215 / 420

穏やかで優しい修羅場【2】

やっぱりな...それが正直な感想だった。 慎吾くんを迎えに来たときのあの笑顔を見て、武蔵くんは『仲間』以上の感情を持っているとすぐに感じた。 そして航生もそれに気づいていたからこそ、二人のやりとりに顔色を変えていたんだと思う。 けれど真正面からの『ライバル宣言』とも言うべき言葉を受けて、なぜか航生の表情は真剣でありながら柔らかい雰囲気に変わっていた。 ここは一先ず、口出しをせずに見守っていようか...... 「慎吾さんは、今俺と付き合ってます」 「うん、わかってるよ。そんなん航生くんのアスカを見る目見てたら誰でも気ぃつくて」 「それがわかっていても、諦めてもらうというわけにはいかないですか?」 「そうやなぁ...そしたらちょっと質問してもええ? 航生くんは、めっちゃ好きで好きで、人生観も嗜好も何もかも変わるくらい好きになった人がおったとして、相手に恋人がおるからって諦められる?」 「......難しい質問ですね。自分の物にしたいとは思うけど、でも...間違いなくその恋が好きな人を幸せにしてくれる物なら、諦めなきゃいけないのかもしれません」 「おお、エエ答えやね。そしたらさ、俺も翔も威も...おんなじ気持ちやと思えへん?」 いつもオドオドとして、必死すぎて空回りする事が多い航生とは思えないくらいに落ち着いている。 やたらと堂々とした受け答えに、聞いている俺の方がちょっとドキドキした。 武蔵くんの口から、多少乱暴だったり不埒だったりする言葉でも出てくれば間に入って諌める必要もあるかと思っていたが、二人ともとても冷静で、部屋の中の空気は穏やかなままだ。 この場で一番緊張しているのは俺なのかもしれない。 「俺らね、3人共アスカに会うまではまったくのノンケやってん。職業ゲイな。航生くんもそうやろ?」 「はい。俺も特に男性には興味ありませんでした」 「それがさぁ、もうアイツに会って一緒におって、騒いで遊んでセックスして...そしたらね、俺、女に興味持たれへんようになってた。今はアイツ以外、欲しないねん...アイツだけが欲しいねん」 「俺もです。あの人に会って話して触れてセックスして...俺の中にあった物が、全部がひっくり返っちゃったような気がします」 「ふーん...俺が諦めへんて言うても、えらい落ち着いてんねんね」 武蔵くんも俺と同じ事を感じていた。 車の中では間違いなく緊張し、何より不安がっていたはずだ。 この部屋に入ってきた時も、心細そうに怯えた目をしていた。 相手が自分が業界に入った時からトップクラスの男優だった事もあるだろう。 それもその『格上』の相手がかつて恋人との仲を噂されていたとなれば、顔色を変えるなと言うのも無理な話だ。 航生は自分を貶められるのではと警戒し、ひたすら様子を窺っていた。 けれど武蔵くんは思っていた以上にフランクで謙虚で、本当にイイ奴だった。 その彼の性格がわかって、警戒心を解いたのだろうか? でもなんだか...それだけではない余裕を感じる。 「航生くん、俺とアスカの絡みって見たことある?」 「あります。確か『Snowflake』だったかな...二人でプライベートデート風にスキーとかスノボしに行ってるビデオでした。可愛くてセクシーで本当に楽しそうで、『この二人が付き合ってるって噂は本当かもしれない』って思いました』 「俺とアスカね、ほんまに体の相性良かってん。みんなの前でも『武蔵としてんのが一番気持ちいい』って言うてたから、別に俺の一人相撲ちゃうで?」 「はい、それは感じました。他の人との絡みより、やっぱり武蔵さんとのセックスの時が慎吾さんのイヤらしさは際立ってたと思います」 「......アスカのベストパートナーは、俺やと思えへん?」 「思いますよ...『アスカ』さんのパートナーだったら、たぶん誰よりも武蔵さんがふさわしいんだと思います。でもね...『慎吾』さんのベストパートナーは...俺ですから」 笑みさえ浮かべてきっぱりと言い切った航生に、武蔵くんが先に視線を逸らした。 困ったように鼻の頭を掻き、のそのそと動いて膝を崩す。 「参ったなぁ...そないハッキリ言われると思えへんかった。俺が諦めへんて言うても平気なん?」 「あれだけ魅力がある人なんですもん、ライバルは多くて当たり前です。俺から『諦めてください』って頭を下げるつもりはないし、武蔵さんだってそんな事で諦められるなら...こうして俺と腹を割って話したりなんて、最初からしないですよね? 諦めて欲しいなんてお願いはしません...絶対に諦めさせてみせますから」 「うわぁ...俺の知ってる瑠威くんちゃうわ。めっちゃエエ顔してんもん。そしたら改めて、正々堂々と宣戦布告させてもらうわ。俺はまだアスカを...いや、慎吾を諦めてへん。航生くんが隙見せたりアイツ泣かせたりしたら、遠慮なく奪いに行くから」 「泣かせないですよ...ベッドの上以外では」 「......ハハハッ、アカンなぁ...なんかもう負けそうやわ。あ、後から知って文句言われんのも嫌やから、先に教えとくな。うちの会社、このたびビーハイヴさんと業務提携結びました...これの意味わかる?」 「ゴールデンコンビ復活ですね。楽しみにしてます。でも...慎吾さんの帰る場所は、俺の腕の中ですから」 武蔵くんが、苦笑いを浮かべながらも右手を差し出してくる。 航生は両手でその手をしっかりと握った。 「俺の事、ライバルやと思ってくれる? 勿論、普通に友達でもかめへんねんけど」 「武蔵さんがいてくれたら俺、油断してられないから...今まで以上に慎吾さんを大切にできます。ライバルとして武蔵さんより手強い存在は無いですよ」 「二人とも、いい感じに納得いった? いけるなら、ボチボチ買い出しに行きたいんだけど」 もう口を挟んでもいいだろうと、笑いながら腕時計を見せてみる。 一度しっかりと目を合わせると、武蔵くんと航生は笑いながら同時に立ち上がった。 ********** 車を置いてからすぐに合流するという武蔵くんに携帯の番号だけ教えると、俺と航生の二人で先にデパートの地下へと下りる。 真っ先に目の前に広がった野菜売り場の品揃えの多さと安さに、一瞬テンションが上がった。 けれど今日必要なのは、缶詰に瓶詰めにハムにチーズ。 丸々として艶やかな水茄子に後ろ髪を引かれながら、俺達は目的の物を探してフロアをウロウロと歩く。 「なあ、航生...」 「はい?」 生ベーコンのブロックなんて珍しい物を見つけ、買うかどうか迷っている航生に声をかけてみる。 武蔵くんが離れている今しか、さっきから抱いていた疑問をぶつけられないと思った。 「さっきさ...あ、武蔵くんの部屋での話な? お前さ、途中からえらい堂々としてたじゃん。最初のうちはオドオドしてたのに。あれって...なんで?」 「いや、なんでって言われても...別にこれって理由があったわけじゃないんですけど......」 「でも、なんかきっかけはあったわけだろ? それって何?」 「う~ん...なんて言ったらいいんでしょうねぇ...あんまり上手く言えないんですけど、『俺は慎吾さんに、すごく愛されてる』って実感できたからじゃないですかね。ここで不安になってたら、なんか慎吾さんに失礼だなぁって」 「えっと...そんな実感できる瞬間あったか?」 「あのね、名前の話聞いたじゃないですか...芸名の話」 「ああ、みんなの名前の由来?」 「そうです、そうです。あの時ね、武蔵さん『自分の大好きな人の名前を背負ってるからこそ頑張れた』って言ったでしょ? で、慎吾さんは思い入れのある『キラ』から『アスカ』に名前を変えて大阪で必死に頑張ってきて、『アスカ』から、同じく思い入れのある『シン』に名前を変えて、東京に気合い入れて出てきたわけじゃないですか」 「......ああ...なるほど、そういう事か...」 「はい。その思い入れのある名前をね、俺がプライベートでもそう呼ぶのが嫌だって理由で、いともあっさり本名に戻しちゃったんですよ? 俺、ほんとに愛されてるんだって、あの言葉聞いた瞬間にすっごい幸せになっちゃって......」 それを話してる航生の顔は、確かに幸せそのものだった。 二人の事を心配した俺が、ちょっとバカみたいじゃないか...... 慎吾くんは、自由奔放に航生を振り回しているように見えて、その実ちゃんと精一杯の誠意を見せていたのだ。 そして航生は航生で、そんな慎吾くんなりの誠意をちゃんと理解し、受け止めていた。 二人とも、ちゃんとお互いを思い合っている...ちゃんと信頼しあってる...... 「お前、すんごいライバルが現れちゃったな」 「まったくですよ。俺、ほんとめんどくさい人に惚れちゃいました」 「んなの俺もだって。あっちからもこっちからも、次々ライバル現れてさぁ...モテるパートナーがいると、お互い気苦労が絶えないよな?」 「ほんとに。でも、誰にも負けないですけどね...俺の隣にいるのが一番幸せだって、ずっと思わせておきますから」 どこかで聞いたことのある言葉だなぁと苦笑いを浮かべ航生の頭をコツンと叩いたタイミングで、俺の胸のスマホが件の『強力なライバル』からの着信を知らせた。

ともだちにシェアしよう!