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前を向け【勇輝視点】

  年が明け、元日から酒とセックスにどっぷり浸っていた俺と充彦の元に一通のメールが届いた。 送り主は、俺達の所属している事務所の社長。 メールを確認次第電話を寄越せと言う。 急ぎの用ならば向こうから電話がありそうなもので、急ぎじゃないのだから無視すればいいと言った俺に困った顔をしながら、充彦は大人しく社長に電話をかけた。 充彦と社長の間には...俺がまだ詳しくは聞いていない過去がある。 そこに俺では立ち入れないほどの絆があるのはわかっているけれど、俺よりも社長が優先されたみたいに思えて正直面白くない。 電話が終わり用件を確認すると、充彦は更に困った顔で首を傾げた。 詳しい内容は何も伝えられなかったらしい。 ただ、二人揃って3日の午後に来いといきなり所属事務所から呼び出しを受けた。 専属のマネージャーがいるわけじゃなく、俺達が直接事務所に呼び出されることは滅多に無い。 というか、面倒な給与計算と仕事の窓口になってもらってるってはいるものの、スケジュール管理なんかは基本自分達でやってるから、事務所に所属してるって認識すらあんまり無かったりする。 俺も充彦もそんな感じだから、本来事務所に出向く必要は無く、用事はメールと電話で事足りるはずなのだ。 わざわざ事務所に呼ばれる理由...考えられるとすれば、それは良くない話を切り出されるとしか思えない。 ましてや二人揃ってとなると、これはもう悪い予感しかしないだろう。 例えば、最近の俺のインタビューでのノロケが酷すぎるとか? 例えば、本番NGのままではどうしても仕事が増やせないから、充彦もちゃんと本番をやるか、さもなくば契約解除とか? でも、俺が堂々と二人の関係を話すようになってからの方が確実に仕事は増えている。 男優としての物だけではなく、雑誌のグラビアだのインタビューだの、本業以外の仕事での稼ぎの増加で給料は大幅に上がった。 充彦だって、確かに以前より仕事が減ってるとはいえ、未だに『出演:みっちゃん』てクレジットが入るだけでDVDの売り上げが跳ね上がると言われてる。 本番無しでも構わないから...なんて出演依頼は途切れる事が無いし、今はAV以外のヌードグラビアや雑誌でのコラム連載もやってるんだから、現在進行形で事務所には大きく貢献してるはずだ。 「なんで二人ともなんだろうね?」 「うーん...解雇されなきゃなんないくらいの悪さなんてした覚えは無いしな」 電話のあった日から幾度となく繰り返した話をまた今も繰り返し、二人並んで歩く。 事務所が倒産なんて話なら、以前から声をかけてくれてる製作会社を窓口にしてフリーになれば済むだけだから話は早い。 ただしこれが解雇となるとちょっと面倒だ。 俺達が暮らしてるのは、極端に狭い世界だ。 出入りの少ない、狭くて濃密な世界。 そんな狭い世界だからこそ、俺達の『過失』が原因で解雇になったという事ならば、身元を引き受けてくれる事務所も窓口になってくれる会社も見つからないかもしれない。 それどころか、おそらくは仕事も無くなるだろう。 過失の内容にもよるけれど、人間同士の信頼関係に左右される面の大きい業界だけに『解雇』という言葉だけで、おそらく俺達の存在はアンタッチャブルな物になる。 それでも仕事については、慢性的に男優という存在が不足している事を考慮すれば、ほとぼりが冷めた頃には放っておいてもオファーは戻ってくるだろう。 AV男優の看板さえ下ろさなければすべてを失うなんて事態は避けられる。 これまでの稼ぎでしばらく働かなくてもいいくらいの蓄えも十分にあるから、それまでゆっくり体と心のメンテナンスをするのも良いかもしれない。 金銭的な面についてはかなり楽観的だ。 ただ、問題は...家。 水商売の人間が部屋を借りにくいように、AV含め風俗関係の人間だって恐ろしく部屋は借りにくい。 それが良い部屋であればあるほど、身元を調べられ審査ではねられてしまう。 たとえ稼ぎが十分にあっても。 俺達が今暮らしている部屋がそうだ。 きちんとした会社が管理している、かなり大きな物件。 広いリビング、広い寝室、広い風呂。 そして何より、いつか充彦の夢を叶える為に絶対に妥協したくなかった...大きな大きな作業台のある、広いキッチン。 不動産屋の紹介で下見に行って一目で気に入った。 どうしてもその部屋に住みたいと思った。 でもいくら頭を下げても、所得証明や税金関係の書類をちゃんと提出しても、AV男優であり身元のしっかりとした保証人を立てられない俺達に、管理会社の態度は頑なだった。 そんなとき、今の事務所がその部屋を会社名義で借り上げる事を提案してくれたのだ。 おかげで俺達は、あの理想の部屋で暮らす事ができている。 円満退社なら、新しい事務所に名義を貸してもらう事で住み続けることもできるだろうが、解雇なんて話になるとそうもいかない。 即退去を求められるに決まってる。 「充彦...」 ちょっと顔色でも悪くなっていたのかもしれない。 俺の様子に気づいた充彦の長い腕がしっかりと俺の肩を抱き、ヨシヨシと頭を撫でてきた。 「まあ、大丈夫だよ。あの人金にはシビアだしすっげえ変態だけど、なんの説明も無しに理不尽な真似するような人じゃないから。お前が心配するような話じゃないはずだよ」 社長と充彦の付き合いは長い。 元々フリーだった俺とは違い、充彦はこの世界に入った時から今の事務所の所属らしい。 挫折と不信感で動けなくなっていた充彦に仕事を与え、前に進むことを思い出させたのがその変態社長だと言っていた。 大恩人なのだと。 俺は、部屋を借りるときの恩義もあって、充彦との同棲をきっかけに今の事務所所属になった。 俺よりもずっと付き合いの長い充彦がそう言うのだから、きっと大丈夫だ。 そうだ、俺達は何も悪い事はしていない。 会社に損害を与えていないどころか、ずいぶん儲けさせたって自負もある。 大丈夫、大丈夫...自分にそう言い聞かせ真っ直ぐに顔を上げると、新年の浮かれた空気で日中から営業をしている風俗店の毒々しいネオンの間を抜け、その先にある汚い雑居ビルへと足を踏み入れた。

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