199 / 420
姫様方、ご乱心【9】
「お前さ、ほんとはあれだろ...実は大阪に恋人いるんだけどケンカかなんかして、カッとなって向こうから逃げて来たとかなんじゃないの? あっちでもこっちでも大の大人散々動かして迷惑かけといて、結局は元の男が忘れらんなくてフラフラ帰ろうって感じとか? 相変わらず、お手軽な恋愛ごっこ楽しんでんだねぇ...ただのニンフォマニアの癖に」
「そんなんちゃうっ! 向こうに恋人なんかいてへんし、痴話喧嘩ごときで仕事で迷惑かけたりせえへんわ! 俺もあっちの世界ではトップ張ってたプロや! 馬鹿にすんなっ!」
勇輝の顔が変わった。
それは完全に芝居に入っている時の...他人を嘲るような、冷淡な表情。
俺が慎吾くんに何を聞きたかったのか、そして何を言わせたかったのかがわかったんだろうか。
その顔に見覚えのある航生もアリちゃんも、勇輝が何かの目的があってわざと慎吾くんを追い詰めようとしていると気づいているらしい。
ただじっと息を飲んで二人を見つめている。
「じゃあ、アレか。このままだと専属同士ってんで今後お前とコンビ組まされる事になりそうな航生があんなんだから、『これ以上一緒にやってられるか!』と思ったわけだ? 私生活で大人しくしてる分現場で楽しんでるんだったら、そりゃあアイツじゃ全然物足りないよな」
「違う...ちゃうて、勇輝くん......」
「そこは俺らの教育的指導が足りなかったかなぁ...ここんとこ忙しくて、ついほったらかしになってたから。あ、そうそう、アイツにセックス教えたのって俺らなんだよ。最初会った頃のアイツって、あんまりセックスがド下手で全然使い物になんなかったからさ、俺と充彦でそれなりにハードに仕込んだつもりだったんだけどねぇ...そうか、悪かったなぁ。アイツ、真面目ってだけで、ほんと不器用だしどうにも覚えが悪いんだよ。根本的にセンス無いのな。じゃあさ、こうしない? 航生で満足させてやれない分、これからは俺と充彦の二人で遊んでやるってのでどう?」
「勇輝くん...やめて...お願いやから、もう...やめて......」
「慎吾と俺なら雰囲気似てるらしいし、ひょっとしたら久々に充彦も俺以外の人間に勃つかもしんないな。ああ、そうなったらちょっと面白いかも。それにほら、そもそもお前の体だって、隅から隅まで開発したの俺だし。航生のあの下手クソさを補っておつりがくるくらい、目一杯感じさせてやるって。まあ、ペットの不始末は飼い主の責任て事でさ、それで勘弁してよ。下手っぴ航生の穴は俺らで埋めてやるから、これからは3人で楽しんでいこうぜ」
「......そんなん...言うな......」
「あ? 何?」
「それ以上航生くんの事、バカにすんな!」
パンッと乾いた音が響き渡った。
涙を滲ませた慎吾くんと、その慎吾くんを相変わらず冷たい目で見つめる勇輝。
その勇輝の頬は、真っ赤に腫れていた。
「航生くんは...航生くんは不器用かもしれん。真面目過ぎるかもしれん。でもな、優しいねん...こんな俺にでも、ほんまに優しい接してくれんねん...」
「そりゃあ、お前共演者だもん。そんなの当たり前じゃん。優しくしとかないと現場の空気が悪くなるだろうよ。それに、元々そっちの世界ではお前のがウンと格上で、三顧の礼でビーハイヴに迎えられたわけだろ? アイツが敬意を払って接するのなんて当たり前だっての」
「そんなん、わかってるわ! 俺なんてただの先輩で、他所から来た人間やから気ぃ遣うてんのくらいわかってる。そんな優しさにつけこんで...先輩の立場利用して...俺にいっつも付き合わせてるんも...全部わかってんねん......」
「なんでそんなにアイツにくっついてないといけないの? なんでそんなにアイツを付き合わせてんの? そもそもアイツ、慎吾にとって何?」
頬を押さえている勇輝の目が、ゆっくりといつもの穏やかな光に戻った。
俯いて必死に涙を堪えている慎吾くんはそれに気づきもしないだろうけれど。
「航生くんと一緒におったら、俺でも優しい気持ちになれんねん。こんな俺でもめっちゃ大事にしてくれて...初めて顔合わせで会うた時からずーっと一緒におってくれて...隣におんのがほんまに居心地良くて......」
「だったら変な遠慮なんてしないで、ずっと一緒にいたらいいじゃん」
「アカンよ...だって俺、汚いもん。体売って生きてきて、遊びのセックスばっかりしてきて。これ以上一緒におったらおっただけ、俺航生くんから離れられへんようになる。離してあげられへんようになる。先輩やって立場利用して、ずっと俺のそばにおるように言うてしまう......」
「あのさ、遊びのセックスって言うけど、真剣にパートナー探す上で俺らみたいな人間は体の相性ってすごい大事なんだし、一晩だけの関係が増えるの仕方ないじゃん。寝てみないと相性も性癖もわかんないし、そこから始まる関係の何が悪いの? それにね、体売って金稼ぐのって...汚いのか? 売れる物が自分の体だったってだけで、ちゃんとした商売だろ? それって、カメラの前で本物のセックスしてケツからタマから全部見せながらザーメン飛ばしてる仕事とどう違うの?」
勇輝の言葉に、思わずニヤニヤしてしまう。
今話してる事は全部...かつて俺が言った言葉そのままじゃないか。
自分は汚れていると俺の手を取ることを拒んだ勇輝を説き伏せた時のセリフ、そのままだ。
勇輝は、慎吾くんがあの頃の自分と同じ気持ちを抱えているといつ気づいたんだろうか?
俺は、自分からは決して動けないであろう航生の背中をただ押すだけのつもりだったけれど、その為にはまず慎吾くんの中にある負い目や罪悪感を取り除いてやらなければいけなかったのかもしれない。
「それでも...ビデオと売春は...やっぱりちゃうよ。それに、ノンケの航生くんにこれ以上本気になんのん...辛い...もう、辛い......」
「これ以上本気に? てことは、今はアイツの事どう思ってんの?」
「......好きや...めっちゃ好き。初めて会うてちょっと話しただけでほんまに居心地良うて...俺、もっともっと一緒におりたいと思った......」
「だから言ってるだろ? だったらいればいいんだ、一緒に」
「ノンケに恋するとか、そんな報われへん事したないねん! それに、航生くんをこっちに引っ張りこんだら辛い思いさせるだけやん...女を好きになれる人間は、女を好きになってる方が幸せや......」
「それを俺の前で言うかなぁ...」
苦笑いを浮かべた勇輝が、慎吾くんの柔らかそうな髪をゆっくりと梳いていく。
その優しい指先の動きに顔を上げ、慎吾くんは初めて勇輝の表情が元に戻ってる事に気づいたらしい。
その綺麗な目をより大きく丸くした。
「俺はね、ずーっと男も女も本気で好きにはならないと思ってたよ。そんな風に生きてきた。充彦は元々完全なノンケで、同性に興味なんて持ったこと無かった。そんな二人が付き合って、一緒に暮らして将来を夢見て...どうよ? 俺らって幸せになってないか?」
「それは...それは二人が特別なだけやん。俺なんかと一緒におっても、いつか航生くんは疲れ果てる。周りから白い目で見られて...その事に神経すり減らして...んで、いつか女に戻っていくに決まってる......」
「なんで俺は特別じゃないって決めつけるんですか!」
涙を浮かべ拳を握りしめていた航生が勢いに任せて立ち上がり、ズカズカとソファーの方へと歩いていく。
ああ...タイミング、間違えなかったな......
俺も中村さんも、もう航生を止めようとはしなかった。
近づいて来た航生の肩をポンと叩き、勇輝が戻ってくる。
少し疲れた顔で俺の膝の上に座ると、ポフッと背中をしっかりと預けてきた。
「ご苦労さん。あそこまで俺はお願いしたつもり、無かったんだけどねぇ」
「俺もあそこまで言うつもり無かったよ。でもさ、『大阪に戻る』って聞いて、これはあの時の俺と同じ部分拗らせて逃げようとしてるなぁって思ったら...ついね。それにあのまま『好きな人は?』なんて質問しても、絶対本音言わないのわかってたし」
「ほんと、お疲れさん。勇輝にしかできない役割だったよ」
「んふっ、後でたっぷりご褒美ちょうだいね。でも...大丈夫かな?」
「ん? 航生の事? それは大丈夫に決まってんじゃん...アイツは俺らの大切な弟分だぞ」
俺達は、拳をギュッと握ったまま慎吾くんの目の前に黙って立ち尽くしている航生を、ただ静かに見守った。
ともだちにシェアしよう!