198 / 420

姫様方、ご乱心【8】

「ちょっと前に雑誌でさぁ...たまたま勇輝くん見てん。充彦さんと二人で出てたやつ」 「ああ...そうなのか? 嬉しいんだけど、なんかちょっと...恥ずかしいな。俺、あんまり写真写り良くないだろ」 「勇輝くん、めっちゃ綺麗やった...ビックリしたよ。勇輝くんや!ってすぐにわかったけど、別人ちゃうか?って自信無くなるくらい、俺の知らん表情やって。んで充彦さんもむっちゃかっこ良くてさぁ...記事読んだら『リアルカップル』とか書いてあって、ほんまにビックリした」 「そう? 別に俺は男女どっちでも付き合えるんだから、そんな驚くほどでも......」 「ちゃうちゃう、そっちちゃうて。男同士で、二人とも人気AV男優やのにさ、堂々と『同棲してます』とか『付き合うてます』とか言うてるからビックリしてん。雑誌で見つけてからさぁ、俺めっちゃ二人の事とか調べたもんね」 「ああ、そこかぁ」 しっかりと背筋を伸ばしてるのに少し疲れてきたのか、勇輝は座る場所を浅めにして後ろにゆっくりと体を倒した。 そんな勇輝の胸に慎吾くんが頭を擦り寄せ、アリちゃんは腹筋の感触が面白いのか腹の上で頭をポヨンポヨンさせている。 勇輝は優しく二人の頭を撫でていた。 「俺はね、俺達の関係は内緒にしとくつもりだったよ。ずっと憧れてた人だったからさ、付き合える事になったのはほんとに嬉しかったけど、やっぱりこういう関係は秘めておかないといけないと思ってたし。ほら、どうしてもマイノリティに対しての世間の目って厳しいじゃない。でも充彦は違った。ひょっとすると、俺がずっと『誰からも求められてない』って思い続けてたのに気づいてたのかな...『俺は自分が一生を賭けるって決めた人を隠して生きていくつもりはない』って言ってね、事務所でも現場でも俺との事を全部話しちゃったんだ。まあ...俺の事があって本番止めちゃったし、謝ったり事情説明したりで黙ってるわけにもいかなかったんだろうけど」 「んふっ、勇輝くんて頭の回転早いのに、変なとこニブチンやなぁ」 慎吾くんはフワリと穏やかな笑みを浮かべ、『ん?』と同じような笑みを返す勇輝にチュッと口づけた。 あ、今のヤバいな...中村さんが写真撮りたいって言ったのわかる。 エロス全開で絡み合ってたさっきの二人もいいけど、俺は今の...お互いを信頼しきって、穏やかな優しい空気の中で嬉しそうに何度もチュッチュッしてる絵面のが好きかもしれない。 すごい幸せそうじゃないか...航生も少し同じ事を考えたのか、自然と口許が綻んでいた。 「ニブチンて俺?」 「せやで~」 「なんで?」 「そんなん、堂々と周りに勇輝くんと付き合ってるってふれ回ったんは、『俺と付き合うてんねんから、誰も勇輝に手ぇ出すなよ』って牽制してるんやん。勿論、二人の事を隠したない、隠す必要なんか無いっていうのも本音やとは思うけどね」 「牽制って...AVの現場だよ? まあ、女優さんならともかく、他はむっさいスタッフと男優仲間ばっかなのに......」 「でも、結局はその男優さん同士が付き合う事になったんやん。おまけに充彦さんてノンケやろ? ノンケの自分がこんだけメロメロやねんから、次に誰が現れるかわからん!くらいは思うんちゃう?」 「そんなもん、充彦くらいだって! みんな別に俺の事なんとも思うわけないじゃん」 「本気で言うてんの? 店でも元々ノンケやったお客さんをどんだけ骨抜きにしてきたか忘れたん? ていうか...こんだけ勇輝くんが無自覚で無防備やと、そら充彦さんも牽制するわ」 おっしゃる通り。 勇輝は自己否定の気持ちが強すぎるせいか、周りが自分に向けている視線の意味にあまり気づかない。 中には性的な興味で目を爛々とさせてる奴もいるってのに、純粋な『人気男優への好奇心』で近づいてきた...なんて思ってたりする。 だからこそ、たとえ周囲に偏見や嫌悪の目で見られる可能性があったとしても、『勇輝は俺の物だから、絶対に誰にも渡さない』とアピールする必要があった。 ノンケもゲイも関係ない...ライバルは山ほどいる。 俺だって元々ノンケだったんだから。 俺の牽制が効を奏したか、勇輝に粉をかけてくる男はいなかった。 一時的に『ゲイとうちの女優を共演させるわけにはいかない』という声もあって少しだけ仕事は減ったが、それでも『勇輝』という圧倒的なテクニックと誰もが見惚れる美貌を併せ持つ男を必要とする現場は多く、すぐに仕事は元のペースに戻った。 いや、俺が『隠さなくていい』と言ったのがよほど嬉しかったのか、いろんな媒体で勇輝が俺への気持ちを素直に発言した事がかえって一部に熱狂的なファンを作る事になり、AV以外の仕事が格段に増えた。 いまだに勇輝の無自覚っぷりにハラハラしながらも、こうして『最強のラブラブゲイカップル』が誕生したわけだ。 「幸せそうで、めっちゃ綺麗になってる勇輝くんに会いたいなぁって思ってた頃にね、ビーハイヴさんから専属の話が来てん。新しくゲイビデオ部門立ち上げた、うちに来てくれへんかって。ものすごいエエ条件やったよ...せぇけど、もし条件が悪うても俺は受けたと思う。東京にさえ戻れば勇輝くんに会えるかもしれへんて思ったから。まあ、筋通す為に向こうでラストビデオ撮ったりイベントも出たりしてたから、上京は遅れてんけどね」 「なるほどね...その間に、何故か俺らもビーハイヴの専属になったわけだ。でも、おかげでちゃんとこうして会えた。なんかすごい運命的じゃね? 嬉しいよ...ほんとに。これからも、みんなでずーっと一緒にいられるな」 「......ごめんね、勇輝くん。俺...近いうちに大阪帰ろうと思ってる......」 それまでじゃれるようにお互いの唇を擽り合ってた二人の動きが止まる。 隣で、航生の体が強張るのもわかった。 勇輝が自分の胸元から慎吾くんの頭を離し、改めて体を起こす。 少し怒りを含んだような勇輝の気配を感じ取ったのか、アリちゃんはそっと二人から離れて静かに中村さんの隣に座った。 「なんで?」 「......なんでも」 「理由言えよ...俺もいる、仕事の条件は悪くない...それなのに、なんであっちに帰るとか考えんの?」 黙り込んでしまった慎吾くんから一瞬目線を外すと、勇輝が俺をチラリと見た。 勇輝が何を求めてるのかがわかり、俺は立ち上がって冷蔵庫に向かう。 冷えたジーマと新しい冷酒のボトルを出すと二人の目の前に静かにそれを置き、黙って元の場所に戻った。 航生の体がガタガタと震えだしたから一度肩をポンと叩き、空になっていたグラスにウイスキーを注ぎ足してやる。 「大丈夫だから、お前はちゃんと話聞いてろ...中村さんの言ってた『言わないといけない言葉のタイミング』だけ...絶対間違えんな」 何度も深呼吸しながら、航生はグラスをまた一気に飲み干す。 気持ちを落ち着けるためならそれもいいだろう...俺はその手を止めないまま、さらにグラスに琥珀の液体を注いだ。 「ちゃんと理由言えよ」 問い詰められても慎吾くんは口を開かないままでジーマのボトルに直接口を付ける。 そんな様子をじっと見ていた勇輝が、ニヤリと嫌みっぽく口許を歪めた。 「なあ、慎吾...お前、好きな人っていないの?」 勇輝のその問いに、瓶を口に含んだ慎吾くんはそのまま動きを止めた。

ともだちにシェアしよう!