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男の娘になっちゃうの?【勇輝視点】
車を降りると、目の前の建物をゆっくりと見上げた。
1階は子供達でも入りやすいようにという事なのか、バカみたいに広いフロアにプラモデルと人気の特撮ヒーローの関連商品がずらりと並んでいる。
「はぁ...思ってたよりずいぶん大きいな...あ、中にエスカレーターとかもあるし、これだけ広いなら少しくらい並ばれても明日は問題無い...かな? 朝から誘導のスタッフはいてくれるらしいし」
「それがねぇ...そうはいかないのだなぁ。ちょっとこっち来て」
慎吾が俺の手を引き、横の道を奥に進んでいく。
そのままビルの裏側に着くと、勝手口と呼ぶには少しだけ立派なドアを指差した。
「3階のイベントホールって、DVDとかCD置いてる売り場にあんねん。んで通常は、一般のお客さんに迷惑かけへんようにイベント参加者はここに並ばされて、時間になったら順番にエスカレーター口に誘導されるシステムになってる。明日もたぶん同じやと思うよ」
「そうなの? んじゃ、やっぱり明日早くから並ぶ人がいたら、ちょっと心配だなぁ...。つか、お前そんなことよく知ってんね」
俺はスマホを取りだし、明日の天気と予想気温を確認しながらため息をついた。
「ああ、俺、時々ここに並びに来てたから」
「......はあ?」
「好きな声優さんのイベントとかやってたからね。ここの3階のアニメ関連のCDとかDVDの品揃えって半端やないから、新曲発表とかここでやる人も結構おんねん。んで、お目当ての人が来るって時は、気合い入れて朝から並んでた。女に興味なんか無いのにさぁ、好きな声優さんが裏名義で出てるからって理由だけでエロアニメ買いに来たりもしてたし」
「お前...俺が思ってた以上にオタクだったんだな。んで、その好きな声優さんてのは勿論...?」
「男、男。あったり前やん。俺、女の子の萌え声とか、鳥肌立つくらい苦手やのに。ああ、そうか......航生くんの声、ちょっと俺の一番好きな声優さんと似てんねん。ちょうど少年と青年の間って言うんかな...どっちでもあるし、どっちでもない感じ? 勇輝くんほど低いエロ声でもないし、充彦さんほど甘くもない感じがね、なんていうんかなぁ...下半身直撃する」
「お前、ほんと頭の中まで下半身なのな」
「いややなぁ、そんな褒めんとって。でもまあ...俺、航生くんが『はじめまして』って言うた瞬間には...たぶん恋に落ちててん...あの声にも、雰囲気にも......」
不意に慎吾の表情が、今までに見たことがないほど優しいものに変わる。
航生を一方的に振り回すだけ振り回しているのではないかと少し心配になったけど、案外こいつはこいつなりに誠実に航生に向き合ってるのかもしれない。
「まあ、勇輝くんらはイベントの準備に集中しといて。ファンの子の様子見て整理券出すとか飴ちゃん差し入れるとか、そういうのは俺とスタッフで上手い事考えるし」
「なんか、悪いな。でも助かるわ」
「気にせんとってって。そんなんは俺のが慣れてるってだけやし。そしたら下見も終わったことやし、いよいよ例の店行っちゃう?」
「いや、そりゃあ別にファンの子が喜んでくれるってんなら構わないんだけどさぁ...ほんとに喜ばれるのか? てか、マジで俺のサイズでもあんの?」
スタスタと歩きだした慎吾の背中を慌てて追いかける。
ほんと、良くも悪くもマイペースなんだよな...単に弟分だったり友達だというのであれば、『ちょっと変わってる面白い奴』と笑ってやれるけど、もしこんな人間がパートナーだったら...きっと気苦労が絶えないだろう。
「最近はね、『男の娘』って言って女装が趣味やったりコスプレ楽しんだりって子も増えてんねんで? で、結構な値段はするけど、この先にそんな『男の娘』専門のコスプレショップあるから、そこに行くつもり。充彦さんサイズやとさすがに無理やろうけど、勇輝くんとか俺までなら全く問題ナッシング」
トレーディングカードの専門店や、無駄にオッパイの大きい幼女?のポスターが貼ってある謎の店をチラチラと横目に、慎吾は慣れた様子で綺麗とは言い難い雑居ビルへと入っていった。
俺もちょっとドキドキしながらその後に続く。
「お前、こういう店も常連だったの?」
「いや、さすがにこっちまでは手ぇ出してへんよ。ただ、何回かビデオで『男の娘』の役やってん。んで、それ用の衣装探しに来たことあるくらい。俺の男の娘役、めっちゃ評判良かってんで~。『淫乱バニーちゃん、サイコー!』『ドSナースに診察された~い』とか言われて」
「その時の相手も...武蔵くん?」
「......うん、ほとんどはそうかな。あの頃は俺の相手は武蔵、武蔵の相手は俺っていうんが超鉄板やったし」
「そっか......」
階段を1階分上がると、目の前にはいきなりファンタジーな世界が広がった。
ファッションには詳しくないけど、これはえっと...ゴスロリってやつか?
入り口付近に吊ってあるヒラヒラキラキラなお洋服に、しばし呆気に取られる。
一番最初に目につく所にはずらりとロリータや学校の制服風の物が並べられ、どうやら奥に進むほど布の面積が小さくなっているようだ。
チラリと見えるレジの後ろには、もはやただの布切れにしか見えない何かも飾ってある。
「ほらほら、やると決めたらガッツリ小物にも凝らな。こんなんは開き直って本気でやったモンの勝ちやで」
俺の肘を掴み、慎吾は店の中へと嬉々として入っていく。
「あ、勇輝くん......」
「どした?」
「なんも心配いらんから。俺、ちゃんと航生くんのこと...好きやで」
そう言った慎吾の横顔は驚くほど真剣で、そして穏やかだった。
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