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姫様方、ご乱心【10】

「シンさん...なんで俺だと特別にはなれないと思うんですか?」 「航生くん......」 「充彦さんと勇輝さんが特別なんだったら、俺達だってそんな特別になればいいんです。俺達だってなれるんです!」 戸惑ったように瞳を揺らしている慎吾くん。 少し青い顔で、明らかに緊張した様子の航生は、それでも意を決したように慎吾くんの前にゆっくりと片膝を着いた。 「俺、初めてシンさんに会った時から...きっとあの瞬間から好きでした。一目見て、『なんて可愛い人だろう』って胸がドキドキしたの、今でも覚えてます。現場で俺にピッタリくっついてくれるのも、二人で飲みに行くといつも以上に甘えてくれるのも、本当に嬉しかった」 「勘違いやって、そんなん。俺が可愛いわけないし、こんな男が甘えてて嬉しいとかなるわけないやん......」 「だから言ってるじゃないですか、好きなんです! 好きだから近くにいられればうれしいし、甘えてくれる仕草は可愛くて可愛くて仕方なかった」 「......ごめん、たぶん俺が勘違いさせるような行動取ってもうてんな。俺さ、ちょっと人との距離感おかしいねん。さっき勇輝くんとくっついてたんも見てたやろ? すぐ引っ付きにいってまうんよ。航生くん真面目やし、先輩にそんなんされたら断られへんのもわかってて、そんでも人肌恋しいっていうんかな? 立場利用してでもそばにおる人に触りたなんの。俺、エッチ好きやからさ...ま、淫乱てやつ?」 「俺、さすがに嫌なら先輩でも断りますよ、いくら誘われても。ベロベロに酔ってたってほったらかして帰りますし、ましてやベッドに誘われたら『ふざけんな』って怒ります」 ......ベッドにって...え? もう現場以外でもやることやってんの? なのに二人して、まだあんなにモタモタしてんの? でも......先にセックスをしてしまったからこそ、お互いにかえって遠慮が出てしまったのかもしれない。 慎吾くんは先輩の立場を利用して無理矢理自分を抱かせてしまったと後悔し、航生は慎吾くんの思いを計りかねて自分の気持ちに封をしようとした。 もどかしい事だ。 けど、その相手への気持ちが本物だからこそ、後悔もするし臆病にもなる。 俺も勇輝もそうだった。 紆余曲折あったらしい中村さんとアリちゃんだってきっとそうだろう。 「俺ら、まだ知り合ってあんまり時間は経ってません。シンさんからすれば、まだまだ俺なんて頼りないかもしれない。でも...シンさんが寂しい時にはいつでもそばにいてあげます。甘えたいって時にはいくらでも甘やかしてあげます。昔は強がってチャラチャラしたキャラクターを作ってましたけど、ほんとの俺は不器用で真面目で一途です。ずっと大切にできる自信もあります。俺の人となりが信用できないようなら...勇輝さんと充彦さんに聞いてください。今は二人が俺の身元保証人みたいなもんです」 「...アカンよ...俺、ほんまにエッチ好きやねん。いつ浮気するかわかれへんねんで? そんな俺を信用できる?」 今にも泣きそうな顔で航生に縋りつきたそうにしているくせに、慎吾くんはその手を取ろうとはしない。 イラついたというわけではないだろうが、他に手が無いと思ったのかもしれない...航生がいきなり慎吾くんの腕を掴む。 膝立ちになりその腕を自分の方に強く引くと、すっぽりと慎吾くんの体を包み込んでしまった。 あとほんの少し首を伸ばせば唇が触れ合うという所でピタリと止まる。 「航生...くん......」 「シンさん...シンさんは俺とのキスは嫌いですか?」 「...好き......」 その甘えるような声は、明らかに航生にキスをねだっている。 普段のワタワタぶりが嘘のように、航生は大人っぽくイヤらしい笑みを浮かべた。 「俺とするセックスは嫌いですか?」 「...好き...めっちゃ好き......」 「俺もです。あんなに気持ち良くて、終わってからも胸がキュンキュンしたセックス、初めてです」 目の前の期待に震える唇に、触れるだけのキスを落とす。 それだけで慎吾くんは幸せそうに、少し切なそうに目を閉じた。 その閉じた瞼にも数えきれないほどキスを降らせる。 「浮気したくなるならすればいいです。それはシンさんを満足させられない俺が悪いんですから。でもね......」 それまでの穏やかな行為が嘘のように、いきなりギュウと慎吾くんの体を強く抱き締めた。 「シンさんを今一番気持ち良くさせてあげられるのは...俺です。シンさん、俺に抱かれながら言ったでしょ? 『こんなに気持ちいいエッチしたこと無い』って。浮気したいなんて気分になる暇も無いくらい、毎晩でも気持ちよくしてあげます。他の人間になんて目がいかないくらい、もっと俺に夢中にさせます。その為の努力は惜しみません。だから...お試しでもいいんです...様子見で構いませんから、今は...俺を好きだから大阪には帰らないって...言ってください」 「ほんまに...俺をずっと大事にしてくれる?」 「勿論です。ずーっと大切にしますよ」 勇輝が俺の腕の中で嬉しそうにニコニコしている。 「慎吾、いい加減諦めろ~。そいつがイイ奴なのだけはマジで俺らが保証する」 「たぶん見た目も相性も、2度と出会えないくらい最高のお買い得物件だよ~」 俺達のチャチャに、慎吾くんはまた少し困った顔をする。 改めて航生の方を向くと、少し大きく息を吸ってから真っ直ぐにその目を見つめた。 「俺...赤ちゃん産んであげられへんで?」 「でしょうね。産めたらビックリします」 「入籍もできへんし」 「別にいらないでしょ。俺は籍の為にあなたといたいわけじゃない。まあ、これから急病だとか事故だとか、そんな時に不便だからって養子縁組を考える事はあるかもしれませんけど、そんなもんは必要になったら考えます」 「勇輝くんほど料理もできへんし......」 「俺ができますから、毎日旨い飯食わせてあげます」 「でも俺...俺は......」 「はぁ...俺の事が好きなんですか、嫌いなんですか!」 「す...き.....」 「じゃあ話は簡単じゃないですか。お互いに好きだから一緒にいましょうってだけでしょ。まだまだ続けたいなら、今すぐ仕事辞めろって言うつもりも無いですし。だからほら...俺の物になるって言ってください。ほんと俺、最高のお買い得商品ですよ?」 慎吾くんが、抱き締めていた航生の腕をほどく。 また至近距離で顔を合わせると、泣き笑いの複雑な表情を作った。 「他の奴に先に買われたら困るから...俺がそのお買い得商品、買うわ」 「お買い上げ、ありがとうございま~す。今こちらの商品をご購入のお客様にはもれなく...最高に気持ちいいキスがおまけに付きますよ」 「ありがとう、航生くん...航生くん、好き...めっちゃ好きやで...」 少し頬を赤くしながら、航生の手が慎吾くんの顎を軽く押さえる。 伸ばした舌先でしばらく唇の表面を焦らすようになぞっていたかと思うと、いきなり貪るようにその唇に吸い付いた。 舌を絡ませ、唇の合わせる角度を何度も変え、お互いを激しく求めるように体をなぞり合う。 ひどく卑猥なその行為は、厳かな俺達への誓いの儀式のようでもあった。

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