかしそうに顔を背け、中途半端な距離を保って座ってるのがすごく可笑しい。
明るくていつも元気...そんな俺達に見せている表情とは違って、少し俯きながら隣の気配を窺い静かに穏やかに微笑むアリちゃんの姿は、すごく幸せそうで綺麗だった。
それに見とれて手の止まっていた俺の耳がいきなりベロンと舐められる。
「はぁっ...ん...ちょ、ちょっとぉ、何すんだよ」
「お手々が止まってるからね、正気にしてやろうと思っただけ。どう、よく効いたろ?」
「正気に戻るどころか、変なスイッチ入るわ!」
「ん? じゃあベッド連れてってやろうか?」
「今日ヤったら、チンポ輪切りにしてやる...」
充彦に誘われたら、どうしても流されてしまう。
今日だけは絶対にダメなのだと自分に言い聞かせ、充彦をきつめにキッと睨んだ。
そのまま手元の作業を再開する。
通常は八寸として小鉢に盛るような料理を、充彦が用意してくれたオードブル用の大皿に丁寧に盛り付けていく。
横で充彦は、冷製スープの準備をしていた。
「そういやさ、航生遅くないか?」
味付けの整ったらしいスープを大きなパンチボールに入れてラップをかけると、手を拭きながら充彦が俺の方を向いた。
「スープできた? 今日のは何? ヴィシソワーズ?」
「いや、カリフラワーのスープだよ。ほんの少しカレー風味。あ、それより、航生だよ航生!」
「アイツには、ちょっとおつかい頼んだから...ほら、花をね?」
「ああ...なるほど。でもさ、アイツでちゃんとしたの買えるのか? なんかすげえセンス悪そう......」
「大丈夫だと思うよ、慎吾が一緒なんだし。慎吾って、昔から服でも家具でもすごく色の合わせ方とか上手でさ、プレゼントなんか選ばせても手頃でイイ物見つけるの得意だったんだ。だから、ちゃんとした物買ってくるんじゃないかな」
噂話が功を奏したか、俺が蟹の寒天寄せを皿に並べ終える頃にはインターフォンが鳴る。
充彦が受話器を取りロックを解除した。
「遅くなりました~」
入り口から聞こえた声に、俺は急いで手を洗うと玄関に走った。
「あ、勇輝さん遅くなりました。これ、頼まれてたお花です。あと、こちらが......」
航生は少しだけ体を避け、背後に隠れるように立っている影に前へ出るように促す。
「慎吾っ!」
「......勇輝くん...勇輝く~ん!」
飛び出してきたその影をしっかりと受け止めた。
俺とほとんど変わらない体型の男が、がっちりとしがみついて泣きじゃくる。
泣き虫は相変わらずだな...その体をギュッと抱き締めながら、俺は柔らかくサラサラの髪の毛をそっと梳いてやった。
その姿に、航生がちょっとオロオロしてるのがわかる。
「慎吾、元気だった?」
「元気ちゃうわっ! ずーっと探しててんで。店が無いなって、勇輝くん関西に逃げたらしいって噂聞いたから、俺行きたなかったのに大阪まで戻ってさぁ......」
「それ、なんの噂だよ。俺、こっち離れた事無いし。何より、なんで俺が逃げなきゃいけないんだよ」
「そんなん、俺はわかれへんやん。勇輝くんもオーナーも、なんも言わんまんまで消えてもうたし。んでもこうやってまた会えて...良かった......」
「俺も。元気なお前の姿見られてほんとに良かった」
「お~い勇輝、いつまで玄関いるんだ?」
待っても待ってもリビングに上がってこない事に呆れたように充彦が呼びにくる。
そして、しっかりと抱き合って離れない俺達を見つめ、言葉を飲み込んだ。
またいらぬ嫉妬の種でも撒いてしまったかと内心焦ったけれど、充彦からは特にピリピリとした空気は感じない。
俺は慎吾の背中をポンポンと叩き、一先ず体を離した。
「充彦、これが話してた慎吾」
「いらっしゃい。ようこそ」
「慎吾、こっちは坂口充彦。俺が誰よりも大切にしてる人」
「はじめまして。いきなりお邪魔してしまってすいません、今井慎吾と言います。勇輝くんには昔ほんまにお世話になって......」
「堅苦しい挨拶は無しでいいよ。大丈夫、俺慎吾くんの事聞いてるから。今日はいきなり呼び出してごめんね。さ、上がって上がって。しかし、まあ...」
俺と、靴を脱ごうと体を丸めた慎吾を交互に見ながら、充彦が感心したみたいに一度小さく息を吐いた。
「航生の言う事だからあんまり信用してなかったし、勇輝が何人もいてたまるか!なんて思ってたんだけど...」
脱いだ靴をきちんと揃えてスリッパに履き替えた慎吾の隣に、俺を無理矢理並ばせる。
「確かにかなり似てるわ。顔のパーツは結構違うんだけど、背格好も含めて雰囲気がねぇ...」
「なんなら勇輝くんやめて俺にしときます? 料理もセックスも勇輝くんに教えてもうたモンやから、たぶん充彦さんの上の口にも下の口にも合うと思いますよ?」
「こら、慎吾!」
「ふ~ん...なかなか面白い申し出ではあるんだけどさぁ...」
挑発するような慎吾の言葉にわざと乗っかるように、充彦がちょっと悪い顔になってニヤリと笑う。
『ゲッ』と思った瞬間にはもう遅く、俺の腕が強く引かれた。
バランスを失うように充彦の胸に飛び込んだ俺の顎を捕らえると、覆い被さるようにしながら深く唇を合わせてくる。
それを俺が嫌がれるわけなんてなくて...というか、ちっとも嫌なんかじゃなくて、俺はそのまま充彦の首へと腕を絡ませた。
俺のそんな反応を喜ぶように、唇を割って舌がヌルリと侵入してくる。
お互いの物を合わせ、擽り、唾液をしっかりと混ぜ合えば、いとも簡単に俺の息は上がっていった。
どうしても『もっと、もっと』とねだってしまいたくなる。
離れるどころか、首に縋りつく腕の力を弛める気配の無い俺の腰がトントンと叩かれた。
『もう終わり』の合図を無視していれば、強引に腕を外され体を引き剥がされる。
「俺ねぇ...ちょっと俺に触られただけでグズグズになっちゃうような、これくらいヤらしいビッチちゃんでないと満足できないんだわ。あ、勿論俺限定ね」
「そっかぁ。俺も充彦さんに仕込んでもうたらそれくらいにはなれるような気がするんですけど、なんか勇輝くんに殺されそうなんでとりあえず諦めときます」
「ちょっとちょっと! 俺を無視してエロい冗談止めてくださいよ! もうね、俺早く入りたいんですけど!」
まるっきり存在を無視されていた航生が唇を尖らせてちょっと拗ねる。
「ごめんごめん。アリちゃんももう来てるから、早いとこ飯にしようぜ。慎吾も紹介してやるよ」
「は~い、お邪魔しま~す」
こうして、お祝い気分でテンションMAXな俺達の食事会&飲み会がスタートした。
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