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大阪ストラット【勇輝視点】

大阪の夏はやたら暑いと聞いていたけれど、いざ新幹線ホームに降り立ってみれば頭の中が沸騰しそう...というほどの暑さでもなかった。 慎吾の後をついて、そのまま地下鉄の乗り場へと下りていく。 マネージャーとして俺達に付き添っている社長を含め、職業不詳の胡散臭い男5人。 それも全員がいわゆる『平均身長』をゆうに上回り、充彦に至ってはさらに俺達の10センチ上に顔があるのだから、これはもう目立って目立って仕方ない。 それでもまあ、周囲からチラ見・ガン見・二度見なんてのは慣れてるから、みんなしれっとした顔でズンズン進んでいく。 そんな視線に慣れていない、出版社側の担当の斉木さんとビー・ハイヴ側の担当の杉本さん。 二人の小柄な女性だけは、顔を赤くしながら俺達から少し距離を取って歩いていた。 「んで、ここからどうすんのん? 先にホテルにチェックイン? それとも買い物? 現場の下見?」 切符売り場の前で尋ねる慎吾に、杉本さんが慌てて手帳を開く。 「あ、えっと...まだちょっと早いんですけど、チェックインさせてもらえるように連絡入れてあるんで、先に荷物置きに行きましょうか。で、あとは一旦食事をしながら、今日の流れと明日の事を簡単に打ち合わせしたいんですけど」 「オッケー。そしたらなんば駅まで行ってから歩こか。たぶん心斎橋より近いから」 手慣れた様子で、料金表も見ないで人数分の切符を買う姿に、本当に最近まで慎吾はここに住んでいたんだなぁと実感させられる。 「ちょっと中入ったら、みんなで斉木さんと杉本さん囲むで」 「ん? 何?」 「御堂筋線てな、日本でも有数の痴漢電車やねん。こんなベッピンで地理がわからんとキョロキョロしてる大人しそうなお姉ちゃん、そんな奴らに狙われるかもわからんやろ?」 「中身知ってたら、鬼と悪魔だけどな」 「あら、私は鬼かしら、それとも悪魔?」 不意に漏らしてしまった言葉に、おっそろしい笑顔で斉木さんが近づいてきた。 俺はそっぽを向いて、なんとか遣り過ごそうと電車の来る方向ばかりを覗く。 「私、今回アナタ達のわがまま聞いてあげる為に、ずいぶんと走り回ったはずなんだけど?」 「...あっ、斉木さん斉木さん、電車来た電車来た!」 詰め寄ってくる斉木さんをなんとか宥めながら、ゾロゾロと電車に乗り込んだ。 慎吾の指示通り、中に入った瞬間に俺達の体で女性二人の周りに壁を作る。 しかし時間帯のせいなのか行き先のせいか、多少の混雑は感じるものの、決してぎゅうぎゅう詰めというほどでもない。 東京のラッシュを知っている俺達からすれば、体も動かせるし場所も移動できるのだから、快適と言ってもいいくらいだ。 「こんなに空いてるのに、痴漢の心配なんているの?」 「これがいるんやなぁ...関西の痴漢て、この時間でも十分発生してんねん。特にこの後梅田着いたら、そこでドチャッと人乗ってくるからね」 地下鉄といいながらも窓の外を流れる景色を見ながら、それとなく周囲を窺ってみる。 当たり前だけど、俺ら以外はみんな関西弁。 結構な勢いで捲し立てるように話す様子に、まるでケンカでもしているようだなんてちょっと思う。 その喋る勢いを考えれば、慎吾は普段ずいぶんと俺達に遠慮し、ゆっくり話してくれてるんだなぁとわかった。 「みんな、なんか漫才してるみたいに聞こえる......」 ボソッと航生の口から出たのは本音だろう。 俺だって、実は似たような事を感じてる。 「ほら、梅田来るで...端に寄っとこか」 彼女達への防御姿勢を崩さないまま、俺達は車両の隅に移動した。 それと同時に扉が開き、一気に人が流れ込んでくる。 その瞬間車両の中は、すっかりいつも見慣れた通勤ラッシュの光景になっていた。 「すごいやろ、なかなか」 「もしかして、この地下鉄って一日中こんななの?」 「うん、わりと。ただ今乗ってんのは天王寺止まりやから、まだマシなほうなんちゃうかな。大阪のメインエリアを最短距離で繋いでるから、みんな大概地下鉄使うねん。まあ、一駅の区間短いし、降りる時はこの人の波に乗ったらエエから、ちょっとだけ我慢して」 確かに一日中こんなに混むのなら、痴漢なんて行為はやりたい放題なのかもしれない。 途中大きなカーブで杉本さんを押し潰してしまいそうになりながら、それでも俺達は円陣を死守すべく足を踏ん張った。 慎吾が言っていた通り、一駅の距離は短いらしい。 チョコチョコと止まり、少しずつ乗客を減らしていきながら、電車は目的のなんば駅へと到着した。 と同時に、立っていた者も座っていた者も、ドッと出口へと殺到する。 「抵抗せんと、そのまんま流れに乗って。んで斉木さんと杉本さんは、俺の服をしっかり掴んどいてね?」 乗客の流れを測りきれない俺達では無理だと判断したのか、慎吾は俺達をまず先に行かせ、後から女性二人を庇うようにしながらホームに降りてきた。 恋愛対象にはならないというだけで、慎吾は昔から女性には特に優しい。 今もそんな優しさがまったく変わっていないのが、なんだかすごく嬉しかった。 「はい、お疲れさん。こっからはちょっと歩くで。ぎりぎりまで地下街通ろうな。なんばって、温度計で出てる数字以上に暑く感じるから」 「いいけど、ホテルまでかなり遠い?」 「まあ、そこそこかな。なんで? 歩かれへんほど体力落ちた?」 「違うって。俺、腹減ったんだけど」 時計を見れば、もう1時を過ぎている。 朝がちょっと慌ただしくて...つか、相変わらず夜の激しさに爆睡してて、珍しく二人揃って朝飯を食いそびれた。 これからあちこち歩き回らないといけないというのに、今はまったくその意欲も元気も無い状態なのだ。 「俺も腹減ってるしよ、昼は俺の奢りでいいから、もう打ち合わせ兼ねてどっかで飯食わないか?」 それまで大人しく着いてきているだけだった社長が、さすがに暑いのか麻のジャケットを脱ぎながら汗を拭いた。 いつもの『バブル全盛期』みたいな格好もいかがかと思うけど、今日の『南国リゾートを訪れたチンピラ』ファッションもどうなんだろう? 毎度思うのだけど、元々が男前なだけに...相当勿体ない。 「そうやなぁ...そしたら、個室になってるお好み焼きの店あるから、そこ行く?」 「賛成! あ、でも斉木さんと杉本さんは? 匂い付くからイヤ!とか無い?」 「無い無い。私は焼き肉でもなんでも平気だし、タバコもアルコールの匂いもへっちゃらよ。なんせ最初に配属されたのって男性向け週刊誌の編集部だし。んなの気にしてられないっての」 「私もへっちゃらに決まってるじゃない。普段栗の花の匂いに囲まれて仕事してれば、どんな匂いが染み込もうが大した問題じゃないわよ」 見た目とは大違いの豪傑っぷりを見せる鬼と悪魔に安心し、俺達は一先ず慎吾の案内でお好み焼き屋に向かう事になった。

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