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姫様方、ご乱心【7】
「大阪では、彼氏いなかった?」
「......特定の人はおれへんかった。好きやって言うてくれる人はおったよ。エッチもした。けど、ゲイ同士がハッテンバで会うたところで、所詮は体の付き合いやん。男女の仲より相性とか難しいやん。体の相性良かっても性格が合わへんかったり、エエ人やなあと思っても嗜好が違うたり」
男女の付き合いであれば、その先に結婚だの出産だの、わかりやすい『結果』が出る。
その結果やゴールを求めるなら、容姿や性格、性的嗜好などの条件の中には妥協が必要な場合もあるだろう。
けれど男性同士であれば、『契約』の必要が無いからこそ妥協する必要だって無い。
一生を法律や紙切れで縛られるわけではなく、それは打算も何も無い、純粋な『相性』だけでの選択だ。
その相性には、当然体の相性だって含まれてくるだろう。
社会的なリスクを負ってでも『交際』という形を取るくらいなら、性格の合う人間とは友人のままでいて、体の合う人間と後腐れの無いセックスを楽しむ...社会生活で傷つく事が多いからこそ、彼らの中ではそんな考え方もどこか当たり前なのかもしれない。
「大阪にもハッテンバとかあるんだ?」
「ん、あるよ...難波の西側らへん。まあ、ミナミ辺りのバーうろついてたら、なんぼでもナンパくらいはされる」
「だろうな。慎吾、可愛いもん。それで、大阪では何してたの? いきなりゲイビ?」
「ううん...最初のうちは派遣型の風俗とか登録しててん。デリヘルってやつ? まあ、体売んのは初めてちゃうし、なんとかなるやろうとか思うて。せやけど、ユグドラシルの待遇が良すぎてんなぁ...俺、つくづく甘かったって実感した。全然好みやないオッサンの洗ってもない臭いチンポ舐めさせられるんも嫌やったし、慣らしもせんといきなり突っ込んできて痛がる顔見て喜ぶ奴もおった。会話楽しむとか、ほんまに無かってさ...やっぱり、俺の側に決定権が無いっていうのはどうしてもしんどかった。指名されたら、どうしても行かなあかん...ケツ裂けて、ザーメンと血ぃが混じったん一人ぼっちで綺麗にしてる時とか、情けなくて情けなくて...そのうちこのまま死んでまうんちゃうかって思う事もあったよ」
当時を思い出したのか、少し落ち着いていたはずの慎吾くんの涙が止まらなくなった。
思えば勇輝だって、AVへの誘いが無ければ同じ道を辿っていたかもしれない。
勿論慎吾くんとは違い、女性を相手にする事もできるって段階で多少は選択肢も広がるだろうが、それでもおそらく夜の街から離れる事はなかっただろう。
いくら博識だろうと、どれほどの向上心を持っていようと勇輝には『学歴』が無い。
その世界しか知らない人間が『学歴』と『後ろ楯』の無いまま違う場所に向けて一歩を踏み出す事の難しさは、おそらく俺の想像を超えているはずだ。
だからこそ俺達は、その為に一人きりで必死に歯を食いしばって頑張っていた航生に手を伸ばさずにはいられなかった。
我が事のように思えたのか、勇輝は顔をしかめながら慎吾くんの体をそっと抱き締めた。
「そうだな...あの店はほんとに...何よりも俺達の事を考えてくれてたオーナーと、俺達を本当に大切にしてくれてたお客さんの店だった。あんな店、他には絶対に無いってわかってたにしても...辛かったな......」
「結局俺、3か月くらいしかおられへんかった。その店が特にタチが悪かったんやろうけど、部屋に入った途端殴る蹴るしてくる客おったのに、店はなんもしてくれへんかってん。それどころか、また俺におんなじ奴の指名付けたから、もうそれ以上は我慢できへんかった。んで、辞めた頃にちょうどゲイビのスカウトがあって...」
「うん、そうか......」
「俺からしたら、そんなん一石二鳥やん? わざわざハッテンバまで行かんでもセックスできるし、結構な金もらえる...何よりさ、相手もプロやからそこそこ気持ちよくしてくれるもん。なんか色々めんどくさなってもうて、それで十分満足やってん」
「向こうでは相当人気あったんだってな。男前揃いの制作会社の中でも、ダントツの人気だったらしいじゃん」
「ほんまもんのゲイは俺ぐらいやったからね。あとはみんなノンケやからさ、楽しみ方も楽しませ方もちょっと俺のが知ってただけ」
「大阪の会社でそんなに人気あったのにさ、なんで東京に戻ってきたの? その会社の専属降りるとか不安じゃなかった?」
「それは......勇輝くん見つけたから...東京におるってわかったから......」
感極まったように勇輝の首にしがみつく姿に、航生の顔が大きく歪んだ。
『勇輝に会いたかった』
『勇輝の為に実績を積んでた仕事捨ててきた』
『勇輝...勇輝...勇輝...』
今度は航生の方が泣き出してしまいそうだ。
思わず声をかけようとして、そっと中村さんに制される。
「航生くん、ちょっと落ち着いて深呼吸しようか。自分の中で勝手に思い込みを膨らませないで、ちゃんと話は聞かないとね。でないと、言わないといけない言葉のタイミングを間違える事になるよ。今の航生くんじゃ、そのタイミングを逃しちゃいそうだ。落ち着いて...君は自分が思ってるほどダメじゃない。勇輝くんと自分を比べる必要は無いんだよ。勇輝くんには勇輝くんの、航生くんには航生くんの魅力がある。他人と比べて優劣をつけるべき物じゃないんだよ...傲慢になれとは言わないけど、謙虚と卑屈は違うからね。もっと自信持っていい...カメラマンとして、俺は航生くんにすごく興味がある。それは間違いないよ。」
中村さんの言葉は航生に伝わったろうか?
写真集の撮影で戸惑っていた俺も、この人の言葉で救われた。
前向きになれた。
自分の言葉の説得力をわかっているからこそ、中村さんは俺を止めて代わりに話をしたんだと思う。
航生はゆっくりと顔を上げ、中村さんを真っ直ぐに見る。
「あとね、今航生くんは自分の感情にテンパり過ぎてて、一つ大事なことを忘れてる」
「大事なこと...ですか?」
「そう。みっちゃんって確かにちょっと意地悪なとこもあるけどね...本気で自分の仲間を貶めてほくそ笑むような人間かな? いつもの、エクスプレスとかで上手く二人からのちょっかいをかわしてる航生くんなら、みっちゃんの言葉と行動に裏があるの...気づいてると思わない?」
チッ...中村さん、いらないトコまで話すなよ。
丸くなった目が焦るように俺の方に向けられる。
「バ~カ、んな目で見るな。ただ面白いからお前からかって遊んでるだけだ。でもな...勇輝が『大切だ』って思ってる人にはみんな...幸せになってもらいたいんだよ......」
意地悪なだけで終われば良かったのに......
後からネタばらしして『弄ばないでくださいよ!』とか真っ赤な顔させるつもりだったのに......
他人にこんな風に真意をばらされたら、俺がすごいイイ人みたいで恥ずかしいだけじゃないか。
俺は真っ直ぐな航生の視線に耐えられなくなり、そっぽを向くように勇輝と慎吾くんの方へと顔を背けた。
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