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癒されたい、赦されたい【2】
「ただいま!」
ちょっと気合いを入れてリビングへの扉を開けた俺は、次の瞬間に体も思考もカチンと固まった。
「おう、おかえり」
いつものようにニコリと優しい笑顔を向けてくる充彦は...何故だろう...白衣姿だ。
白衣といっても、お医者さんが着るような長いテロンとしたやつじゃない。
なんと言うんだったろうか...看護師さんとか整体師さんなんかが着ているような、丈の短くて首もとが詰まってるやつ。
ケーシージャケットで合ってただろうか...確か前にコスプレ系のビデオに出た時にそう聞いた気がする。
んで、充彦はいきなり何のコスプレごっこ?
残念ながら今の俺は、謎の充彦の行動にノリノリでエッチに盛り上がるだけの元気が無いのです...ごめんね、充彦。
目の前でいつも以上に優しく微笑む充彦に感情を含まない愛想笑いだけ返し、その大きな体を避けて中に入ろうとした俺は...そこでさらに固まった。
ダイニングセットもソファも全部が部屋の隅へと追いやられ、代わりにリビングの真ん中には何故かエアマットが鎮座している。
それもご丁寧に、ちゃーんと空気を入れてパンパンに膨らんだ状態で。
元々これを買ってきたのは俺だ。
撮影の為!とかなんとか言いつつも、結局はまあ、二人でソープランドごっこをして遊ぶ目的で。
俺が買ってきたんだから、ここにこれがある事に文句は当然無い。
ただ俺が言いたいのは、何故に今これが、準備万端の状態でここに置かれているのかって事だ。
別に怒ってるわけではないけれど、意図も用途もわからないこの状況にどういう反応を返せばいいのか、どうにも言葉が出てこない。
「おかえりってばぁ」
固まったままで身動ぎもしない俺に背後から長い腕が回され、キュッと苦しくない程度の力で抱き締められた。
あったかいな...その背中から伝わってくる体温だけで、さっきからずっと体の中をグルグルと回ってた毒素がゆっくり抜けていくような気持ちになる。
「今日はすっげえ疲れてるでしょ?」
「なんで?」
「首から肩までね、変な力が入っててかなり強張ってる」
うなじに、ふぅと熱い息がかかった。
そのまま分厚い唇が押しあてられ、さっきまでとは違う所に力が入る。
「ほんとはね、さっき社長から電話あったんだ」
「...そうなの?」
「うん。なんでも向こうの対応が相当ひどかったらしいな。今日はものすごく嫌な思いさせた、ごめん...て」
「いや、別に社長が悪いわけじゃないし」
「んでね、明日のビデオの内容教えてもらったんだよ...勇輝を頼むって」
そういえば、明日の現場は知ってたものの、内容と相手を聞かないままだった。
本当ならば今日のインタビューが終わってから社長に直接聞く予定になっていたから。
...あんまり頭に血が上ってて、うっかりそのまま帰ってきてしまったけど。
「明日はね、疲れてる女の子を優しくマッサージで癒してあげるって撮影だってさ」
「そうなんだ...」
ま、普通のマッサージだけで終わるわけはない。
充彦から相手役の名前が出ないという事は、聞いたこともない女の子を次から次にマッサージして愛撫して、ひたすらイかせて潮吹かせて...本番無しのパターンなのかもしれない。
別に絡みが無ければ嫌だなんて言うつもりは無いけれど、本番が無いなら無いで実は普通の撮影よりも疲れる...極端に右手ばかり使うから。
それに、普通にセックスして相手を優しく包んであげて、その上で心から気持ちよくなってもらう方がずっと充実感もある。
明日の撮影内容がわかったことで、せっかく充彦の温もりのおかげで少し上がりかけたテンションが、またしても急降下していった。
「こらこら、社長が俺にわざわざ内容教えたのは何でだと思ってんの?」
「別に、俺に伝え忘れたからじゃないの?」
「違う違う。それならスマホにメールすれば済むだけの話だし、わざわざ『勇輝を頼む』なんて言う必要も無いだろ」
抱き締めていた腕がゆっくりと離れていく。
その手をそれとなく目で追っていると、充彦が不意に『気をつけ!』の姿勢を取り、ペコリと頭を下げた。
「本日、勇輝くんの心と体を全力で解して癒させていただきます、担当のみっちゃんで~す」
そう言うと、わざわざ買いに行ってきたらしいバラの香りのするオイルを目の前に置き、隅に追いやられたダイニングテーブルの上のアロマキャンドルに火をつけた。
「勇輝をね、とにかく楽にしてやってくれって。神経逆撫でするような言い方で過去をほじくり返そうとする女の攻撃に、ほんとギリギリまで我慢してたからって。だから今からね...さっきまでのそんな嫌な思いは、俺が全部忘れさせてあげます」
これぞ癒し系!みたいな笑顔に促されるまま上着を黙って脱ぐと、それを充彦に手渡す。
やっぱり疲れていたんだろうと思う...その優しく細められた瞳の奥に鋭い光が隠されていた事に...この時の俺は気づかなかった。
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