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圧巻の全員集合【5】

ひとしきり話を終え、控え室に急ぐ。 見目麗しい大迫力の3人の男に囲まれ、今頃航生は真っ青になっているか、それともムキになって真っ赤になっているか...... そんな事を思い、あまりに凹んでいるようならば早めに助け出してやらなければとドアを開ける。 しかし...真っ青になっていたのは慎吾だけで、航生は変わらず涼しげに微笑んでいた。 「な? せえから言うたやん。航生くんて、俺らが知ってる『瑠威』とは全然違うんやって」 「武蔵は悔しないんか! こんなテクニックもなんも無い、わけのわからんモデル崩れに横からヒョッてアスカ持っていかれるとか」 「翔ちゃん、とりあえず落ち着きいな。今お前、航生くんにもアスカにも、とにかくみ~んなに失礼な事言うちゃあんで? 悔しいら口に出したらあかな」 いかつい見た目とは違い、どうやら威くんが一番理性的でおっとりとしているらしい。 逆に翔くんというのは可愛い外見とは裏腹に、少し気が短くて攻撃的なタイプのようだ。 まったく、よくもまあこれほど個性的でありながら外見の恐ろしく整った人間ばかりを集められたものだと思う。 そのスカウトの目の確かさにちょっと驚かされた。 しかし...威くんの言葉は何弁だ!? 「そしたら威は! お前もアスカの事が好き過ぎて女と別れたんちゃうんかい! ほんまはめっちゃ悔しいくせに、エエカッコすんなや! 武蔵にしても、こないだなんかアスカ思い出しながらやなかったら女も抱かれへんかったやないか」 「女と別れたんは、他の人を思いながら彼女の事は大切にできやんと思ったからやいて。わえがアスカを幸せにできるやら、最初から思うてないわしょ」 内輪揉めのようになり始めた3人を、慎吾はオロオロしながら見ている。 武蔵くんが慎吾に惹かれているかもしれないとはわかっていたのだろうが、他の二人まで自分を思っているとは考えてなかったのかもしれない。 不意に航生が慎吾の腕を掴み、自分の背中側に隠した。 静かに息を吐き、それからゆっくりと息を吸うと、キッと3人の方を睨んだ。 「いい加減にしろ!」 それは、俺達でも聞いた事のないような声。 こんな声が出せるのかと驚くほどの大きさと迫力に、俺達も目の前の3人も思わず動きを止める。 「こ、航生くん......」 キレた航生を見たのは初めてだったのだろう。 不安げに背中をギュッと掴む慎吾に、航生は少し首を捩って涙でも浮かべていそうなその目を見つめた。 慎吾を見る瞳はいつもとなんら変わることなく、優しく穏やかだ。 その唇は声を出さずに『大丈夫』と動いた。 目付きを変え、空気を変え、怒気を露にしながら再び3人の方に顔を戻す。 「アンタ達が『アスカ』さんを諦められないとかなんとかは勝手だよ。いつまでも好きなだけ思ってればいい。でもな、この人は『慎吾』だ。慎吾さんは俺の物で、俺は慎吾さんの物だ。アンタらにとやかく言われる筋合いなんて無いんだよ」 改めてジロリと3人を見回すと、航生は近くに放り投げてあった自分のバッグから何かを取り出した。 それを翔くんの手に強引に押し付ける。 「それ、今度発売になる俺と慎吾さんのビデオです。まだパイロット版ですけど、あげますよ」 「こんなん、いるか!」 「うるせえよ、黙って観ろ。アンタらが知ってるこの人と、俺の腕の中にいる慎吾さんと、どっちがイイ顔してるか比べてみりゃいいだろうが」 自信満々で不敵に微笑む航生は、俺達の知らない顔をしていた。 慎吾も呆気に取られている...じゃないな、あれは見とれてるんだ。 「あ、あと言っとくけど、俺はポンコツゲイビモデルの『瑠威』じゃなくて...AV男優の『航生』だから。いつまでもポンコツだった頃の話ばっかり持ち出してんじゃねえぞ」 「は~い、そろそろお話は終わろうかぁ」 努めて明るく、緊張感の薄い声を出しながら、充彦がパンパンと手を叩いた。 「はい、航生は珍しく啖呵切って疲れてるだろ。ちょっと外でお茶でも飲んでこい」 俺がポケットに入れた封も開けていないタバコをポンと投げる。 それを受け取ると、航生はケツのポケットのライターを確認し、小さく頭を下げて部屋を出ていった。 慌てて追いかけようとする慎吾の腕を掴む。 「お前が行ってどうするよ?」 「せえけど、航生くん一人にしたら......」 「バ~カ。アイツは、お前がちゃんとみんなと話ができるように席外したんだよ。航生いたら、そっち3人...まあ、特にカッカきやすい1人なんて、まともに話も聞かないだろ」 「あ、あとね...アイツがさっき捲し立てたの、別に本気で怒って言ってるわけじゃないから。いつものモジモジオロオロしてる姿じゃ、あの3人も吹っ切るに吹っ切れないでしょ? アイツなりに、気合いの入った男だってのを見せてあげたんだよ...彼らの為にね」 「前に俺がアイツに向かって怒鳴りつけて脅した時と、そっくりな顔してたもんね」 「慎吾くん、航生は航生なりに気を遣ったつもりなんだよ...自分は安心に足るべき人間だから、慎吾くんの事は任せとけって。じゃあ今度は、慎吾くんがちゃんと筋通しておいた方がいいんじゃないかな?」 充彦の言葉に小さく頷くと、慎吾はゆっくりと3人の方を向いた。 「俺な、武蔵も翔も威も、めっちゃ好きやで。エエ奴やし、セックスも上手いし、ほんまにみんなと仕事できるんは楽しかった。今でも、3人の事は親友やと思うてる」 3人に近づくと、慎吾は泣き笑いの顔でそれぞれの手をギュウと握った。 「友達や。誰にも代えられへん、大事な仲間やねん。でもな、航生くんは違う。航生くんの事...ほんまに好きやねん。愛してるなんてクサイけど、でもそうとしか言われへん。俺な、航生くんの為やったら死んでもエエとか思ってる。まあ...航生くんやったら、『じゃあ、俺の為に生きてください』とか、もっとクサイ言葉で返してくると思うけど」 「俺ら、諦めへんで?」 「ううん、そのビデオ観たら、たぶん諦めつくって。俺ね、今まで『気持ち良すぎて死にそう』ってセックスしたん、勇輝くんと武蔵だけやってん...」 アホか。 そこで俺の名前を出すなよ。 翔くんの視線がどうにも痛い。 「せえけどな、『このまま死ねたら、最高に幸せやなぁ』なんてセックスの最中に思ったん、航生くんが初めてやった。気持ちエエのんがセックスやと思うてたんやけどな...幸せになるのんがセックスやって、教えてもうてん。な? わかる? 俺...今、ほんまに幸せやで?」 「このビデオ、アスカ...やないな、慎吾の幸せな顔が入ってんの?」 「うん。話は切ないんやけどな...たぶんお前ら見たことないくらい、幸せな顔でいっぱいやと思う」 「......そうか。そしたらこれ観て、次はこれより幸せそうな顔にさせられるように、腕磨いとくわ」 「アスカ、ごめんな...俺、またカッとしてお前に嫌な思いさせた。瑠威...ちゃうわ、航生くんにも謝っといて」 「わえが女と別れたのは慎吾のせい違うさけよ。男のが相性良さそうやって気ぃついただけやして、慎吾は気にしやんでかまんよ?」 「わかってる、わかってるよ...俺が頼りないから心配になったんやんな? 武蔵とか選んでたら幸せになれるのにって思ってくれただけやろ。航生くんも、みんなが俺の事大事にしてくれてんの、わかってるはずやから...ほんま、ありがとうな」 「よっしゃ、じゃあそろそろ...」 武蔵くんが、翔くんと威くんの肩を強く抱いた。 「フラれた男どもは、退散しますか?」 「航生くんに言うといて。失礼な言い方してごめんねって。せえけどこれからは俺らもビー・ハイヴのビデオに出るんやから、もし慎吾が幸せそうじゃなくなったら...」 「遠慮なくブン取りに行く」 3人は俺達にきちんと頭を下げ、部屋をあとにした。 「俺、アイツらに...悪い事したんかな......」 「いや、イイ事したんだよ。いつまでも『アスカ』を追いかけなくてもいいように、ちゃんと引導を渡してやったんだ」 「あとは、お前がいつまでも幸せな顔して航生に甘えてりゃ、それであの3人も報われるだろ」 そこに小さなノックの音が響き、スタッフが出番が近い事を知らせにきた。 「ほら、ボチボチ行くぞ。慎吾、航生呼んでこい。たぶん出てすぐの非常階段とこにいるから」 「5分だけ待っててあげるけど...航生があんまりカッコ良かったからって人前に出られないほどイチャイチャしないようにね」 少し頬を赤くした慎吾は、たぶんもう航生にキスでもする事しか考えてないだろう。 飛び出していく後ろ姿を見送りながら、俺は肩を竦めて充彦と目を合わせた。

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