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姫様方、ご乱心【6】
ソファーに勇輝が座ると、慎吾くんはその隣にピターッと体をくっつけながらしっかりと指を絡めた。
その反対側にはご機嫌でニコニコしているアリちゃんが、勇輝の腿に頭を乗せて『ゴロニャン』なんてじゃれついてる。
「見てるだけなら、お腹いっぱいの子猫がギュッて固まって眠そうにしてるみたいだよね...なかなか幸せそうで可愛い」
「中身は凶暴な肉食獸そのものだけどね。ていうか、ああいうのも百合って言うのかな? 勇輝くんとアイツがイチャイチャしてるのって、仕事外れたら同性みたいなもんだろ?」
どうやら中村さんは、勇輝が一方的に抱かれる方だと思っているらしい。
ま、当たり前っちゃあ当たり前か。
俺としては、こんなバカでかい男が組み敷かれてアンアン啼かされながら体を捩らせてるなんて所を想像されないのはありがたいけど。
俺はそれに答えず、なんとなく曖昧に笑って見せた。
「勇輝くんてさぁ...なんかちょっと雰囲気変わったね」
勇輝の手のひらを指先で弄びながら、慎吾くんが肩に顎をチョンと乗せる。
「ん? 俺変わった?」
「うん。なんやろうなぁ...店に出てた頃から色気は駄々漏れやったけど、その色気が5割増な感じ?」
「なんだよぉ、ヤらしくなっただけ?」
「ちゃうねんちゃうねん。昔はお客さんの為にこう...わざわざスイッチ切り替えるって言うんかなぁ...別人になりきる事で色気溢れさせてたみたいに思うててんけど、今はねぇ...特別なんもせんでも、幸せエロオーラが抑えきられへん感じ?」
「なんだ、それ。結局エロじゃん」
「せぇかて、昔の勇輝くんて仕事離れたら修行僧みたいやったやん? ほんまモテるのにいっこも遊べへんし、仕事の無い時間とか勉強ばっかりしてたし。普段の勇輝くんて、一緒におってもそないエロいとか思った事なかったもん」
なるほど。
『中卒』でありながら、勇輝は相当な博識だ。
勿論それは学校で習う『数学』だの『公民』だのって教科の話ではない。
今現在世界で起きている政治問題や、生活に密着した経済の話だ。
そこにワインや日本酒、カクテルの知識も加わり、クラッシック音楽や絵画の知識が加わり、ホームページ程度なら自分で作成できるだけのパソコンの技術までも含めて今の勇輝を形成している。
ついでに簡単な挨拶程度であれば英語と中国語、それにフランス語まで話せるときた。
「だって俺、別に仕事以外でセックスしたいとか思わなかったし。そんな時間あったら、体鍛えたり本読んだり英会話スクール通ったりして、自分を少しでも磨きたかったから。お客さんの会話についていこうと思ったら、自分でもちゃんと勉強しとかないと理解できないんだもん。それにさ、勉強してくうちにお客さんから聞いた話があっちこっちと繋がってるのとかわかって、どんどん楽しくなったし」
客の為か...そう言えば馨さんも、勇輝の客には政財界の人間や海外を拠点にしている人間が多かったなんて話していたっけ。
勇輝はそんな客に話を合わせる為の努力を惜しむ事もなく、そこで得た知識を更に自分の魅力にしていたのだ。
改めて『勇輝』という存在を手に入れる事の重さと責任を感じてしまう。
「そっか...俺、結局セックス好きやったからな...もっと勇輝くんみたいに、いっぱい勉強しといたら良かったんかな......」
「......俺も今はセックス好きだよ」
「充彦さん限定やろ?」
「アタシは? アタシとは全然楽しくなかった?」
「アリちゃんとのエッチは気持ち良かったよ、すご~く。何よりアリちゃんと現場が一緒になるのが楽しかったからね、アリちゃんは俺にとってほんとに特別。でもさ、ごめんね...充彦とするエッチはやっぱり全然違うんだ。気持ち良すぎて、幸せすぎて、なんかいっつも泣きたくなる。まあ、時々激しすぎて次の日別の意味で泣きたくなるけどね」
勇輝のその言葉に、一瞬慎吾くんの顔が翳った。
その憂いを勇輝は見逃さない。
酔っていても、旧友との再会に浮かれていても...やはり勇輝は勇輝だった。
手を伸ばし、優しく慎吾くんの髪を梳く。
「慎吾は? ここに来るまでに、ちゃんと幸せなセックスしてた? こっちいる時はさ、セックスするって事自体に溺れてるように見えてたんだ...言わなかったけど。きっと自分を否定した家族への反発なんだろうなってずっと思ってた。もっと自分を大切にすればいいのにって。会ってなかったこの4年くらいかな...ちゃんと幸せだった?」
勇輝のその問いが終わらないうちに、慎吾くんは肩を小さく震わせながら俯いてしまった。
......泣いてるのか...?
航生が我慢できないとばかりに立ち上がり、俺はその腕を力一杯掴む。
「離せ...俺、行かないと...あの人泣いてる...甘えさせてあげないと......」
「いいから今は黙って座ってろ! 大丈夫だ、勇輝がいる」
無理矢理航生の体を椅子へと押し戻し、しっかりと前を向かせる。
「お前が俺に言ったんだろうが、『尊敬してる』って。惚れてるんじゃないって否定したんだろ。その尊敬する先輩が何を言うのか、ちゃんと聞いててやれよ」
航生は唇を噛みながら、目の前のグラスを一気に煽った。
そんな間にも小さく震えるだけだった慎吾くんの肩は大きく上下し、明らかに泣いているとわかるほどの嗚咽を漏らし始める。
「そんなん思ってたんやったら...自分を大切にしたらええと思ってたんやったら...俺を止めてくれたら良かったのに......」
とうとう我慢しきれなくなったのか、慎吾くんは勇輝にしっかりとしがみつき、声を上げて泣きだした。
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