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プチ観光と買い出しと相方【充彦視点】

部屋に荷物を置き、俺と勇輝がロビーに下りると、すでに斉木さんと杉本さん、ついでに社長はそこにはいなかった。 先に椅子に腰を掛けて待っていた航生に聞いてみれば、何やらひどく慌てた様子で『8時にアズールで。それまではフリータイムだから』と伝言を残してバタバタと出て行ったらしい。 ......イチャモン付けられるのわかって逃げたな...... 俺達もロビーの椅子に腰を下ろし、大きくため息をついた。 ようやく少しだけ気持ちが落ち着いた...そんな感じ。 次の外出までに荷物を簡単に整理し、僅かでも息抜きできればと斉木さんから指定された部屋へと入った。 そして入ってビックリ。 その部屋にあったのは、セミダブルのベッドが一つだけだったから。 まあ、なんて言うのかな...『正気か?』って驚くよね。 普通サイズの男女でも、セミダブルって一緒に寝るのに決して広くはないと思うんだ、うん。 でも俺と勇輝だと、まず『男女』じゃないしね。 ついでに、俺も勇輝も『普通サイズ』じゃない。 ... ...... 寝れるか! 自慢じゃないが、俺は一人暮らしの頃から自分の為だけに小さめのダブルベッド使ってたし、勇輝と同棲するにあたっては即キングサイズに買い替えたくらいだ。 平均よりちょっと大きい勇輝と、平均よりはるかに大きい俺が二人で眠るには、それでも決して大きすぎる事はない。 ところが目の前にチョコンとあるベッドは、生まれてこの方二人で横になった記憶の無いサイズだ。 すぐに斉木さんとフロントに電話をしてみたが、そもそもこのホテルには『ツイン』はあっても『ダブル』という部屋自体が存在しないらしい。 セミダブル一つよりはマシだろうし、このままでは勇輝が俺に気を遣ってソファーか床で眠りかねないと思い、無理を承知でフロントにツインでの空き部屋がないかを尋ねてみた。 幸い世間が盆休みに入る直前で商用利用の客がほとんどだったらしく、シングルには空室は無いけれどツインにならば変更ができるとの事。 俺達ほどではないにしても、このままでは航生と慎吾くんもつらいだろうと部屋を変えてもらえるようにお願いし、新しく指定された部屋へと荷物を移動させてからロビーへと下りると、すでに斉木さんと杉本さんはトンズラこいた後だった。 「ったく...あり得ないだろうよ、セミダブル一つとか。まあ、こっちのスタッフに予約任せてたみたいだし、どんな部屋なのかは知らなかったんだろうけどさぁ...にしても、先に確認くらいしといてくれっての」 「そう? 俺は航生くんにギューッてしてもらいながら寝るから、別にセミダブルでも良かったんやけどなぁ」 「慎吾くんは良くてもね、たぶん寝入ったの確認したら航生なら床かソファーに寝ると思うよ」 「航生の性格考えてみろよ...たぶんお前の為だと思ったら、一晩中立ったまんまでも平気だぞ」 「......それはアカン! 航生くん、立ったまんまで寝るとかしたらアカンで!」 「あの...ツインになったんで大丈夫ですよ。それにもしあのままでも普段と変わらないし、立ったまま寝るなんてしませんから。俺が起きると慎吾さんもすぐ起きちゃうでしょ?」 「え? お前らまさか、セミダブルに二人で寝てんの?」 「せやで」 「えーーーっ!? 体休まんないだろうよ」 「どうかなぁ...もうそれが当たり前になってもうてるもん...ねぇ?」 「特に不便とも休まらないとも...思わないかな。慎吾さんが眠れてるなら、俺はなんでもいいです」 「はいはい...んじゃ、斉木さん達逃げちゃったし、俺らも移動しようぜ。で、こっからどうすんの?」 勇輝がそれとなく『ミナミエリア』なんて書いてある観光マップを開く。 「俺らが今いるのが...?」 「この辺。道頓堀の西側ね。これからどこに行かなあかん?」 「まずは明日のメディア館確認して、それから買い出し行きたいかなぁ...どこら辺?」 「メディア館は日本橋やからここかな...んで、買い物は高島屋が便利やと思うから、ここ」 慎吾くんの指が示す場所は、俺が考えていたよりも少し遠い。 高島屋はさっき飯食った場所の近くだし、メディア館はそこよりもさらに東にあるようだ。 しかし地図によれば、道には『一方通行』を表す矢印がいっぱい。 これは、タクシーで気軽に回るというにはめんどくさそうだし、何より距離的に中途半端過ぎて運転手から嫌な顔をされそうだ。 「カーッ、こりゃあ歩きしか無いか?」 「ま、徒歩なら一方通行関係ないもんね...暑さだけ我慢して...あ、でも荷物がなぁ......」 「ムフッ...ムフフッ...ここで慎吾くんの出番やと思えへん?」 「はぁ!? さっきからお前、出ずっぱりだよ、ある意味。慎吾いなかったら、今頃俺ら途方にくれてるわ」 「まあ、先に行きたい場所確認してからと思ってたからさ...あとは任せといて」 慎吾くんは何やらひたすらスマホに文字を打ち込んでいる。 その動きが止まり、電話を一旦テーブルに置いてから僅か30秒ほどしか経ってなかっただろうか。 マナーモードにしていたスマホが激しく電話の着信を知らせる。 「うおっ、これは一番エエ奴が捕まったかも!」 画面に表示された名前を見て、慎吾くんが一気にテンションを上げた。 そのテンションのまま、通話ボタンをスライドする。 「もしもし、おうっ、久しぶり~。......うん、うん、悪かったってぇ。もうそれは勘弁してぇやぁ」 何やら楽しそうに、そしてひどく甘える口調で話をする慎吾くんに、航生が一瞬眉を寄せた。 俺が気付いたように勇輝もそれに気付いたのか、頭をポンポンと叩いてやる。 航生は、なんだか痛々しいくらい一生懸命に『ニカッ』と笑顔を作って見せた。 その間も慎吾くんと通話相手の話は止まらない。 勇輝が少しだけ不愉快そうな顔で慎吾くんの膝をペシッと叩き、トントンと目の前で腕時計を指で差す。 「ごめんごめん、もうちょい話したいとこやねんけど、実は俺ら今あんまり時間無いねん。お前のマンション、まだ島之内? お、マジ!? 悪いんやけど、今からちょっと車出してくれへん? 今もあのエルグランド乗ってるんやろ? 時間いけるようやったら、悪いねんけどちょっとの間運転手やってくれへん? こっち4人おんねん。タクシーやと分乗しなあかんしさぁ」 関西にいた頃の知り合いに連絡を取ってくれたらしいが、どうにも口調が馴れ馴れしすぎる。 慎吾くんに他意は無いだろうし、まったくの好意から動いてくれているんだろうが、必死に何もない顔をしている航生が心配になった。 俺は『その話はいらないから』というつもりで目の前で大きく×を出したのだが、慎吾くんは声を出さずに『大丈夫大丈夫』と口を動かし、ご機嫌な様子でそのまま電話を切ってしまう。 「前の会社の頃の仲間に一斉送信で連絡してみたらね、当時の一番の相方やった男が上手いこと捕まってん。そいつ、ここから一番近いとこに住んでてたまたまオフやったんで、すぐに迎えに来てくれるって。5分ちょいで来れるはずやから、もう外で待ってよ?」 かつての仲間に会える嬉しさから少し浮き足立っているのか、慎吾くんは航生の異変に気づいていないらしい。 先に外に飛び出してしまった背中を追いながら、俺と勇輝はただ航生の肩を叩いて気持ちを落ち着かせようと試みた。 「勇輝...」 航生に悟られないようにそっと勇輝の耳許に口を近づける。 「慎吾くんて、昔からああなのか?」 「いや、昔から天真爛漫な所はあったけど、あそこまで空気読めない奴だったかなぁ...関西での生活はわかんないけど、あんまり真剣な恋愛とかしたことないせいで、相手を思いやるとか気持ちを推し測るって経験が少ないのかも。勝手に自分の好き好きを押し付けて満足してるだけじゃなきゃいいんだけど......」 「そんなもん、航生だって真剣な恋愛なんてしたことないぞ...それこそ初恋じゃないか。俺は、航生のあんな顔なんて見たくないけどな」 「わかってるよ。俺だって航生は可愛いもん。でもさ、そこは俺らが口を挟める事でもないだろ? 航生がきちんと話すか、慎吾はあんな奴なんだって諦めるか、それとも...慎吾が自分で気づくかしかないよ」 「だよなぁ......」 少し空気の重くなってる俺達とは対照的に、一人明るく元気な慎吾くん。 キョロキョロと辺りを窺っていたその目の前に、ピッカピカの黒いエルグランドがビタリと停まった。 「よぉ、お待たせ。久々やなぁ」 スモークのウィンドウが下り、中から少し日焼けした浅黒い肌の男が顔を出した。 これは...結構なレベルの男前だ。 ちょっとワルっぽい雰囲気も滲ませながら、それでも目許には優しさを表すようにクシャッと笑い皺が浮かんでいる。 「武蔵...さんだ......」 航生はポツリと声を吐き出すと、ガックリ肩を落とした。 「知り合い?」 「知り合いだなんて畏れ多いです。ゲイビの世界でアスカさんと武蔵さんと言えば...黄金コンビだったんです。歴代のビデオの売上記録、新作出すたびに塗り替えてたし、何より......」 航生は暗い目で大きく息を吐いた。 「プライベートでも恋人らしいって...業界では言われてました...」 言い切ってから航生は慌てて車道に背中を向ける。 懸命に笑顔を作ろうとする航生を尻目に慎吾くんは早々と車に乗り込み、俺達に向かって大きく手招きをした。

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