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プチ観光と買い出しと相方【2】

仕方なく俺達も車に乗り込むと、慎吾くんはごく当たり前のように助手席に座っていた。 早速運転席の『元』相方と嬉しそうに話を始める姿を、航生は後ろから哀しいくらいに穏やかな笑顔で見つめている。 「ほんで、何? 後ろの人が例のアスカの憧れの人の『ユーキ』さん?」 「せやで。めっちゃ色っぽいやろ?」 目の前の信号が赤になったタイミングで、彼がバックミラー越しに勇輝に目線を合わせてきた。 それに気付いた勇輝が少しだけ頭を下げると、パッと明るい表情でペコリと会釈をする。 たぶん、イイ奴なんだろう...いや、イイ奴だ。 仕草も雰囲気も、一見『いかにも』な二枚目なんだけど、全体的に冷たい印象を与えない柔らかさがなんとも心地よい。 でも俺達が彼を『イイ奴』だと感じたように航生も同じ事を思ったらしく、その顔はますます陰を帯びていく。 「そっかぁ。みんなとあんだけ上手い事やってて、仕事もますます乗ってた中で、俺ら捨てて仕事捨ててまで会いたい人ってどんな人なんかと思うてたけど...はぁ、なるほどぉ...見てるだけでビンビンに勃起しそうなくらいの色気やね」 「アホか、いらん事言うてんな。隣にいてんのが、熱烈ラブな彼氏さんやぞ」 「おおっ、見た見た、ペアヌードの人や。みっちゃんさんですよね? あの...俺、なんか下衆い話ばっかりですいません」 「いやいや、気にしないで。俺らも普段はそんな会話ばっかりだから。まあ、相手の性別が違うだけで、おんなじアダルトビデオ業界にいるんだし一緒だって、一緒。あと、俺の事はみっちゃんでいいよ」 「アハハッ、ありがとうございま~す。俺、武蔵って言います。一応、アスカに次いで2番目に人気のあるモデル...かな。あれ、言い過ぎ? じゃあ、とりあえず今から日本橋行って、そっから高島屋向かいます。ちなみに俺、こんな見た目でこんな車乗ってますけど超絶安全運転なんで、全然スピード出せへんけどイライラせんとってくださいね~。あと、どっか行きたいトコとかあったら遠慮せんとなんぼでも言うてください」 地図を見た限りでは一方通行が複雑に入り組んでいたはずだが、やはり武蔵くんはこの辺りの地理に強いらしい。 いともあっさり細い道を抜けて御堂筋へと出た。 そのまま南下し、後から俺達が行くらしい高島屋の横を抜けてさらに南へと向かう。 噂には聞いていたけれど、道の端にある『違法駐車』の多さに正直驚き、ちょっと辟易した。 これでは、何かあって緊急車輌が通らないといけない事態が起きても、スムーズには現場に到着できないだろう。 「メディア館行くだけか?」 「うん、まあ明日の下見? でもなぁ...実はちょっと、俺と勇輝くんでこっそり計画してる事があったんで、もう少し時間あったら奥のディープなエリアも回りたかってんけどね......」 二人で内緒の計画だぁ? それはもう...嫌な予感しかしないのだが。 しかし、これは...航生の為にはちょうどいいタイミングかもしれない。 「じゃあさ、なんならここで別れるか? 慎吾くんは勇輝とこの辺で買いたい物探したらいいじゃん。その間に俺と航生は武蔵くんに手伝ってもらって、買い出し行ってくるし」 「......うそ、ええん?」 「武蔵くんさえ良ければな。勇輝も...いいよな?」 じっと目を見つめる。 俺の意を汲んだらしい勇輝はふぅと息を吐いた。 「いいよ。じゃあ買い物は任せるから...こっちは任せて」 「武蔵くんは? 悪いけど、車に荷物積ませてもらっても構わない?」 「オッケーですオッケーです。荷物持ちとかもできるし、俺みっちゃんの方に同行しますよ」 「よし。んじゃ、こっからはちょっとだけ別行動にしようか。お互い用事が終わったら携帯に連絡な」 俺のその言葉に頷くと、勇輝と慎吾くんが車を降りる。 車を見送るように振り返り、ようやく慎吾くんは航生に向かって満面の笑みで手を振った。 その仕草一つにも少しだけホッとする。 「そしたら、このまま真っ直ぐ高島屋でいいですか?」 ゆっくりと車を発進させながら、武蔵くんは俺に確認してくる。 俺は一度航生の手をギュッと握り、バックミラーの中の武蔵くんの目を見た。 「買い物はダッシュで終わらせる事もできるから、後でいいよ。ほんと申し訳ないんだけどさ...どっか落ち着いて話ができる場所とか知らないかな? 武蔵くんもほんとは...航生と話、してみたいんじゃない?」 「......了解です。そしたら俺んち行きましょうか。めっちゃ近くですから」 驚いたように目を大きく開く航生の手を、大丈夫だと言い聞かせるようにもう一度握りしめる。 笑顔を崩さないままの武蔵くんは、いきなりグッとアクセルを踏み込んだ。

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