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圧巻の全員集合【4】
スタッフの案内で、3Fのイベントスペースに繋がるバックルームに入る。
「おう、遅かったやん」
......誰?
声の方に視線を遣れば、そこには大きな瞳に丸くて小さな顔をした、中性的な男の子が目の前に立っていた。
その隣には、ガッツリ日焼けした肌にワンポイントのタトゥーがチラリと二の腕から覗く、ちょっとワイルドな男性。
そしてもう一人は...武蔵くん。
「JUNKSだ......」
ポツリと呟いた航生の表情は、単純に驚いているだけで不安そうにも不愉快そうにも見えない。
かつての共演者...つまりは皆、慎吾と挿しつ挿されつな人間のはずだけど、特に気にはならないようだ。
寧ろ関わりなど無いはずの充彦の方が嫌な顔をしている事に驚いた。
「みんな、なんでここにいてんの? いやまあ、来てるってのは下で教えてもうてんけどさぁ」
「ん? まあ専属ではないけど、俺らこれからはクイーンズ・ガーデンのビデオ出られる事になったからさ、挨拶だけでもさせて欲しいって言うたら、杉本さんがここ来てもかめへんて」
「......はぁ!?」
「知らんかった?」
「んもう、俺またアスカと一緒に仕事できるんが、メッチャ嬉しいねんけど~」
中性的だと感じた男の子が、航生の方を牽制するみたいな目付きで睨みながらギュウと慎吾に抱き付いた。
俺は状況がイマイチ飲み込めず、とりあえず充彦の腕を掴んで部屋の隅へと引っ張っていく。
「あれ、何?」
「何って...こっちの会社に所属してた時に、慎吾くんを中心に売り上げトップのモデルで組まされたユニットの...メンバー」
「いや、あれってどう見てもただのユニットメンバーとかじゃないよな? なんか聞いてんの?」
「まあ、ユニットとか組まされる前から、一番仲の良かったメンバーらしい」
「だけ?」
「......じゃないよ」
「だろうね......」
スタッフに『ちょっとタバコ吸ってくる』と声をかけ、二人で一旦部屋を出た。
あの場に航生だけを残すのは少し心配にもなったけど、慎吾もいるんだからそれほどメチャクチャな事にはならないだろう。
何より、今日の航生は充彦よりもずっと落ち着いた顔をしていた。
少々嫌みを言われたくらいで傷ついたりすることも無いはずだ。
こんな風に思えるほど、航生はなんだか強くなった......
「ここでいいか?」
目の前の安っぽいドアを押すと、そこには錆の目立つ非常階段があった。
そのまま凭れたのでは背中が汚れそうだから、仕方なく踊り場にあたるところにしゃがみ込む。
「充彦、何知ってるの? 昨日までは、航生ってもっとオドオドしてたよな? あの武蔵くんと慎吾の会話聞いてる時とかさ」
「う...ん......」
充彦も俺の隣に来て大きな体を小さく折り、膝を抱えた。
「勇輝はなんも聞いてないの?」
「何にも聞いてないよ。ただ、武蔵くんは慎吾の事が好きなんだろうなとは思ったけど。実は航生の前に武蔵くんを呼び出したってのを注意しようと思ってたんだ...デリカシー無さすぎだろって。でも、アイツが先に自分から『航生の事はちゃんと好きだと思ってるから心配いらない』って言って、それ以上は何にも聞けなかった」
「そうか...俺らあの後ね、買い物の前に武蔵くんの部屋に行ったんだ...話がしたくて」
「やっぱり武蔵くんは慎吾好きだって?」
「武蔵くんどころか...どうやらあそこにいた3人とも、慎吾くんにベタ惚れらしいわ。中でも武蔵くんとは体の相性が抜群に良かったらしくてね...女抱けなくなったみたいよ」
なるほどね。
ここに来る前にファンの女の子が言ってた『武蔵くんを振って』発言や、航生が漏らした『ガチで付き合ってるって噂があった』ってのは、その『抜群の体の相性』から来ていた物だったのか。
「武蔵くんさ、『自分も他の二人も、慎吾くんが諦められないし諦めるつもりもない』ってハッキリ航生に向かって宣言したんだよ」
「......え?」
そんな宣言をされていながら、航生はあんなに落ち着いているのか?
いや、そもそも武蔵くんに会った時にはあれほど不安げだったじゃないか。
「なん...で?」
「何が?」
「航生の中で...何が変わった? なんでアイツ、あんなに堂々と振る舞ってられる?」
「ああ、それかぁ...俺もね、武蔵くんと色々話して、ライバル宣言までされて、航生ますます不安になってんじゃないかと思ってたわけよ。ところがアイツはその言葉の中に、『いかに自分が愛されて大切に思われてるか』って部分を見つけたらしい。わざとJUNKSのメンバー呼んでヤキモチ妬かせようとするくらい慎吾くんを不安にさせてしまった自分こそが悪いんだ...って言ってた」
「そうか...慎吾なりの本気は、ちゃんと航生に伝わってたんだ」
「みたいだな。おまけにその慎吾くんの本気が航生を変えた...航生、すごい強くかっこよくなってんだろ?」
「だな...大切な人ができるって、こんなに人を変えるんだ......」
「俺も強くなったと思うけど?」
「そう? 充彦は俺がいなくても強かったじゃん」
『ヨイショ』と充彦が立ち上がる。
「バカだなぁ。勇輝がいなけりゃ、昔の夢をもう一回追いかけるなんて無茶な事しなかったっての。惰性で女抱いて金稼いで、なんとなく気が合う女がいれば適当に付き合って...なんて事で一生を終えてたんじゃない? 本気で誰かと付き合えるような人間でもなかったし、結婚なんて虫酸が走る契約もまっぴらごめんだしな」
「フフッ、クズだね」
「他人に迷惑かけないってだけでね。でも勇輝と一緒にいるからこそもう一回夢にかけてみたくなったし、誰かを守りたいって考えられるようにもなった。勇輝のおかげで一緒に夢を追える航生って存在もできたし、その航生を男として大きくしてくれた慎吾くんにも、本当に感謝してる」
「......航生がさ、あんなに一気に男前になるなんて思ってなかったよ」
「俺もだよ」
先に立った充彦が、俺に向かって手を差し伸べてくれる。
俺はその手を取り、同じように立ち上がった。
と同時に繋いだ手を引かれ、気づけば充彦の長い腕に包まれる。
俺は一度、ハァ~と大きく息を吐いた。
「......航生に、俺の手助けは...もう必要無いかもしれないな。実力も付いてきてるし、何かトラブルがあっても、きっと自力で解決できる」
充彦は何も言わなかった。
ただ俺の体を苦しいくらいに強く抱き締めてくる。
まだ自分の中で結論が出てるわけじゃない...だから今は、充彦が何も言わないでくれるのがとてもありがたかった。
充彦ならきっと...俺の胸の中に生まれた小さな思いに気づいているのだろう。
そしてそれを口に出す決心がつけば、心から喜んでくれるに違いない。
「俺ももうすぐ...強くなれそうな気がする......」
「そっか。じゃあ...俺がちゃんとそばにいてやるから、強くなれよ......」
それには答えず、俺は少しだけ踵を上げて充彦に口づける。
充彦はただ、俺を強く抱き締めたまま笑みを浮かべていた。
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