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姫様方、ご乱心【充彦視点】

慎吾くんと航生が到着した事で、ようやく宴の開幕となった。 まずは『はじめまして』の中村さんと航生・慎吾くんをそれぞれ紹介し、『みんなから』とアリちゃんに花束を渡した。 それは小さい花弁の淡いブルーの花が真ん中にこんもりと集められ、その花を真っ白なバラが包み込んでいる。 てっきり単純に『赤いバラ』とか『白い百合』の花束を買ってくるものだと思っていたのだが、とりあえず真ん中の青いのは何だ? 航生にそれを尋ねてみると、買ってきた張本人が『ん?』と首を捻っていた。 「お前、なんも考えないで買ってきたの?」 ちょっと呆れたように勇輝が言うと、しょぼくれて小さくなった航生の頭を『ヨシヨシ』と撫でながら慎吾くんが笑った。 「それ、選んだん俺やから。航生くん、どんなん買うたらええんかようわかれへんてウンウン唸っててん。んで、俺がアドバイスしたん。真ん中の青いのんは『ブルースター』って名前。花嫁さんてさ、『サムシング・ブルー』って、なんか青いモン着けてたら幸せになるって言うやん? で、花言葉も『信じ合う心』やったはずやねん。ほんで『純潔』を表す白いバラを『永遠』を意味する50本使って包み込んでもらってみました~。あかん? やりすぎ? 余計なお世話?」 「い~や、上出来」 勇輝は、つい今しがた慎吾くんが航生にやっていたように『ヨシヨシ』と頭を撫でてやる。 褒められた言葉が嬉しかったのか、それともその撫でる手が懐かしかったのか、慎吾くんはまたしてもジワリと涙ぐんでいた。 そして花束を受け取り、慎吾くんの口からその意味を聞かされたアリちゃんも...とても綺麗に涙を浮かべていた。 「はい、ちゃんと持って帰るまで水に入れとくからお花貸して? 充彦と航生は、ぼちぼち飯と酒の準備ね~」 「俺は? 俺はこのままお客さんでかめへんのん?」 俺達だけを動かすのは忍びないと思ったのか、航生に続いて慎吾くんも慌てて立ち上がる。 「シンさんはまだこの家の事何も知らないんだし、何より今日はいきなり呼び出された身なんですから、一先ずのんびり座っててください。あの二人の事だから、あとは並べるだけってくらい完璧に下準備してくれてるだろうし」 俺が声をかける前に、航生が慎吾くんに座るよう促した。 慎吾くんは、じっと航生を見ながらコクンと黙ったまま頷く。 慎吾くんの目線に、なんだか少しだけ感じる違和感。 さっきの勇輝を見る目とも、勿論俺を見る目ともまったく違うように感じる。 もっとも、俺が慎吾くんの人となりをまだまったくわかってはいないんだから、何がどう違うなんて説明のしようもないんだけど。 まあ、いいだろう。 今日はたっぷりと時間があるのだ。 これからゆっくりとグラスを傾けながら、勇輝との昔話や、この間の航生との共演の感想なんかを聞かせてもらおうか...... 俺は冷蔵庫からどんどん料理を出し、航生はそれを俺の指示通りに並べていく。 その間、特に臆する様子もなく、慎吾くんはまるで昔からの知り合いのようにアリちゃんと和やかにお喋りを始めた。 「じゃあ、慎吾くんて完全にゲイなの?」 「うん、俺は男しか好きになられへんよ」 「あ、じゃあさ...この場に女のアタシがいない方がゆっくり楽しめるよね? なんかごめんね」 「いや、やめてやめて。そんなん謝らんとってよぉ。元々誘われてたんはアリさんと航生くんやろ? 後から割り込んでもうたんは俺の方やし。それにね、女の子と喋るん自体は別に嫌いちゃうよ。特にアリさんみたいにめっちゃ可愛いくて、でもそれを全然ひけらかしてない感じの人とか、俺大好きやもん。話しやすいやん? アリさんこそ、俺みたいなゲイと一緒に飲んでても平気? 気持ち悪ぅない?」 「男前はみんな好きだから平気! ていうかね、ゲイとかノーマルとか、そんなのアタシ達の間で関係なくない? みんな普通にイイ人だし、そこを拒否しちゃったらさぁ...アタシ、勇輝くんとかみっちゃんとか、大事な大事な友達の事否定する事になるもん」 手元を動かしながら、じっと二人の会話に耳を傾ける。 アリちゃんがとんでもなくイイ子なのは元々わかってたけど...慎吾くんもちゃんと立場をわきまえたなかなかのイイ男らしい。 勇輝に会えた事に一人舞い上がるわけでもなく、今日この席の主役が誰なのか、ちゃんとわかっている。 何より、ゲイを公言しながらも女の子に敵対心を持ってないのがいい。 男と堂々と付き合えるから...という八つ当たりでしかない理由だけで女性を毛嫌いするゲイを見たこともあるから、慎吾くんがそうではなかった事に少しホッとする。 もっとも、料理やセックスだけでなく、おそらくは接客の仕方や人との付き合い方なんかも勇輝から教わってきているはずだ。 あの勇輝が、生きていくのに困難なほど頑なな男好きに育てるわけがない。 謙虚でその場の空気を読むのが上手く、基本的に『人』が大好き...慎吾くんの雰囲気が勇輝と似ているのは、きっとそういう性格のせいもあるのだろう。 面白い友人が増えた...乾杯の前までは、間違いなくそう思っていた。 その時はまさか、似なくても良い所まで勇輝と似ているなんて考えもしなかった。

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