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慌ただしい1日が始まる【充彦視点】
朝7時に全員ロビーに集合し、まずはそのままホテルで朝食を取ることになった。
ありがたいことに、和洋折衷のバイキングスタイル。
特別変わったメニューは無いけれど、少し空調が効きすぎていて冷え気味の体には、熱い味噌汁が飲めるだけでもありがたい。
途中、慎吾くんがいきなり勇輝を連れ出した。
そのまま社長と杉本さんにまで声をかけ、レストランの端に陣取ってしまう。
どうにも気にはなったけど何やらその顔は真剣で、到底俺が横からチャチャを入れて良い雰囲気じゃない。
必要なら、いつかタイミングを見計らって俺にも話が回ってくるだろうから、今は無理に絡みにいく必要も無いだろう。
今絡むべき人間がすぐ近くにいた事を思い出し、俺はトレーを持って航生の隣へと移動した。
「ウッス」
「あっ、おはようございます」
「あのさぁ...お前、なんかすっげえ眠そうなんだけど。まさか...したの?」
俺の問いに、航生がオドオドと目を泳がせながらひたすらパンを口の中に押し込んだ。
これは...したな、うん。
つうか、明け方までヤリまくってたと予想する。
たぶん間違いないだろう。
「お前なあ...今日はこれからすっげえバタバタすんのわかってんだろうよ。ったく...何やってんだ......」
「すいません...なんかほんと、すいません...俺全然我慢できなかったっていうか...我慢しなきゃって気持ちにすらなんなかったっていうか......」
「ほう、完全に理性がぶっ飛んでたわけね」
「......はい」
ちょっと申し訳なさそうに俯き、航生は背中を丸めてコーヒーを啜る。
これでイベントに支障をきたすような事をする人間じゃないのはわかってるけど、俺の中で一つだけ、どうしても確認しておかないといけない部分があった。
「お前、武蔵くんに会ったから我を失ったとか、そういう事じゃないよな? ヤキモチ妬いて慎吾くん傷つけたとか、やけくそになったとか、そういうんじゃないんだよな?」
「武蔵さんは関係ないです...少なくとも俺には。まあ、慎吾さんの中では多少あったかもしれないけど」
「どういう事?」
「あ、えっと...どう言ったらいいのかな...慎吾さん、あそこで呼べば武蔵さんが俺にライバル宣言するだろうってのはわかってたっぽいんですよ」
「そうなるのわかってて、わざと武蔵くん呼んだのか!? おいおい、確信犯かよ......」
「結局はね、俺が悪かったんです。あんまり自分に自信が無さすぎて、いつも慎吾さんに遠慮してる所があったから...そんな俺の態度が慎吾さんを不安にさせちゃったんだと思います。俺が一方的に慎吾さんに振り回されてるとか、あっちの世界に引きずり込んだとか、そこまで考えたんじゃないですかね...『男とヤリまくってた』とか、自分の事偽悪的にやけくそみたいな言い方してたし」
聞いた事のある話だ。
それを言われた航生の気持ちもよくわかる。
言わせてしまった自分が歯痒く、自分の気持ちをわかってくれない相手に苛立ち、そして...改めて愛しくて大切にしたいと実感したのだろう。
「結構...めんどくせえから覚悟しとけよ?」
「そうなんですか?」
「何回『一生大切にする』『覚悟はできてる』って話してもさ、やっぱ時々フラッシュバックみたいに罪悪感みたいなもんに苛まれるらしい...自虐的な発言も多いしな」
「......勇輝さんが...ですか!? あんなになんでもできて、あんなにみんなから憧れられるような人なのに?」
「慎吾くんとは少し状況は違うけど、あいつも自分の存在自体を疎まれてると思って育ってきたみたいだしな。自分を否定するような考え方止めさせるのに...3年かかった」
「......別に、何年かかってもいいですよ。どうせ慎吾さんに会ってなかったら、一生一人でいたかもしれないんですし。俺の一生使えば、さすがに少しは俺の本気も伝わるでしょ?」
どうという話でもない...特に表情を変える事もなくポリポリと漬け物をかじる航生の姿に心底驚いた。
いつからこいつはこんなに大人になった?
これほど強くて優しい男だったろうか?
元々芯はしっかりしていた。
やりたいこと、自分の未来を見据えた上で嫌な仕事でも我慢しながらやって必死に金を貯めてたわけだし。
けれど、やはりどこか自分に自信が持てなくて俺達の顔色を窺うような機会も多く、そんな航生を可愛いと思いながらも頼りないと感じていたのも事実だ。
その航生が変わった。
謙虚さと素直さはそのままに、自信と男らしさを身に付けた。
それも、俺達の想像をはるかに上回る強さも合わせて。
俺でも勇輝でもない。
航生を変えたのは...慎吾くんか......
「お前、ほんとイイ男だわ...俺らが考えてた以上に」
「ん? 惚れたらダメですよ? 俺には慎吾さんいますから」
「お前、言うようになったねぇ。大丈夫、俺にも勇輝がいるからさ」
チラリと腕時計を見る。
そろそろ下拵えの為にアズールに向かわなければいけない時間なのだが......
才木さんも、少し時計を気にしだした。
そりゃあそうだ。
今日は移動に出版社さんの方が用意してくれている車を使うことになっていて、アズールに俺達を送ったら自分は写真集の予約準備の為に一足先にメディア館に向かうことになっている。
分刻みになるであろう今日のスケジュールで、しょっぱなから躓きたくはないだろう。
俺達の心配が通じたのか、ようやく端の4人が立ち上がった。
慎吾くんと勇輝は少し涙ぐみ、社長と杉本さんは苦笑いを浮かべている。
「なあ、航生...お前、慎吾くんからなんか聞いてるの?」
「あれですか? いえ、何も。でもまあ...必要があれば後から話してくれるはずですから、別に俺から聞かなくてもいいかなと」
「...お前、なんか...ほんと俺とそっくり......」
「はい?」
「なんでもないよ。じゃあ、行きますか...」
立ち上がった俺達の方に、涙を滲ませたまま笑顔の勇輝と慎吾くんが走り寄ってくる。
「才木さん、遅くなりました」
「なんのなんの。それじゃ慌ただしくて楽しい一日を始めましょ」
俺達は全員揃ってホテルを出ると、入り口そばにピタリと付けられていた大型のワゴン車へとガヤガヤと乗り込んだ。
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