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姫様方、ご乱心【2】

テーブルに並べた料理がほぼ空っぽになるまで、それほどの時間はかからなかった。 元々『食』にしか執着がなく、自他共に認める大食漢である俺や勇輝はともかく、これがまあみんな、よく食うよく食う。 特にアリちゃん。 これまで飲み会や制作会社の忘年会などでは人の皿に料理を取り分けてやる姿ばかり見ていたから、てっきりただの大酒飲みで食事にはあまり関心が無いと思っていた。 それが今日は食うわ飲むわ...『鯨飲馬食』とはまさにこの事かって感じ。 慎吾くんも食べる事が大好きらしく、出された物は全て綺麗に平らげてくれた。 食べている時にあまり口を大きく開けず、前歯をできるだけ見せないようにする仕草が勇輝と同じで、この子は一体どこまで影響を受けているのだろう...と少し微笑ましくなってくる。 ただし、酒に関しては大きな違いがあった。 俺ほどではないにしても、『ザル』と呼ばれる事も少なくない勇輝とは違い、どうやら慎吾くんは思いの外酒が弱いらしい。 最初の乾杯で出したシャンパン一杯でその顔は真っ赤になり、ヘニャ~と頼りなく笑いだしたのだ。 しかし決してアルコールが嫌いというわけでは無く、いやむしろ好きなくらいらしく、ちょっと甘えるような上目遣いでおかわりを要求してくる。 さて...たったあれだけで既にほろ酔いの人間に次を出して良いものかどうか迷っていると、なぜか航生が慎吾くんの顔を覗き込んで言った。 「んもう、シンさん。 今日は一気に飲んじゃダメだってあんなに言ったでしょ?」 「ごめんなぁ。勇輝くんに会えて、なんか嬉しかってん...ほんまに、ほんまに嬉しかったん。航生くん、ごめんなぁ。今日はもう飲んだらアカンのん?」 「どうしても飲みたいんですか?」 「うん、飲みたい。かめへん? 飲んでもええ?」 「......仕方ないなぁ。じゃあ、ここからはホントにゆっくり飲むって約束してくださいね。すいません、充彦さん。何かアルコール度数低めで甘いお酒って無いですか?」 「はあ...あります......」 勇輝が俺に『甘いお酒を買ってきて』とお願いしてきたことに、ようやく合点がいった。 慎吾くんがあまり強くないのに飲みたがるタイプだって知ってたんだな、なるほどなるほど...... 航生の態度にはまったく納得はいかないけれど。 俺が冷やしておいたピンクのジーマを航生に渡すと、それを自分が受け取るのが当たり前みたいな顔で頭を下げ、慎吾くんのグラスにそれをちょっとだけ注いだ。 「せっかく勇輝さんに会えて嬉しいんなら、ゆっくり飲んでゆっくり楽しまなきゃダメですよ? ベロベロに酔ったらしんどいのは自分なんだし、勇輝さんの部屋でグデングデンになるのも嫌でしょ?」 「う~ん...酔うたら介抱してくれへんの? 航生くんに甘えたらアカン?」 「......酔ったらちゃんと...俺が面倒見ますけど、でも酔いすぎちゃダメです」 ......なんだ、あの会話? 航生は辛うじて敬語使ってるけど、内容と空気は完全に出来上がってるカップルじゃないか!? 「おい、勇輝...ちょっと慎吾くんと航生ってさぁ......」 当然横にいると思って話しかけてみたものの、一向に反応が無い。 ......へっ? まさか...... 隣を見れば、想像通りそこには誰もいない。 そこにいるはずの男は、いつの間にかテレビ前のローソファーに座り、ピタリとアリちゃんと肩を寄せて座っていた。 目の前のローテーブルには、ちゃっかりアイスペールと日本酒の一升瓶がデンと鎮座している。 「あ~あ...中村さんごめん」 俺と同じくダイニングテーブルに取り残され、一人で水割りを飲んでいる中村さんの横にズルズルと椅子を近づける。 「何がごめん?」 「ああ、あのさぁ...勇輝って酒飲むと気分良くなっちゃって、すぐにあんな風に人にくっつきに行くんだよ。で、特に好きな人だと...すぐにチュッチュしちゃうの。たぶんあの顔は、ヤバい感じ...ボチボチそんな怪しさを醸してる」 「ははっ、それは平気かも。アイツも結構そうだし、もう慣れてるよ。まあ相手が勇輝くんならさ、そこに性的な意味が含まれてない事はわかってるつもりだし、微笑ましいくらいじゃない? 他の奴ならムカムカする事もあるだろうけど、俺が本気で嫌がるような奴にアイツはそんな事しないはずだし。みっちゃんもそうでしょ?」 「まあね...相手がアリちゃんじゃなぁ...なんか怒るわけもないよね。しかし、ほんと躾が行き届いておりませんで、申し訳ない」 「いやいやこちらこそ。奔放で、やたらと甘えん坊な恋人を持つと苦労しますな、お互いに」 俺と中村さんで苦笑いしながら酒の注ぎ合いをしていると、ちょっと俺達とは別次元にいた二人の声が聞こえてきた。 「航生くん航生くん、俺も勇輝くんとこ混ざってきてもええ?」 「うん、勿論ですよ。俺は充彦さん達と話してますから、慎吾さんは勇輝さんといっぱいお喋り楽しんできてください。でも、あっちで勇輝さんのお酒、勝手にもらわないって約束してくださいね?」 「わかった。でも、そしたらおかわり欲しい時は?」 「俺呼んでください。すぐに持っていきますから」 「うん、航生くん呼ぶわな? その時はすぐ来てな?」 「ちゃんと行きますよ。あ、歩けますか?」 「アホ。過保護すぎんねん。まだ歩くぐらいできるっちゅうねん! んでも...気ぃ遣うてくれてありがとうな」 航生の髪の毛をワシャワシャーッとすると、ジーマのボトルを手に慎吾くんがフワフワと勇輝達の座っているソファーの方へと歩いていく。 一人になった航生は少しだけ所在なさげにポリポリと頭を掻いていたが、何を思い立ったのかいきなりキッチンに入った。 もはや勝手知ったるとばかりにゴソゴソ調理道具や食器を探る音が聞こえる。 しばらくすると、皿をそれぞれ両手に持って出てきた。 そのまま勇輝達の方へと近づき、『飲む時は少し食べながらでないとダメですよ』と慎吾くんに念を押し、片方の皿を置いてくる。 もう一つを持ったまま戻ってくると、自分の飲んでいたウイスキーのグラスを手にして、さっきまでアリちゃんが座っていた席にドンッと腰を下ろした。 「はい、これ良かったらツマミにしてください。鶏ハムと玉子の味噌漬けです」 「悪いけど、今日の俺のツマミは...お前だわ、航生」 逃げられる事が無いように、ガシッと航生の肩を掴む。 「さあ、酒のアテに...ちょっとお前の話聞かせてもらおうか」 俺がニッと笑うと、航生はバツが悪そうに顔を真っ赤にしながらプイとそっぽを向いた。

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