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癒されたい、赦されたい【3】
あれよあれよという間に服だけでなく下着まで脱がされ、促されるまま素っ裸になってエアマットの上に俯せになる。
『ケツだけでもタオル掛けて』とお願いしてみたのだけれど、『邪魔だからダメ』なんてあっさりと却下されてしまった。
まあね、今更ケツ見られようがタマ見られようが、恥ずかしがるような人間じゃございませんけど。
ついでに、充彦相手に見せた事の無い場所なんてのもありませんけど。
あんまり抵抗しても仕方がないので、顔の下にタオルを敷きそこにムギュと額を押し付ける。
少しすると、先に火を灯したキャンドルの香りが俺の方までフワリと漂ってきた。
ああ、なんだかいいな、この香り...これは確か、サンダルウッドだっただろうか。
決してきつ過ぎず、優しく穏やかな香りに気持ちがゆったりと凪いでくる。
「熱いようなら言って」
上の方から聞こえる声に小さく頷くと、何やら首筋にトロリと温かい物が垂らされた。
その途端、淡く漂っていたサンダルウッドはどこかに行ってしまい、全身が一気に華やかなバラの香りに包まれる。
でも、この香りも不愉快なほどきつくはない。
柔らかで華麗で甘い...そこにはバラだけじゃなく、微かに果実のような瑞々しさも感じる。
「どう、熱くない?」
「ん、大丈夫。てかさ、このオイルの匂い...なんかいいね...」
「だろ? さっきオイル買いに行ったときにさ、勇輝にはこの香りだなぁと思ったんだよね。薔薇に、グレープフルーツの香りを合わせてあるんだって。爽やかで華があって、おまけになんかちょっとエッチな雰囲気が、勇輝って感じしない?」
「エッチって...色っぽいとか艶があるとか、なんか別の言い方があるだろ」
「いやいや、勇輝はねぇ、エッチなの。色っぽいとか艶っぽいなんて言葉よりもずっと俗物的って言うかなぁ...下半身直撃って感じ? まあ、ドエロでもいいんだけどね~」
「からかってるの? それとも、馬鹿にしてるか貶してる?」
「んなわけないだろ。目一杯褒めてますよ~。そんなエッチなのにちゃ~んと爽やかで知的でキュートな勇輝に、俺はメロメロですってね」
首から肩を伝うオイルを塗り広げるように、充彦の指がゆっくりと肌の上を滑っていく。
くすぐったいわけでなく、かと言って痛くなるほど強過ぎるわけでもない。
絶妙な力加減を見せる指が、首の付け根辺りのやけに重く硬く感じていた所の痼をじわじわと解していく。
「は...ぁ...」
あまりの心地よさに、堪らず深い息を吐いた。
「ほんと充彦って...マッサージ上手いよね...」
「ふふん、ゴッドハンドと呼びたまえ」
拇指球と言うんだったか...親指の付け根の肉厚な部分で集中的に固い強張りを取り除き、手のひら全体を使ってその周囲を柔く揉み解す。
今日に限らず、今やハードな仕事終わりに充彦が施してくれるこのマッサージは欠かせない。
ふざけ、調子づく充彦のノリに乗っかるのは少々シャクではあるのだけど、俺にとってこの手は間違いなくゴッドハンドだった。
少しオイルを足し、今度は肩から背中へと指が移動していく。
肩甲骨の下を強めに押し、まるでオイルを肌に擦り込むようにしながら指先が背骨の凸々を一つずつ数えるように滑った。
これはちょっと...くすぐったい。
それを訴えるように微かに体を捩ると、頭上からはクスリと笑い声が聞こえる。
「わざとかよ」
「うーん、何のことかな~」
俺の僅かな抵抗を面白がるように、背骨をなぞって遊んでいた指は肋に添うようにスルスルと脇腹を擽り始めた。
「ちょっ、マジやめろって...」
オイルのせいでいつもよりずっと滑らかな指の動きが恨めしい。
突然、擽ったいだけではない甘い感覚がチリチリ広がってきた。
充彦の指自体が体に与えている刺激は、普段のセックスの時の愛撫よりもはるかに軽く温い。
俺の特に敏感な場所を集中して攻めているなんてわけでも、当然ない。
けれど、何故か体はそれをいつもより確実に拾っていく。
触れられている部分からじわりと波紋のように広がっていく微かな快感。
自然と体が震える。
たったそれだけ...本当にただ触れているだけなのに...いくら充彦に慣らされきったイヤらしい体だとしても...さすがにこれはおかしいだろ。
「一服盛った?」
鳥肌の立つ体をどうにかごまかそうと背中を捩りながら、チラリと目線だけで充彦を窺う。
「失敬な。俺のゴッドハンドだっつうの」
「だけじゃないだろ」
「......バレたか」
それほど気まずそうな様子も見せず、充彦は『テヘペロ』なんて不似合いな言葉と共に舌を出した。
「別に薬なんて使ってないよ。ただ、キャンドルはサンダルウッドベースに、少しジャスミンが入ってる。オイルの方には...実はイランイランがたっぷり...」
「ガッツリ催淫効果狙ってんじゃん! え、なんで?」
「何が?」
背中から脇を辿っていた手を止める事もないまま、悪びれる様子もなくしれっと充彦が答える。
「催淫剤なんて使わなくてもさ、俺、充彦に触られさえすればいつでもソノ気になるのに...」
「そうだなぁ...実は社長からさ、今日勇輝が怒った原因とか細かく聞いたんだよね。インタビューを録音してたらしくて、社長もソレ聞いたんだって。あ、それは当然消させたって言ってたから心配しなくていいよ。んで、それ聞いたら俺も相当ムカついちゃってさ...」
「なんでインタビューにムカついたからって、わざわざこんなモン使う...」
「違う違う。俺がムカついたのは、お前に対してだから」
え?
充彦、今何言ってる?
俺の何が充彦を怒らせた?
「いつもよりも敏感になって、いつもよりも悶えてもどかしくて苦しみながら、俺の事をメチャメチャに欲しがってもらおうかなぁと。んでさ、お前が全然わかってない俺の気持ちとか、まだ勇輝には話してなかったこととか、色々教えてあげるよ...聞いてられるかはわかんないけどな」
「充...彦......?」
いつもよりどこか翳りの見える表情。
ただ端をくいと引き上げて笑ったような形だけを作る口許。
トクトクと早くなる鼓動は香りのせいなのか、そんな表情のせいなのか、それとも...話ながらも止まる事のない指の動きのせいなのか。
「今から目一杯感じさせてあげるよ。まあ疲れを癒すどころか、明日はフラフラで撮影になんないかもしれないけどね~」
おどけた軽い口調には不似合いな暗い艶を帯びた瞳に見据えられ、俺はひどく喉が渇いていくのを感じた。
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